Wの顔/ステルスボム
『前回のあらすじ』
第五の遺跡・内部を案内されるがままに進み、白兎が避難させた留守番組と漸く再会。
寧達は与えられた作業室で新たな何かを製作中。それは強敵達に、力負けしない為の物だと言う。
リバーサルから狼の森を救う方法を教えて貰い、ニーアとライチにその内容を伝えるが……
人柱にする話に、ニーアは激怒し貴紀を叩く。ライチは受け入れ、貴紀から託された願いを受け取る。
寧達と食事を取り、別室に居るマキとゆかりにも食事を持って行くと……ニーアが居た。
一度此方を睨む様に見たかと思えば、直ぐに患者であるマキへ視線を戻す。
「マキの様子は……どうなんだ?」
「……」
悪夢にうなされているのか。高熱でも発している様な酷い汗と、乱れた呼吸。
苦痛に歪む顔を見ていたら、先程の事があったにも関わらず、ニーアに話しかけていた。が……
返答は無く、此方に見向きもしない。それ程、ライチの事を大切に思っているのだろう。
「原因は一切不明、体温は四十二度五分。今回の開発に参加は無理って言うのが、診断結果みたい」
「それはキツいな……解熱剤は?」
「全く駄目。市販の物じゃ全く効果が無いし、氷枕も焼け石に水で……」
黙秘権を使う彼女に代わり、看護をしていたゆかりが、マキの体調や現状を答えてくれた。
インフルエンザ並みの高熱、解熱剤の類いは受け付けず、氷枕も一時しのぎに過ぎん。
少なくとも食欲は最低限あるらしく、作ったお粥をニーアが掬い、冷まして口元へ運ぶと。
幾らかは食べて、水も口にしている。改めて、医療系での無力を痛感した。
「戦う事しか能のない人が、此処に居ても邪魔なだけ」
「ちょっ……ニーアさん!」
オブラートも何もない正論と現実を突き付けられ、持てる力を込めて握り拳を作り、部屋を出る。
発言を咎めようとする声は聞こえるも、現実は無情だ。破壊するしか、能がないのは確か。
そんな俺自身に苛立ち、八つ当たり気味に通路の壁を叩く。悔しい……自身の無力さが。
(呪いの類いでもない辺り、原因は本当に不明ね)
(悪魔の観点から言えば、何かが目覚めつつある。人間で言うと、頭痛や筋肉痛の類いだな)
(レベルアップの為の壁にぶつかってる──って事だな。だけどよ、アレは異常だぜ?)
三人寄れば文殊の知恵とは、これこの事か。人種・種族・思考が違うが故に辿り着く答え。
キャパオーバー、成長の為の苦痛。とは言え、薬も何も効かない程に異常なのは明確。
医学系の知恵を積まなかった自身を呪う。そんな時、携帯電話が振動した。
「メールか。宛先人と内容は……」
振動は少しで止まった為、メールだと理解。宛先人と内容を確認後──携帯をポケットに直す。
誰かに伝えようかと思ったが……左手で叩かれた頬に手を当て、誰にも話さないまま指定先へ外出。
「貴紀~、おっひさ~!」
「お久し振りです、水葉先輩」
「固い固い。ほら、私と君、昔に将来を約束した仲じゃない」
メールの宛先人は水葉先輩で、内容は食事へのお誘い。正直、落ち込んでたので有り難い。
オメガゼロとして──ではなく、一人の人間として見て、接してくれる大切な人。
しっかし……春島に居酒屋があるのは知らなんだ。内装は何処にでもある、木造仕立て。
カウンター席に居る先輩の右隣に座り、黄色い衣の大将からお冷やとお通しの枝豆を受け取る。
「そうは言っても、あれから千四百年位は経過してますよ?」
「何度も時間跳躍をしてると、時間の感覚なんて無いも同然ね~。大将、辣韮のピリ辛漬け一つ!」
「全くです。あ、此方は酢烏賊を一つ」
先輩との会話は、同じように寧達と話すのとは違い、何故か包まれる様な安心感を覚える。
どんな注文にも即対応。と言わん程の速度で注文した品々が出されるのは、驚きの一言。
「あら。懐かしい組み合わせだこと」
「お前ッ……いや。そう言うそちらは、珍しい組み合わせだな?」
店の戸が開く音がして声が聞こえたかと思えば、来客の相手は融合四天王・マジック。
強制連行だろう。赤紫色の魔力に縛られ、同じく融合四天王・男版のトリックが引きずられている。
「前々から変態だとは知っていたが……そう言うプレイも守備範囲とはな。恐れ入った」
「ゲームなら兎も角、実生活で取り入れるなどあって堪るか!」
「隣の席に座っても良いかしら?時の迷い人さん」
「別に構わないわよ。どうせ、この街での戦闘行為はご法度だし」
自分とトリックが言い合ってる間に、何故か横一列に座って飯を食う事になった。何故?
まあ幸か不幸か。先輩の言う通り、此処での戦闘行為はご法度。少なくとも、争いはない。
ドラマである、相手の飲食物に薬を盛る。ってのが無いとは言いがたいがな。
何はともあれ。飲み会が始まったが……自分は下戸なんで緑茶で参加。他は各々好きなお酒。
「噂は兼がね聞いてるわよ?貴紀達に計画を阻止され、領土も奪われて、地位がヤバいって」
「フン!マジックがエルフの森で奪った剣。アレさえデトラの手に渡らなければ良いだけの話だ」
水葉先輩が挑発まがいに話し掛けると、余程ストレスが溜まっていたのだろうか?
グラスにお代わりのウォッカを直で注ぎ一気飲み。それから出てくる愚痴紛いな情報。
あの剣……そんなに凄い物だったのか。何の力も感じなかったんだが。
「そもそもらなぁ~……デトラぁ。お前が俺様達を裏切らなひぇれば、ひょんな事にひゃあ……」
「過ぎた事をまだ言うか」
次第に此方へ絡む様になった辺り、例え良い酒でも、悪酔いはするって話だな。
過ぎた事をネチネチと言うトリックの顔は真っ赤で、呂律も回っていない。
こう言うのを見る度。良い酒も悪い酒も、チビチビ楽しみ、味わうのが吉──なのかもな。
「ひょれになひぇ、ひゃれひゃれがひゅくったひんへんひゃちを殺ひぇる?」
「悪いが、呂律が回ってない状態で言われてもなぁ」
「ひひゃまもひんげんを~、にんふいほはいいひてひるのへはひゃいのひゃ。ひぇとひゃ!!」
酔っ払いながら、真面目な話をしてるっぽいのだが……率直な感想──全く分からん。
それでも必死に何かを話しているので、理解をしようとするも。無駄に理解し辛い。
その昔、酔っ払いの言葉は聞き流せ。と教わったが……ある意味、当たりだな。
「それに何故、我々が救った人間達を殺める?」
「水葉先輩?」
「貴様も人間を、人類を愛しているのではないのか。デトラ!!だ……そうよ?」
「マジックも……よく分かるな。酔っ払いの言葉が」
二人は酔っ払ったトリックの吐露を理解し、翻訳して教えてくれた。本当、よく分かったな。
どうやら、疑問を投げ掛けていたらしい。何故、お前達が救った人間達を殺めるのか?ねぇ……
言葉だけを聞けば、相手側が善の立場にも見えるだろう。まあ、別にそれでも構わんが。
理由は勿論ある。それも簡単な答えだ。だが──これは単に、認識の違いだろう。
「俺が愛する人類とお前達が愛する人類は、全くの別物だ」
正直、この一言に尽きる。認識や常識が違えば、同じ言葉や意味も大小なりに異なる。
ドゥームに頼まれる前からこの違和感に薄々気付き、嫌悪感と吐き気を感じていた。
「ひゃれひゃれひゅうへんのはみはもろもろ、ひんるいひゅうさひのはめにかつほうひていたへはないか!」
「我々終焉の闇は元々、人類救済の為に活動していたではないか!だってさ、貴紀」
そう。我々終焉の闇の最終目的は、破滅へ向かう人類の救済。その目的だけは、ブレていない。
が……救済とは何か?何をすれば、人類を救えて人々の為に成るのか?
その一点だけで、俺達は全く違う救済方法を掲げ、知らぬ間に組織としても分裂していた。
「わざわざ翻訳をして頂き、ありがとうございます。マジックも、ありがとな」
二人に感謝の言葉を告げると──「気にする事でもない」感謝される程でもないと答える。
今思えばこの発言・認識・常識を、終焉の闇No.01・ドゥームは危惧していたのだろう。
各々が別々に持ち、当たり前だと認識し違和感を感じない……ステルスボムを。
「この際だから言ってやる。俺は自らの意思と、ドゥームの頼みで離反した」
「にゃ~にぃ~?とぅーむひゃまのひゃのみやと……うっ?!」
「此方としては、それを聞けただけでも満足よ。ディストラクション」
内容は話さない約束故伏せるも、やはり突っ掛かり、うざ絡みをするトリックだったが……
マジックの「黙ってなさい」の一言と、首筋に手刀を一発。それだけで気絶させてしまった。
「お詫びに一つ、面白い事を教えてあげる」
「是非とも、聞かせて貰おう」
お詫び……は本心なのか?それとも、自身の計画の為に此方を利用する情報かは兎も角。
何を考えているのかさえ読めない、マジックを少しでも理解するチャンスと考え、内心身構える。
「光と闇の欠片。それぞれ役割が与えられている事、貴方は知っているかしら?」
「欠片に……役割?」
「そう。生まれいずる命に役割が与えられている様に、欠片達にも役割が存在しているの」
開いた口から出た言葉は、欠片の話。互いに七つの欠片を残した……程度の認識だったが。
どうやら、役割が存在するらしい。それは初耳だが──「貴方が知らないのも当然」と続けた。
話によれば、独自のルートで調べあげたそうだ。最近現れないと思ったら、そう言う事か。
「例えば──トリック・ホロウ。彼も闇の欠片の一つ。役割は『拒絶』」
言われてふと、何度も遭遇した場所や戦闘方法などを思い返してみる。
トリックと何度も遭遇した場所は……確か第二のゲートを越えた先、MALICE MIZER。
母親に拒絶された子供達。他の子達と能力を比べ、自らの子を拒絶した母親。
概念をも湾曲する、無垢なる道化。湾曲……拒絶……まさか!と思い、慌ててトリックを見る。
「正解。トリックの正体こそ、闇の欠片にして『拒絶』の役割を持つ、無垢なる道化」
「成る程。だからMALICE MIZERで遭遇した訳か」
「貴方の前に度々現れるナイトメアゼノ・ホライズン。彼は『終焉』の役割を持つ、闇の欠片」
語られる真実、暴かれる二つの顔。そうなれば恐らく、再び無垢なる道化と戦う際は……
此方もデトラが……いや。ディストラクションが持つ役割を待って、対峙しなければ勝てないだろう。
単なる予想だけど、多分彼は──それを知っていて、力が必要な時と相手を見定めている。
だから役割持ちの時にしか、今まで現れなかったのかも。
「さて、少し酔いも冷めてきたし。今回のお喋りは閉幕……としましょうか」
「そうだな。会計は」
奇妙な飲み会は閉幕。飲み食いした分の金銭を支払おうと、ポケットに手を入れたら。
突然水葉先輩に肩を叩かれ、首を横に振って「此処は先輩として、私が払うわ」と言った。 奢って貰うのは何か、借りを作る気がして個人的に嫌だったのもあり。思わず──
「あの……割り勘でいいですか?先輩」
割り勘の交渉をした。良いところを見せようとしていたのか、可決後にちょっと拗ねてしまった。
取り敢えず支払いも済ませ、後は店を出るだけ。
「受け取りなさい」
店の戸に手が触れる瞬間にそう言われ、振り返れば胸元に飛んで来た……刀身すら無い剣。
正確に言えば、十字架の頭だけが無い状態。何の意味があってコレを投げたのか、と訊く時。
「ごぼうはしっかり皮を剥き、熱湯で灰汁を取ってから咥えなさい」
「ご……ごぼう?」
刀身の無い剣をごぼうと言い、通常の調理法まで教えてきた。正直、?マークなんだが。
様々な角度から見てみるも、マジックが言う様なごぼうには見えないし、食べようとも思わない。
クスクスッと笑ってる辺り、馬鹿にしてるんじゃなかろうか?とさえ、思う。
「さて──貴方に助言や謎を与える私が持つ『役割』は何でしょう?」
それを言うと指をパチン!と鳴らし、トリックを連れての瞬間移動。
さらっとやってるけど、瞬間移動に必要な魔力を一般的な魔法使いで換算すると……
一人分で五十人はくだらん。それに加えて空間認識能力、演算能力、確固たるイメージも必要。
自分は霊華達と分担して漸く。本当……知れば知る程、最強の魔女だと痛感するよ。




