Rの理由/託されし願い
『前回のあらすじ』
トリックの町内放送、左眼が見せる映像、静久の気遣い。それと、邪神達は相も変わらず。
案内を受け、教会の暗い地下へ進めば……その先は第五の遺跡へと繋がっていた。
コロコロと変わり反転する意味に、貴紀は頭を悩ませ、会話にすらまともに混ざれない。
そんな滅茶苦茶な会話をルージュのお供君と聞いていると、遺跡の前へと到着するのであった。
古い遺跡の内部の通路には、当然と言わんばかりに、何枚もの壁画が彫られている。
彫られている内容はどれも、感情や心の反転に関するモノ。
「今まで超古代の遺跡を巡って来たけど」
「何処もかしくも、壁画が彫られている……」
何の意味があるのか、何を伝えたいのか? 正直、ちんぷんかんぷん。
そもそも、何故この場所・空間は言葉の意味が反転しているのかさえ、疑問。すると──
リバーサルはハートが彫られた人と、反転を意味する曲がった矢印が二つある壁画に近付き……
「R──この壁画は『暴走した力』に溺れた者、畏怖した者を表している」
「暴走?」
聞き返す言葉にゆっくりと頷き、話すか否か言葉に詰まりつつも……口を開く。
「俺は当時、終焉の闇と君を利用しようと企む側だったが……悪夢の扉を開いてしまい、今の立場にいる」
「成る程……強大な力を前に、怯えた訳か……」
「はい。でもその一件があったからこそ、俺は気付けたんです。力の魅力と恐ろしさに」
おおざっぱに纏めると──リバーサルは自分達を利用せんと企む側だったが。
ヤバい扉を開けてしまい、無謀と現実を知り阻止する側に移った……と。
まあ、そのまま力に魅入られてたら、相当ヤバい状態だっただろうな。
「この先が俺の研究室です。貴方のお仲間達も、此処に匿っています」
「漸くか……」
横のパネルを操作し、扉が開いた先では……寧達が何やら忙しなく動いている。
けど、マキとゆかりの姿は何処にもない。ベビドに二人の行方を聞くと。
「どうにも体調が悪そうでな、別室で寝かせてるわ。今は孫娘が付き添っておる」
「そうか。それで、寧達は何を作ってるんだ? 第三装甲にしては、やけに馬鹿デカいが」
「スマヌが、あの娘らが弄る機械はサッパリでな。儂には何がなんだか」
姿が見えない二人は別室に居るそうだ。後で様子を見に行こう。
忙しない寧達が何を作っているのか?と聞くも……ご老体に機械関連を聞くのは無理か。
──「重ねて申し訳ない」と謝るベビドに「気にしなくて良い」と返す。
「貴紀さんが強敵達に力負けしない、そんな装備を作っているそうだ」
「そうか……って、喋ってくれるんだな。てっきり、嫌われてるモンだと思ってたが」
「本当に嫌ってたら、助言やら手助けなんてしてないって」
横に並び立ち、代わりに話してくれたのは──名前も知らない、ルージュのお供。
まあ話す機会がなかったり、此方が話せる状態じゃなかったのもあるけど。
よくよく考えれば、助言やら助力をして貰っていた。
顔の下半分しか見えないが、口元や声の感じから察するに、怒ってはいない様子。
「寧さんって……本当に凄い人だなぁ。好きな人の為に、あそこまでやれるって言うのは」
ポツリと出たその言葉を聞き、改めて作業やら指示を出す寧に視線を向ける。
頭に布を巻き、眼鏡を付けて頑張っている。長く綺麗な茶髪は所々が跳ね、ボサボサ。
栄養ゼリー的な飲料系を咥えてまで、時間を惜しんで……本当、自分には勿体無い娘だよ。
「リバーサル、厨房はあるか?」
「一応、シェルターとして調理場はあるが……」
だから──自分も今、出来る事をやる。誰かに凭れたままは、嫌だからな。
厨房へ案内して貰い、お供君と一緒にみんなへ料理を作っていると……
「過激派の龍神族達とは──会ったか?」
「あぁ、なんと言うか。心や感情のブレーキが無くなって、暴走してる感じだった」
「俺達、例の勇者候補生を追い掛けて来たんだが……過激派の連中に邪魔されてさ」
過激派に会ったかの有無を聞かれ、率直な感想を伝えたら。
話は此処へ来た理由へ。話と現状から、大体は察した。候補生は見失い、ルージュとは離れ離れ。
今は此処で匿って貰ってるそうだ。力無き勇は無謀であり、勇無き力は暴力と変わらない。
昔、ユウキに教えて貰った注意事項だ。故に知恵と力と勇気を育てろ……と。
「過激派はレイジング、此処がリバーサル。そしてトリックが……貴紀さんに対するリベンジ」
「お前……アイツを知ってるのか?」
次々と完成して行く料理、後ろの台に並べられて行く品々。
作り終えた時、お供君がポツリと呟いた言葉には何故か、トリックの名前があった。
質問に対し彼はゆっくりと頷き、フライパンを置いて此方に向き直り、口を開く。
「ネバーランド計画。それは『子供の頃に戻りたい』と言う願いを叶える、人類規模の計画」
それは……人生が辛く、あの頃は良かった。と思う人へ向けた、救済計画。
大人になる程理解が高まり、子供は何故?と不思議に思う、面白いまでに対極的なreturn。
「きっと……貴紀さんがこの計画を阻止しようとしたら、かなりの人類に恨まれて、妨害される」
「構わんさ。元々、自分は悪人だ。嫌われるのは慣れてる」
「貴紀さんが戦う相手って──勧善懲悪では済まないんだな」
計画の阻止に繋がる結果。それを心配してくれるが……それはもう、慣れっこだ。
例え恨まれ、妨害されたとしても、それは反抗期を迎えた子が親を嫌う様なモノ。
耳が痛い正論より、偽りの嘘を信じる者がいる以上、勧善懲悪とは行かん。
とは言え、お盆に乗せた料理を運びながらする話じゃ、ないけどな。
「リライトだけは、何としても防がなきゃならん」
「うむ……んっ、その通りだ。オメガゼロ・エックス」
話していると、向かい側からリバーサルが現れて話に割り込み。
序でと言わん流れで、料理も摘まみ食いしやがった。てか、マイ箸持ち歩きしてんのかよ。
「俺が使うR──の意味は反転。R──と言えば意味は砂時計の如く反転する」
「何でまた、そんな七面倒臭い方法を……」
「スパイを炙り出す為にな。ホイヒェライ博士の発案だ」
スパイ……誰もが抱え易い爆弾の一つ。それを炙り出す為のR……か。
確かに知らない相手が聞けば、了解。の意味と捉え、自ら墓穴を掘るだろう。
──「我々も慣れるまでは苦労したがな」と言う顔は、突発的な提案に振り回された様子。
「さて──リバイバーは先に料理を他の面々に渡して来てくれ。俺は彼と話がある」
「分かった」
指示されるがまま、寧達がいる部屋へと料理を運んでいった 。
それを見届けた後、リバーサルは改めて此方に向き直り、真剣な表情で口を開く。
「ライチ、ニーアと言う娘達から相談を受け、事情は把握している」
「あの二人が……それで、狼の森を救う手立てはあるのか?」
「勿論ある。寧ろ、very easy過ぎて欠伸が出る」
どうやら、巫女と女医の二人が相談していたらしい。自ら進んで聞けるのは、良い事だ。
解決策もあるようで、ホッと胸を撫で下ろした直後。リバーサルは言葉を続け……
──「オメガゼロ・エックス、ライチとの関係は?」と訊ねられ、頭の中は?マークだらけ。
関係と言っても友人。恋心などは抱いていないと言ったら、その内容を伝えてきて……
「彼女達への説明は、是非とも君の口から伝えてくれたまえ」
点と点を線で結ぶ事実だけを言い、手に持ったお盆ごと料理を持ち去って行くリバーサル。
驚きはあったが、内心──「あぁ、そう修正が働くか」と思ったのもある。
過去を改変しても、結局は何らかの形で戻ろうとする。自分の力は、それを断ち切るが……
その対象を自分が『破壊』するのが条件。けど、それが常に良い方向に働く訳でもない。
「あっ……オメガゼロ・エックスさ~ん!」
「此処に居た。みんな、探してる」
入れ代わる様にライチとニーアの声が聞こえ、 後ろから此方へと走る音が響く。
振り返り、二人を見て、ふとある考えが過る……森を救う手段を、伝えるべきか否か。
しかし、後々にたられば──と言われるのも癪な話だ。勇気を持って、伝えよう。
「二人に、話がある。狼の森を救う方法が見付かった」
優しい嘘も必要だが、時には厳しくも残酷な現実も必要。
比較する対象があるからこそ、様々な言動にも本来、該当する意味が生まれる。
自分の言葉を聞き、二人が抱き合う程に喜び合う姿を見て……ズキッと良心が痛む。
「解決策を使っても、あの森を救うには何百、何千年と年月が必要になる事を……事前に伝えておく」
「それでも構いません。教えてください!」
「それじゃあ、覚悟して聞いてくれ」
狼の森を救う方法。それは──霊力を結晶にした代物・聖光石でライチを包み、大樹へ埋め込む。
『森の巫女』の祈りと霊力で聖光石は育ち、魔を退け活動を抑制する効果も広がる。
でもライチ一人だけじゃ、陣の抑制と除去に霊力や時間も全く足りない。
志桜里は嫌悪するだろうが、交代制を採用するしかない。言い方を悪くすれば、電池交換か。
「何それ。ライチや他の無関係な人達を、消耗品として使うって事!?」
「……そう──だっ!?」
解決策を聞き、いの一番に突っ掛かって来たのは……先程ライチと喜びを分かち合っていたニーア。
怒気を孕んだ言葉に対し、悔しいながらも肯定した──次の瞬間、左頬を強くひっぱたかれ。
そのままニーアは来た道を逆走し、立ち去って行く。まあ、気持ちは分からんでもないがな……
「大丈夫……ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。痛みには慣れてる」
「体の痛みには……ですよね?」
恐る恐る訊ねるライチに言葉を返すも、予想外な言葉と行動を返された。
一生懸命に背伸びをし、右腕を伸ばし、手にした白いハンカチで左頬の何かを拭ってくれてる。
そっと右手で頬に触れてみると……涙を流している事に、今更気付く。体の痛みには──か。
「私なら大丈夫です。元々、あの森に骨を埋めるつもりでしたから」
「他の人達がどう思うかは、二重の意味で別問題だけどな」
本来の歴史でライチは、ヴルトゥームとの戦いで自らの命を犠牲に、勝利の切っ掛けを作ってくれた。
けど、目の前に居る彼女は違う。生き残ってしまった。歴史からすれば、歪み。
時間に誤差は生じるものの、歪みは自然と修正される。だから、この結果もある意味……
「じゃあ──君にこの願いを、託しても良いかい?」
「はい。受け取ります、その願いを」
せめてもの償いに、右手に霊力を集め凝縮。結晶化したのを確認し、聖光石をライチに手渡す。
彼女は両手で包む様に受け取り、鞄の中へ直した。聖光石に込め、託した願いは──
遠い未来で、幸せに暮らせます様に……それ位は、神様の有無関係なしに、願わせてくれ。




