追憶
伝承に残る最悪の存在、魔神王を完全復活前に仲間達と倒し、捕らえた黒服女神官を連れ。
後は帰還するだけ……その筈だった。黒服女神官の狸寝入りを利用した魔法を受け、一行は歪み捻れた時空間へ落ち、離れ離れに。
大切な仲間達を求め叫ぼうとするも声が出ず、焦りの余り何度も必死に声を出そうと試みる。
胸一杯に息を吸い、大声を出すようにお腹へ力を込めて叫び出す。しかし声は一切出ず、肺から息だけが出て行く。
「何故声が出ない、みんなは何処へ行ったの?!」沸き上がる不安、頭を走る思考は最悪の結果だけ。
固形物も床も無い無重力空間に何時間、何日も独りぼっち。寂しさの余り「独りに、しないでよ……」
体育座りで膝を抱え、涙声で小さく呟いた時。逆に自身を呼ぶ声が聞こえ、藁にも掴む気持ちで声がする方へ手を一生懸命伸ばすと……
「いい加減に起きろ」
「いい加減に起きなさい」
「貴紀!!」聞き慣れた男女の怒鳴り声が耳へ響き、意識を夢から強引に引っ張り上げられ、寝ぞう……と言っていいのか不明だが。
椅子の背凭れへ凭れ、脚が机裏に引っ掛かる器用な体勢で二人に呼び起こされた為、慌ててしまってバランスを崩すと。
そのまま後ろへ転倒し、木造ベッドの角に後頭部を激突。短い黒髪と日焼け知らずの白い肌、黒い瞳を持つ少年が痛みの余り悶え苦しむ。
「まあ痛いのは判るが、後三十分で学校に遅刻するぞ」
「学校……遅刻?」
「まぁ~だ寝ぼけてんのか? 俺達は今月、結城中学校の三年生に進学しただろ」
余りの激痛に後頭部に触れる中、話し掛けてくる相手の姿は……青い学生服と赤いネクタイ、無造作に伸びた碧色。
その前髪の一部は根本から毛先まで、黒色が残る細眼鏡を付けた背が高い男。それと青い女性用学生服を着た、黒髪ポニーテールの女性。
学校や遅刻、入学と言った言葉と意味を頭の中で冷静に纏め、デジタル目覚まし時計を見ると……
「う~っわ、後三十分で遅刻じゃんか!」
「だからそう言ってんだろ。俺達は外で待ってるから、さっさと準備しろよ」
意味を理解した直後、Tシャツ半ズボン状態で洗面所へ向かい、歯磨きやら寝癖を直し。
白いシャツ、青い学生服上下へと着替える最中、二人は仕度が済むのを待つ。
十中八九朝御飯を抜きの展開が読めた為、サクヤは炊飯器から暖かい白米をしゃもじで取り、手で握りながら「やれやれ……」と呆れる。
「貴紀。これで、遅刻したらっ」
「判ってるよ」
「走ってて思うが、商店街を通らなければ時短出来る代わり、魔物が襲ってくる通学路も毎度の事か」
遅刻した場合の罰を言い切る前に、自らが寝過ごした事が原因と理解している為。
遅刻の有無に限らず、指名せんとする店の二品を奢る事を、息を切らしながらも約束する。
時短狙いで商店街の外側を走る三人。
襲ってくる魔物達も三人を覚えたのか、全く襲っては来ず、学校へ問題無く到着。
「それじゃ、また後でね」
「授業中に居眠りするなよ。ま、俺もか」
廊下の途中で二人と別れ、釘を刺される。サクヤは三組、終焉は二組。
昼御飯にと、ラップで巻いたおにぎりを一つ渡され、急ぎ食べ終えて授業を受けるも……男の先生が言う事全てが理解不能。
取り敢えず、黒板に書かれた内容をノートに書き残し、先生から眼を反らして指名されるのを逃れた。
そして全ての授業を終え、放課後。
「やっぱり。此処にいた」
「相変わらずすげぇな。毎度毎度、貴紀を的確に見付けやがる」
屋上の貯水タンク置き場へ座り込み、春の街並みを眺め、何もせず無表情でぼーっとしていると。
屋上へ繋がる階段から音が聞こえ、若干錆び付いているドアが悲鳴とも思う、やや耳障り音を鳴らして開く。
扉から小走りで出て来ると。後ろの階段出入り口上を振り向いては見上げ、いち早く見付けれて嬉しいサクヤの顔は自然とほころび。
やや茶色く錆びた梯子を登り、軽やかな足運びで傍に近付くや否や「隣、座るわよ?」一言だけ伝え、右隣へ座る。
相変わらず気だるげながらも、サクヤの高い推理力を褒め、後を追い掛けては貴紀を挟む様に左側へ腰を下ろす。
「また、苛められたの?」
「…………」
「おいおい、その話題はやめときな。ほれ。甘味処に行くんだろ?」
「そうね……さ、一緒に行きましょ」
(私、待ってるから。貴方が自分の口から話してくれるまで)
質問には一切答えず、沈黙を続ける中。男同士の付き合いから察し、話題を変える。
親に苛められた事を隠す子供さながら、黙り続ける行為、話題変更。黙する表情から理解しつつも。
自分から話してくれるまで待とう。無理に聞き出すのは良くない。立ち上がり、手を差し伸べる。
「うん……」
「悪い。先に行って席を取っててくれ」
「判った。先に行ってるから」
が、差し伸べた手は取らず自らの手で立ち上がり、ズボンに付いた砂埃を払う。
弱々しい返答を聞き、男二人で話す為。甘味処へ先に行かせた後、見送ってから貴紀の首へ右腕を回す。
「サクヤの事が好きなんだろ?」
「なっ、何で!」
「お前は感情が僅かだが、顔に出る」
耳元で小さく言われ、図星を突かれ思わず距離を取り、理由を訊くと「今年で十年の付き合いだ、判らん筈がねぇよ」二人とは長年の付き合い。
二人共貴紀の顔に出た僅かな感情を読み取れる為、判断しやすい。二人揃って貯水タンク置き場から屋上へ飛び降りれば。
終焉は猫背姿勢のまま両手をズボンの両ポケットに入れ、落下防止柵へ近付いては街並みを眺めつつ、十年間の思い出を振り返る。
「懐かしいな。俺達が義兄弟になって、もう六年……か」
「真似事だけどな。でも、うん。世間が認めずとも、自分達は義兄弟になった」
「俺が長男、サクヤが長女。貴紀が末っ子、だがな」
幼い頃から三人揃って遊ぶ事が多く、気も合った。四年目の時に本で読んだ、義兄弟の契りを真似。
一般世間が認めようが認めまいが、三兄弟となり運も良く、小学校から中学校まで一緒の学校。
「個人的な友人関係もあったが、進学や家庭の問題で別れも多かったな」今は何処に行ったか判らない友を懐かしみ。
「お前はどうだ?」例え学校は同じでも、クラスは毎度別。故に訊くと「一人……誰にも理解されない女の子と、仲良くなった」
予想外の返答に驚くもニヤリと笑い、強く貴紀の背を二度叩く。
「でも、さ。自分……二人と、釣り合ってないんだよね」
「んなモン。言いたい連中に言わせとけ」
されど、それ故の苦悩もあった。勉強も運動すら二人と比べて大きく劣り、周りの声や視線も辛かった。
足手まとい、金魚のふん、ただのオマケ、落ちこぼれ。言いたい放題の心無い言葉を日々背に受け。
苦痛に耐え続ける最中。どうやっても二人と釣り合わない、追い付けない自身に、劣等感すら感じていた。
が、そんな不安をずれた小さな眼鏡の位置を人差し指で直しつつ、たった一言で一蹴。
「お前は俺達に無い、すげぇモンを持っている。それで十分だ」
励ましている途中。校門前を見下ろすと、先に行かせたサクヤが同じ学生服の男、四人に連れ去られている現場を発見。
「人数的にも、貴紀と助けに行くべきだな」ポツリと呟き振り返るも、其処に貴紀の姿は無く。
階段側から駆け降りる音、飛び降りて着地する音が響いてくる。
「そう言う所が、俺達に無いモンだってぇんだよ」
サクヤ救出へ向かう貴紀の頭に、相手の数なんて関係無い、誰が相手だろうと知るものか。
大切なモノを守る為なら、自分がどうなろうと知った事じゃない。生きて、守り抜く。
それは終焉やサクヤにも無い勇気、負けず嫌いが引き起こす馬鹿力。
しかし、勇気だけじゃ勝てない。力や知恵だけでも、強大な相手には勝つ事は出来ない。
「貴紀、お前は本当に……」自身には無い行動力と比べつつ、終焉も急いで屋上から駆け降り、校門前へ向かう。
「はぁ……はぁ」
「なんだ、落ちこぼれのジャンク野郎。俺達はこれからサクヤと良い事するんだからよぉ」
「放っとけ。落ちこぼれジャンクじゃ、何も出来やしねぇ」
全速力で降り、校門から出て行く前に追い付く。周りの生徒は、相手の一人が、校長の孫と知っている為。
被害対象にならないよう、誰も見てみぬふり。眠らされたサクヤの手足を掴み、運ぶ二人と護衛する二人の計四人。
此方の息切れした声に気付くも、相手は成績最低で言い返す勇気もない落ちこぼれ。何も出来やしないと無視。
学校から出て行こうとした時、護衛の一人が力任せに殴り倒され、周りも何が起きたのかを確認すべく、一斉に殴った相手が居る方へ振り向けば。
「自分の……いや。俺の惚れた女にっ、手を出すんじゃねぇ!!」
部活中や帰宅途中の生徒達、眠っているとは言え本人を前に声高に自分の女と宣言し、四人相手を睨み付け、握り拳を作り挑む。
見てるだけの生徒達は、今まで見下していた弱々しい印象故、喧嘩するイメージがなかった。
そんな落ちこぼれが、校長の孫を問答無用で殴り、取り巻きグループをも相手にしている。
余りにも珍しいのか、黒いビデオカメラを構え、両者の会話も含め撮影する者もいる程。
「こんのっ、捕まえた!」
「観念しやがれ!」
(そろそろ、だな)
嵐のように暴れまわっていたが、遂には背後から捕まれ、足で抵抗するも殴られ、蹴られる最中。
これ以上は危ないと考え、自身に注目が向くよう声高に「よぉ~しよし。テメェら、俺の義弟妹に手を出すたぁ、どうなるか判ってんだろうなぁ?」
強気に呼び掛け、警告も与える。すると四人組は二人から手を離し。
虫を蹴散らすように、一目散に学校から逃げ出して行き、事態を終結させた者として。
他の生徒達は終焉へ、称賛の拍手を送る。
されど、当の本人は無視。二人を助け、商店街へ。
「畜生っ……やっぱり、自分一人だけじゃっ。助け出せなかった」
「何を言う。誰かの為に戦うなんざ、このご時世、そう出来るもんじゃねぇぞ?」
商店街内にある甘味処・カンパネラ。
二階建てのお店で、二階は全て個室部屋。周りの目を気にせず食事が出来る上、畳や障子を採用した和風な空間が、商店街の中でも人気なお店。
個室部屋も最大で七人は座れる為、貴紀が背負い運んできたサクヤを、終焉は貴紀の隣に寝かせている。
自分の情けなさ、弱さに両手で顔を覆い隠し、自身を責めながら落ち込む。
が、終焉は実力差や数に関係無く、誰かの為に戦った事を素晴らしい事だと称賛。
「今や自分の為にしか誰も動かねぇ。損得勘定でしか動かねぇ連中だらけ。かく言う俺も少し、な」
「それを言ったら、自分だって」
「そうか? お前は感情で動くだろ。それも、損得勘定をする前に」
「うぐっ!」
魔物が出没する、命の価値が軽いこのご時世。損得勘定で動く者が多くなり、助けるにしても金銭や物を催促する者が多い為。
無償で動く者を、異端者として見る傾向が強い。そう言った扱いを恐れ、動かない者も増加中。
されど感情で動く故に損得勘定も、救済報酬も受け取らない点を突かれ、ぐうの音も出ない。
「でもまあ。俺達、退学だろうな」
「なんでさ?」
「アイツらのリーダーは。俺達が通う学校の校長、その我が儘言い放題と噂のっ、孫だからだ」
前もって注文した三色団子を摘まみつつ。明日言われると思う事、殴った相手の話へ移る。そう、サクヤを眠らせ、拐おうとした四人組だ。
その一人が校長の孫で、自己中心的な嫌われ者。
自分の祖父が此処の校長だと言いふらし、逆らう者は嘘っぱちを言い、退学処分にして我が物顔で生きて来た、と付け足す。
「っ……退学処分は確定として。今後の事を、今の内に決めましょ」
「サクヤ! もう、大丈夫なの?」
寝かせていた体をゆっくりと起こし、二人の会話へ参加する中。体を心配されると、微笑みながら頷き、大丈夫だと肯定。
退学は確定と考え、辞めた後どうするかを話し合おうと進める。実家へ戻り家を継ぐ、バイトをする、冒険者になる。
「あの、自分。家に帰っても誰も居ないんだけど……」小さく右手を上げ、恐る恐る自分の意見を言う。
「まあ、働くしかないよね」
「俺達を雇ってくれる所があるんなら。な」
「アパートを借りて、三人で暮らすのもいいわね」
自分達を雇ってくれる、住む場所があるかどうか。今後の課題を言い合い、対策を組む。
住む場所と言っても部屋の数、風呂とトイレが一緒の部屋でも大丈夫かどうか等々。
「知恵は私がなんとかするから。それよりも。私としては……」
「あ、あの……きょ、距離がですね? 近いと言うか密着してるんですけれどもぉぉぉっ!?」
知恵を絞るのは自身の役目。と引き受けたのだが、それとは別に左側へ体を密着させ、肩に頭を預けられ何事かと戸惑い、緊張する。
体を預けられた理由は、他の生徒がいる前で声高に自分の女宣言をした事――ではなく、寝かされていた時。実は終焉のと会話を聞いていた。
今は知られていないとは言え、いずれは知られるであろう公開告白。感情が落ち着いた今、改めて思い返し、頭の中は真っ白け。
「そらお前。お互い惚れてんのに、十年間も告白せず友達を続けてたからなぁ」ニヤニヤと笑い、小さく呟く。
(今後、感情的な言動はやめよう……)
仮に退学を逃れても、待っているのは公開告白さらしの刑。退学してもいつの間にか、口頭で誰かへ巡り伝わる為、逃げ場はない。
理解すればする程、感情的な言動に身を任せた事を後悔し、控える事を誓うのであった。