裏切り -イスカリオテのユダ-
『前回のあらすじ』
ヴルトゥームを倒し、各々が行動を起こす中……貴紀は散歩と後始末をすべく、護衛も付けずに出掛ける。
追って来た少女に心配され、休憩がてらこれまでの旅を語り、内容は以前にユーベル地方へ来た時の話へ。
貴紀は結衣を救えなかった後悔に苦しみ、少女は心を痛め、苦悩の末に言葉を吐き出す。駆け付けるマキとゆかり。
立ち去る少女が残した意味深な言葉。それは、今のままでは勝ち目が薄く、魔神王を倒せないと言う事実だった。
夢を見た。仲間達と協力して見事三騎士を倒し、融合四天王と終焉が待つ先へと進む吉夢を。
夢を見た……手も足も出ない圧倒的な力、指先さえ触れる事許さぬ速度に、一蹴される悪夢を。
融合のその先──更なる領域へ足を踏み入れ続けなければ、全てを失ってしまうと、警告する様に。
「──ッ!!」
目が覚めると、何処かにある木造の個室──なんだと思う。けど、随分とボロい部屋だ。
窓際にある天井。端っこの一部分だけが壊れ、夜と朝焼けの混じった空が見える。そうか……夜が明けたか。
それは兎も角。心情ゆかりとニーアが椅子に座りながら寝落ちしている現状に、頭の理解が追い付かん。
「ん? ……体が軽いし、傷も癒えてる」
上半身を起こし、体の具合を見てみる。以前より疲労感は抜けて四肢や腰、背中が柔らかく動く。
そう言えば幼少期に真夜から人体のイロハを色々教わって、マッサージで体を柔らかくってのもあったな。
と言うか、上半身裸なんだが……自分の衣服は何処に? 洗濯して干してるんだろうか?
「御主人ちゃま御主人ちゃま~!! 大変でしゅ~!」
「エリネ、何があった」
「こっこれっ、これっ……これを見てくだちゃい!」
扉を勢い良く開け、背後に見える森から察するに──まだ狼の森に居るんだと勝手に納得。
焦りながら渡して来た新聞紙を受け取り、開いて見る。すると其処には一番の見出しとばかりに。
オメガゼロ、調律者様の首領を倒す!! と大々的に書かれ、いつ撮ったのか素顔の写真まである始末。
「クソッ……あの熱血新聞記者め。少し信用すればこれだ。エリネ、今直ぐ全員に招集を掛けろ」
「御主人ちゃま。これから……どうするんでちゅか?」
愚痴を吐き出しつつ新聞紙を握り締め、ベッドから降りて自分の足で立ち、指示を出す。
苛立ちが表に出ていたらしく、心配そうな様子で訊ねてくるエリネに振り返り、深呼吸を一つ。
「エリネ。お前達オラシオンとベビド兵士長達をヴォール王国へ送り届ける。その後、自分達の事は忘れろ」
「ご、御主人ちゃま?!」
「失礼します、隊長。この場よりの退去準備及び、補給物資の積み込みなども含め、完了しました」
「ご苦労様、リグレット」
これまでの経験上、刺客やら兵を送り込まれて魔女裁判紛いになるのは、火を見るより明らか。
今まで築き上げて来た殆んどを手放し、拠点を離れなければ、あの国は滅ぼされてしまう。
まさしくイスカリオテのユダ……だな。現在と今後の指示をエリネに伝えると。
謝罪・入室・敬礼。軍人を真似た行動で報告しコートを差し出すリグレットに労いの言葉を掛け、外へ。
「新聞が出回ってから、どれ位経った?」
「ハッ。約五十時間です。調査の結果、ヴォール王国にも広まっている事が既に確認済みとの事」
コートを羽織り、リグレット達が収集したであろう情報を聞く限り──
もうこの時代に長居は出来ないし、拠点の在るヴォール王国へ戻る事も出来ん。
また流浪の旅に出て、人気のない場所に拠点を作るか。やれやれ……また新聞記者にしてやられるとは。
「ゼロライナーを出せ。エリネ達をヴォール王国に送り届け、国の戦力を回復させる」
「畏まりました。隊長は如何なさいますか?」
「後始末を済ませる。面倒だが、送り届けたら森の入り口で待っててくれ。合流する」
浮かび上がる、最悪の展開。それを防ぐ為、少しでも戦力をヴォール王国へ帰還させる指示を出す。
自分はどうするのか? と聞かれ、後始末を済ませたら合流すると伝え、出発の準備をさせる。
ゆかり達は……付いてくるか否か、本人の気持ちを優先させよう。
「あたち、御主人ちゃまと一緒に……!」
「君が戻らなきゃヴォール王国は助からない。怪我人を治すのが、君の役目だろ? ほら、行った行った」
目に涙を浮かべ、駄々を貫き通す。そんな未来を余地し、先手を打ってゼロライナーへ乗車させる。
恐らくエリネは──自分達に付いて来たかった。けど、彼女はオラシオン。
旅を続ける自分達とは、住む世界が違う。そんな想いを抱きつつ、出発を見送った。
「約五十時間……か。まだ残ってりゃあ良いんだが」
後始末──それは、ヴルトゥームとの決着。確かにあの時、奴を倒した。筈だったが……
あの野郎。戦闘中にヤクトクローで付けた傷口を利用して、右膝の核を逃亡させていたとは。
奴と戦った、大樹の周辺へと走って向かうと──あった。ケンプファーの残骸だけが。
「やっぱり逃亡済みか。残骸が回収されてないのは──まあ、何かしら理由があるんだろう」
「そう、例えば──貴方を此処へ足止めして置く為の囮。とかね」
「……桜、それに花。調律者姉妹が揃いも剃ろって、俺の足止めか?」
残骸の前で屈み、何の意図があるのかと考えていたら……突然目の前に細い足が現れ。
視線を上げた先に居るのは紛れもなく、調律者姉妹の姉・桜。その隣には少し身長が低い妹・花。
思わず地面を蹴って距離を空け、身構えたまま聞き返す。姉妹相手に一人は、流石に分が悪いぞ。
「半分正解、半分ハズレ」
「今回はちょっとした報告だよ~!! ヴァ~~ッカァ!」
常に冷静沈着、クールなお嬢様感で言う姉・桜と、相手を常に煽るクソガキ感全開で腹立つ妹・花。
姉・桜が割れ物を扱うように取り出した物は──半透明のフラスコ。
中には薄く青い液体に漬かった、心臓の如く脈を打つ謎の黒い球根。
あの球根……何か、禍々しいオーラを感じる。一体、何の植物なんだろう?
「おのれ……おのれオメガゼロ・エックス!! 終焉の闇の偽者、紛い物の分際で……わしをこんな姿にしおって!」
フラスコから聞こえて来る、怨嗟の声。なんだ、あの球根はヴルトゥームの核か。
漬かってる液体は培養液か何かだろう。しっかし……あんな姿になっても懲りんとは、しつこい奴だな。
「じゃが! わしは必ずや復活を遂げ、この惑星を手中にし、貴様に復讐を……おい!」
「あらあら。どうかされました?」
復讐を遂げ、怨み辛みを晴らすべく今は撤退~……とでも言いたかったんだろうが。
奴の入ってる容器が傾けられ、中身の液体が少しずつ地面に零れ落ちて行く様は正直──
魚から水を、生命体から酸素を少しずつ奪う拷問にも見えた。呼び掛けてもすっとぼける様は、特に。
「貴様ら!! 命の恩人たるわしを、火星を支配したわしを──」
「過去の栄光にすがり付く、哀れな存在。せめて私達の栄養分となりて、滅びなさい」
「い……イスカリオテのユダめ!! このっ、ジュゥゥダァァァ──」
「五月蝿い。さっさと消えちゃえ!」
ヴルトゥームが話し終える前に、中身の液体を全て棄て、冷徹な言葉を投げ掛けると共に。
姉・桜は包む様に持っていたフラスコを放り出し、地面に落下。割れて硝子の破片が刺さったのか。
それとも死を恐れてか。球根は更に速く脈を打つも、最後に無慈悲な言葉を送られ、妹・花に踏み潰された。
これが……誰も信用しようとせず、己が正義を貫き通そうとした愚か者の末路──か。哀れだな。
「親分じゃ……なかったのか?」
「親分? 馬鹿も休み休み言いなさい。私達とアレに、上下関係なんて無いわ」
「アレが勝手に思い込んでただけ。だもんね~! 余りにもお馬鹿過ぎて笑っちゃうよ」
疑問を投げ掛けるも、軽々と一蹴された。返答から考えても、色々とおかしい。
管理者勢力は縦社会。もしやそれは妹・花が言う通り、ヴルトゥームが思い込んでただけ?
視界は姉妹から離さず、出来る限り魔力探知範囲も徐々に広げて置く。予想外の一撃に備えて。
「私達はヴルトゥームから核を分け与えられた。け~ど、離れたらそれはもう、別の個体」
「古い樹が失くならないと、新しい芽は育ち難いでしょう? だから、トドメを刺してあげたの」
「成る程。奴は同盟相手どころか、自分自身にも裏切られた──って訳か」
自分自身を増やし、この惑星を支配・管理しようとしてこの有り様とは……本当に哀れな奴。
けどまあ、でかい樹の横に同じ位育つ樹──それも双子樹を植えようとすれば、圧倒的に狭い。
「それと……探知範囲、もっと広げた方が良いわよ。こんな罠にまた引っ掛かって……無様ね」
「何っ!?」
まるで同じミスをした子供に注意する様に言われ、一気に最大まで広げた結果……理解した。
この森を囲む形で、陣が描かれている!! こんな事をやる奴と言えば、三騎士・コトハしかいない!
地面から這い出て来る動物や人間、狼族の骨達。中には微妙やら六割肉が残ってたりする個体もいる。
「それじゃあ、骨董品の破壊者さん。Farewell」
「精々もがき苦しんで、私達の下まで足掻いてね~!」
不完全な屍と骸骨を手刀や蹴り、フォースガジェットの各種モードで倒すけど。
倒して土に還った端から、次々と湧いてくる始末。調律者姉妹は言いたい放題言って、転移で帰りやがる。
死者蘇生──と言うには余りにも不完全で、生命への冒涜とも言える故の永続的な蘇生……か。厄介だな。
「オメガゼロ・エックスさ~ん!」
「ライチ?! 無事──っ、邪魔だ! 無事だったか」
茂みから飛び出し、此方へと必死な形相で走って来るライチ。その理由は……
その背後から四足歩行で追い掛けてくる、狼族の屍達。右手のフォースガジェットを鞭モードに変更。
ライチ目掛けて振るい、胴体へ巻き付けると同時に引っ張り寄せる。
直後、左手に持った散弾装備の朔月をコートの懐から取り出し、屍達目掛け発砲して蜂の巣に。
「あの……これは、一体……」
「範囲内限定の、不完全な死者蘇生の奇跡だ。今、この森に止まるのは不味い。脱出するぞ」
ガジェットを懐に戻し、朔月を右手に持ち替え、ライチの右手を引っ張って走る。
とは言え、此処は広大な森のど真ん中。走り抜けるにしても、追っ手を迎撃しながらは流石にキツい。
事情を手短に話すも、顔色を伺う限り──この事態を飲み込める程、理解は追い付いてない様子。
「倒しても倒してもキリがない! それに」
「痛っ、やっ……やめて!」
「クソッ!! 腐った養分より、生きた養分が好みって訳かよ。選り好みすんじゃねぇ!」
敵は追っ手や行く手を阻む屍達だけじゃない。この森の動植物達さえ、栄養分を欲して襲い来る。
進行先の屍を撃ち抜いた矢先。ライチの左腕へ巻き付き、腕をへし折らんばかりに締め付ける触手。
散弾装備を前方へスライドさせ、銃身を絞り触手へ発砲。すると触手は千切れ、慌てて引っ込める。
「ショットガンシェルは拡散と集中があるとは知ってたが……まさかこう再現するとは。って、不味い」
寧とマキの技術力やアイディア力には毎度、脱帽するよ。男のロマンを良く分かってるってな。
な~んて言ってる場合じゃない。再度ライチの左手を掴み、走り出すも出口が遠く、見えない。
そんな時。灰色のローブに身を包んだ人物が、カンテラを此方に掲げて振る姿が見えた。
「あれは……」
「チャンスです! 此処の動植物達は、火を怖がって近付かないので」
もしかしたら、何者かの罠かも知れない。峰平進を信用したミスを、また思い出す。
信ずるべきか否か──迷ってる暇はない。謎の人物を追い掛ける形で走ると。
相手はそれに気付いてか、逃げる様に……違うな。一定の距離を保ちつつ、先へと進んで行った先は──
「脱出……出来た?」
「此処が……森の、外」
謎の人物に導かれ、自分達は森の外へと脱出出来た。あの人は一体、誰だったんだろう?
疑問を抱くも、ズボンのポケットで震えるフュージョン・フォンを取り出して通話に出ると。
「隊長、大問題が起きました!」
「リグレット、今何処に居る? 何が起きた!?」
「ゼロライナーが、白兎にジャックされました!!」
通話をして来た相手はリグレット。焦った様子で話し掛けられ、場所と報告を聞けば……
なんと──移動用拠点・ゼロライナーが、味方だと思っていた白兎に占拠されてしまったと言う報告。
改めて現在位置を聞こうとするも、通話中は途切れてしまった。次から次へと……どうなってるんだよ!!




