Rの理由/彼が裏切った訳
『前回のあらすじ』
春島へと到着した一行に襲い掛かる、魔神王軍の三騎士。
威力偵察を終え、撤退した三人。貴紀は絆にスピラ火山内部の探索が可能か否か訊ねる。
されど探索には寧達の協力が必要と知り向かうも、途中で左眼の力が暴走。
古き記憶の一部を垣間見て教会で目覚め、闇の欠片・孤独の創造主の名と能力を思い出す。
また左眼が暴走するかも知れないから安静に。と……邪神二人に言われ、慌ただしい一日が終わり。
無事に翌朝を迎える。幾ら街の中とは言え、奇襲夜襲が発生しない訳ではない。
今日こそは、留守番組と合流しなくては……そう思っていると、教会の鐘が鳴り響いた後──
『ハァ~~~ッ、ロー!! エブリバディ! 昨日も良い子にしてたかな~? 大きいお友達の諸君』
「チッ……相も変わらず、五月蝿い変態め……」
町中にスピーカーでもあるのだろう。五月蝿く聞こえる……って、ちょっと待てぃ!
何故融合四天王・トリックの声が、町のスピーカーから聞こえる!?
思わずベッドから起き上がり窓から外を見ると、いつの間にか外へ出ていた静久が愚痴っていた。
『そして──王のみならず、我らをも裏切ったディストラクション!! 今度こそ貴様を倒してやる!』
「此方の現在位置を把握してる。そんな口振りだな」
「やれやれ……今度こそ、決着をつける必要がありそうだ……」
打倒を吠えるトリック。ふと思うが、アイツ……そんなにもドゥームを慕ってたっけか?
兎も角、位置を把握されてるのは不味い。まだ寝てる真夜達を起こす中、決着云々と言う静久。
確かにその通りだ。アイツの言う愛は、押し付け……そう言えば、何で愛に拘ってるんだ?
「だな。それじゃあ──っ?!」
『タース、またカーリと喧嘩したのか?』
そんな疑問を隅に置いた時──左眼がまた、唐突に暴走を起こし、床に膝を着く。
ウムケーレン城の一室で長い金髪の美女に、タースと呼び話を続ける過去の自分。
背の低い美女は腕を組み、そっぽを向きながら怒っている。何故、左眼はこんな情報を?
『だって~……兄貴ったら私の髪を見る度、胸と同じでペッタンコだな。って言うのよ?!』
『別に言わせとけば良いじゃないか。俺は好きだぜ、タースの綺麗なストレートヘアー』
『もう……デトラだけよ。私の髪を褒めてくれるのは』
恋仲──と言うよりは、友人の年離れた妹と接する関係。
確かにかなり控えめな胸だが、需要はある。髪を褒められ、甘える様に抱き付くタース。
そこで映像は途切れ、意識が戻った。それにしても、今の映像と自分に、どんな関係が……?
「また……何か、見えたのか?」
「あぁ。もしかしたら魔神王の半身として、覚醒しつつあるのかもな」
屈んで寄り添い、心配してくれる静久に思わず本音を吐露し、眉をひそめさせてしまう。
すると……突然立ち上がり、優しい眼差しで自分を見下ろし、小さな口を開く。
「阿呆……例えそうだとしても、貴紀に付いて来る魑魅魍魎の百鬼夜行連中には、酒の肴に過ぎん……」
「ははは。頼もしい限りで」
「何はともあれ……何を見たか、情報共有で教えろ」
不安を一蹴し、仲間達を信じろ──遠回しにそう言う静久には、感謝しかない。
迷ったり立ち止まった時は決まって、背中を押してくれる大切な存在。
お互いの額を当て、見聞きした情報を共有。頼りになるからか、静久を異性と意識してしまう。
「……貴紀」
「な、なんだ?!」
突然話し掛けられたのもあり、十中八九、動揺は声と顔に出ていたと思う。
目を開けると、既に額を離しており、此方をじっと見つめる深く紅い眼に見入ってしまった。
「過去をよく振り返るのは、良く思えた当時に戻りたい欲求……と聞くが、そうなのか?」
「世間一般ではそうなのかも知れない。忙しく辛い今より、何も気にせず遊べた日々に戻れたら──とはね」
「……理解に苦しむ」
どうやら過去を見る自分の左眼から、そういった結論に至り訊ねたそうな。
酷く忙しい時・肉体的、精神的に辛い時・大切なモノを失った時……様々な時に、そう思うのだろう。
思わない側の立場からすれば、静久と同じ意見。でも、時には辛い現実から逃げる事も必要だ。
「誰しも苦痛から逃れたい! 振り向かないうちが若さなんですよ、人と言う短命な種族は」
「その点……少年は凄い……最後まで苦痛たっぷりだもん」
光の速さで明日へダッシュしてそうな言い方や、某お菓子のCMで使われてた台詞を使うんじゃない。
まあ──ネタを抜きにした言葉は、その通りだろうけどさ。
「邪神共か……」
「確かに、苦痛から逃れる一心で自殺したり、一家無理心中も起きる。人は人の心が分からないからな」
「上の景色を知れば知る程、戻れなくなりますからね。これだから、力と心の関係性を知らない人間は」
「勇気と無謀……知恵と無知の関係性も付け足そう。少年……是非出版しよう。目指せ印税生活マスター……」
教壇の後ろ、恐らく床から現れた真夜と紅瑠美に対してこの言葉よ。
苦痛や恐怖、将来と言う未知に対しての不確定要素が不安を生み、苦悩苦痛を産み出し自壊する。
富名声を得れば大抵は心歪み、以前の暮らしに満足出来なくなり易く、金が減るに連れ不安も増す。
助けが善とは言わない。殺しが悪とは言わない。善悪など、人が作った都合の良い解釈だ。
「まあ、そんな暗い話とリバースする記憶はゴミ箱にシューッ!! して、さっさと合流しましょう」
言われるがまま、押されるがままに地下へと歩を進める。周りは暗く、明かりもない。
一列でしか進めない程に狭い土の通路。降りる最中、何かを通った様な感覚があった。
その先の景色は一変。夕暮れの茜空と雲が広がり、森の奥には如何にも古そうな遺跡がポツンと在る。
「ようこそ。此処は反転した世界、第五の遺跡です」
「元々の遺跡は、過激派組織の手で崩壊した……だから、残された保険が起動した」
第三、第四の遺跡と言い……敵の襲撃は想定済み。な対策を取ってんだな。
まあそのお陰で、新しい装備とかが得られてるんだけどさ。
「本当──天才集団だよな」
「天才集団……ですか。最高の褒め言葉ですね」
「い、いやいやいや。最高ではなく、最低のお馬鹿集団と言ったんですよ!」
褒め言葉を言った途端、森の中から出て来た二名。一人は男の方で、もう一人は……
勇者候補生のルージュと行動を共にしてて、名前や顔も知らない、ローブを被った男性。
突然真夜が前へ出たかと思えば、褒め言葉を取り下げ、貶す言葉が正解だと言い始める。
「R──そうか。久し振り……いや、初めまして……だな。俺はリバーサル、第五の遺跡を任された者だ」
話し方は柔らかく、頭に変な言葉を足さないのを除けば、至って普通の白衣を着た中性的な科学者。
リバーサル……何だろう。何処かで聞いたような、そうでは無い様な……変な感じ。
「此処は鏡の向こう側、即ち反転世界。言葉や意味も正反対の、ややこしい世界なんですよ」
「R──道草を食べつつ、走れ」
「通常の反転……道草を食わずに歩け……か」
反対・反転・転倒・逆転。気にした事はなかったが、いざ面と向かって見ると……いやはや。
これがなかなかに難しく、頭を捻りながら言葉を一つ一つ選ばなくてはならない。
静久はもう理解した様で、リバーサルの言葉を正しく言い直して教えてくれている。
「R──魔神王の欠片たる君が、何故反転し、裏切ったのか……その理由を、俺は知っている」
「少年が裏切った理由……私、気になります」
駄目だ……頭の回転が追い付かん。もう少し真面目に勉強を受けてりゃ良かった。
で、ガキの頃にちゃんと勉強してれば~……塾に通ってれば~ってボヤく人も居るんよね。
まあ、大抵は大人になってから気付く。大人──と言うのが、肉体的か精神的かで、意味は変わるがな。
「光満ちる世界。人の心は影を産み、怪物を産み出し、自らも怪物へと成った」
「ふむふむ」
「R──極々珍しい現象・心理・言動。人が世界を光で覆う時、その者達、現れない」
心理や言動と言った言葉は、反転してもそのままの意味で良いのだろうか?
疑問が顔に出ていたのか……リバーサルは短く頷き、肯定した。
「R──何故アダムから続く君が終焉の闇と戦い、裏切り続けたか? その理由は至極簡単」
「ほうほう」
相槌を打つ真夜に「……静かにしろ」と促し、話に耳を傾ける。
自分自身も覚えていない記憶。嘘か真かも知らない──が、今は静かに語られるのを待つ。
「命に関する問題に、相反する答えが出続けたからだ」
「それは……どんな答えなんだ?」
素朴な自分の疑問にリバーサルは口を開いて「統一と個別だよ」と、軽く答えた。
統一と個別。そう言えば、なんかそんな話だか伝説を何処かで聞いた覚えが……
思い出そうにも出てこない。ならば、それ程重要ではない記憶なのかも知れん。
でも──自分は魔神王の半身で、使う力が融合。言わば、統一に近い能力。つまり……
「何事にも、完璧は存在してはいけない。R──魔神王はそれを理解していない。故に、即決しない」
「知ってる……魔神王は最低最悪の存在。人間達が火を消したから」
「R──ですが、私はそうは思いませんよ。決め付けで判断するなど、言語道断横断歩道ですからね!」
自分一人を除き、会話や意味を理解している者同士で話し合う三人。
口を出したくても出せない状況。さっきから聞く『R』とは何の意味だ……リバーサル専用の言語。
ではない。と言わんばかりに、真夜も使い出している。下手に口を出すべきではないな。
「……分からないなら、それでも構わん。学ぶ事は大切だが……興味の無い事はどうせ頭から抜け落ちる」
「……やっぱり、静久は優しいな」
八岐大蛇として生きた経験からか、フォローをしてくれる静久に素直な感想を述べると。
──「学ぶのは生きる知恵を得、己の道を見付ける切っ掛けだ……」とだけ言った。
それを聞いて、八岐大蛇が討伐される話を思い出した。そうか……彼女は今も、学んでいるなのか。
「あの~、静久?」
「……何だ?」
「自分と腕を組む理由は?」
蛇が巻き付く様に、突然左腕と組む形で絡ませてくる静久に訊ねるも。
いつものダウナーな表情と声で返され、質問を投げ掛ければ、此方を見上げてニヤリと微笑む。
「私と言う復讐者を受け入れた以上……他の誰にもくれてやる気はない」
最近、分かった事がある。これは彼女なりの甘え方であり。
蛇として一生離さない。そう言う意味や類いの、愛情表現なのだと。
「あぁ~!! この白蛇、いつの間に絡み付いてるんですか! 其処はアータの特等席」
「R──五月蝿く。見えない」
「……なんですよ。いい加減、引っ付きなさいよ!」
席の取り合い奪い合い。そんな日常にも慣れ、それがいつの間にか──
当たり前に感じ、滅茶苦茶な会話に理解が追い付かない。
睨み合う二人に挟まれながらも、第五の遺跡前に到着したらしい。
洋風な外見を持つ超古代遺跡。その中へと、自分達は足を踏み入れる。




