悪魔再臨
蝗の大群が空を覆い尽くし、不可思議な現象に戸惑い、蠍の尾に刺されまいと逃げ惑う機都の住民達。
厳重に戸締まりをした自宅や民家、工場などへ逃げ込む者もいれば。逃げ遅れては蝗達に刺されてしまい、安らかな死を自ら求める程の苦痛に襲われ。
阿鼻叫喚の悲鳴をあげ、絶叫する者達もいるそんな地獄と化し始めた町中を走る人影が二つ。
「一体っ、何が……起こってやがる!?」
「空を蝗の大群が覆い尽くし、人々の悲鳴が轟く時。天より星が落ちて光に封印されし悪魔、蘇らん」
「おい、未来。何だ、それは!」
「私達が図書館で探してた情報が、古い巻物に書いてあった文章。寧ちゃんが……見付けて」
住宅地を走る二人の後ろでは混合獣としか思えない蝗達が、蠍の尾で刺そうと続々追い掛けて来る。
何が起きているのかさえ、出来事が発生した後に大図書館から出て来た三人には、何が何だか全く理解出来ていない。
途中で体力切れで走れなくなった未来寧を終焉が背負い走る中、予言とも取れる言葉を言う為、何かと問えば隣で走るゆかりが、代わりに答える。
「多分……今起きてる現象が悪魔復活の儀式、なんだと思う」
「こんな現象、俺達人間がどうにか出来る訳がねぇってんだ!」
「市民病院……あそこへ逃げ込みましょ!」
たかが都市伝説。と見逃していた話が実は過去に起きていた現実で、今まさに、世の地獄が作られようとしていた。
現実離れした量、容姿の蝗。更には人々があげる悲鳴を、小鳥のさえずりに目覚めようとする悪魔。
もはや自然現象、天変地異の領域。幾ら魔法や奇跡が使えようと、災厄を退けられる筈がない。愚痴る声を無視して、ゆかりは目の前に見える病院を指差し、駆け込んだ。
「ふぅ……やっぱり。オメガゼロの出現と、解決を待つしかねぇか」
「うん。これは流石にっ、スレイヤー様でも……解決、出来ないと思う」
魔王等が現れる世界では、よくある話。魔王を倒せる勇者の出現を望み、願い、そして誰も……何も世界を救おうとする行動を起こさない。
そんな二人や神頼みをする避難者、ヒステリーを起こし喚く者達を見て、寧はとても哀しくなり、入り口へ駆け出す。
「おい! 何処へ行く気だ。外は危険だぞ!?」
「っ……寧ちゃん!」
流石に機械系知識や技能全振りした貧弱な体力、運動神経では慌てて駆け付けた終焉を振り切れず、肩を掴まれ力尽くで止められる。
「離して……離してよ!」
「お前なぁ。外は危険だって判ってんだろ」
「危険だから何!?」
掴まれた手を振りほどこうと足掻くも、女性と男性。一般人と兵士では力や戦闘技能に差がある様に、振りほどけない。
外へ出る事が危険だと話せば、涙を浮かべた目でキッと睨み上げられた上、今にも泣き出しそうな声で言い返す。
「オメガゼロだって……あの人だって、自分の命を賭けて一生懸命戦ってるんだよ? なのに私達が原因で起きた異変も、彼が倒してくれたんだよ!!」
一般人とオメガゼロ。一生懸命生きる命、其処に何の違いがあるのか? 人間が起こした超常的な現象・異変さえも倒して来た事を話す。
「…………」
「行かなきゃ……私達が支えて上げなきゃ、あの人は本当の意味で敗けちゃうから!」
聞いた話からタイムカプセルを通して知った歴史を思い出し、掴む手の力が抜けてしまう。
両手で掴まれていた手を払い除け、寧は蝗達が飛び交う外へ飛び出す時。携帯電話が震え確認すれば、踵を翻し病院の階段を駆け上る。
「こ、こ?」
「そう、此処であってるよ。協力者・FN」
四階・特別治療室へ着いた寧。部屋を見回して見るが、どう見ても一人用の白い個室でベッドがあるであろう場所には、カーテンが張ってある程度。
疑問に思い首を傾げると、カーテンの奥から機械音声が聞こえ、立ち去ろうとする足を止めさせる。
「もしかして、情報屋・M?」
「その通り。カーテンを引くといい」
「こ、これが、情報屋・M……」
「そう。これが、今の私の姿だよ」
言われた通りカーテンを引けば、其処には予想通りベッドがあり、金髪ショートヘアーの少女が静かに眠っていた。
但し……口に呼吸機、額へ脳波測定器。両腕には幾つもの点滴を付けられた姿で最早、生きていると言うよりも、植物人間とも思える状態。
部屋にある監視カメラや見舞い人用に置かれたテレビを通して、認識や声をしている様子。
「君の携帯に特殊な電波を送る。そうすれば少しの間、蝗に襲われる事は無い」
「どうして、私を呼んだの?」
「君を通してスレイヤーに……いや。オメガゼロ・エックスに、直接逢いたかった」
外を安全に移動するサポートをしてくれるのは嬉しい反面、わざわざ直接呼び寄せた理由を聞けば、スレイヤーでありオメガゼロでもある貴紀と出会いたかったと告白。
「時間がないよ。もうすぐ彼が着き、悪魔復活も間近。ナビゲートするから速く連れと一緒に此処から脱出して!」そう急かされ、急いで病院入り口へ向かう。
「全く……トンデモちゃんまで連れてくるとかは、流石に予想外過ぎ。でもまあ、生身で逢いたかったな……オメガゼロ・エックス」
再度強い衝撃が地面を走り、薬棚や医療器具が揺れ落ち倒れる最中、四階の天井が次々と崩落し始める音が響く。
看護婦がいない特別治療室で眠り、身動きの取れない彼女はもう助からないと知ってか、心残りを口に……否、声にした時。
ベッド上の天井が崩れ落ち、死が迫った。すると紅い光が猛スピードで窓を突き破り、少女を包み飛び去って行く。
言われた通り終焉とゆかりを連れ、市民病院より抜け出した寧は自宅へと走る。襲われるかも……と思っていたが、情報屋・Mが言った通り特殊な電波のお陰で寄って来ない。
「なあ、聞きたいんだが。もしかしてオメガゼロは……」
「………何?」
「俺達、人間とも戦った事があるのか?」
ふと思った疑問を走りながら投げ掛ける。もしや正体がバレた? そんな予感が不安感を煽り返事が少し遅れる。
気が遠くなる程悪魔やらなんやらと戦って来た存在、オメガゼロは人間と戦ったか否か。なんだ、そんな事か……内心安堵の溜め息を吐き、前を向く。
「うん。様々な力、欲望に溺れた者達と戦ったよ。異変を解決した後、一人でよく泣いてたんだよ」
「意外だな……おい、兵士長の孫娘。どうした!?」
「い……いた、い……」
光闇戦争へ参加した当時を思い返し、皆が異変解決に喜ぶ裏で一人、泣いていた事を話す。伝説等で残るのは大抵、英雄譚的なモノだけ。
意外だと思った矢先。突然ゆかりが胸元を押さえて膝をつき、前屈みになりながら苦しみ始めた。
「長かった……」
「えっ?」
「おいおい、マジかよ。こんなねっとりした濃密な魔力、初めて……いや、二度目か。引け!」
呟くその声は本人でありつつも、全く知らぬ別人の声も混じっていた。思わず不思議に思い聞き返すと、苦しむゆかりから青い雷と闇が魔力として溢れ出す。
感じる魔力の濃密さを例えるなら、液体型スライムや冷した蜂蜜レベル。
ドロッとした魔力が肌を触れる感触はとても気持ち悪く、心に恐怖心を沸かせ。身の危険を感じ、離れろと指示し距離を取れば……
「三千万年だ。奴に封じられた後も、僅かな魔力で人間共へ干渉し、得たマイナスエネルギーで漸く!!」
「マイナスエネルギー?」
「私達生命体が持つ負の感情の事。強いて言うなら、強い呪いや悲しみ」
前屈み状態から立ち上がり、両手を広げては蝗達が覆う空を見。町中から聞こえる苦痛や不満、愚痴を耳にしながら狂った様に笑いながら話す。
マイナスエネルギー……それは感情を持つ生命全てが等しく持つ負の力であり、悪魔達には極上とも言えるご馳走。
恨み・妬み・怒り・悲しみ。他にも色んな負の感情がマイナスエネルギーを産み、実体を持った怪物や怪獣になる事もある程、危険度が極めて高い力と説明。
「後は……我が肉体が此処へ来れば、再び世界を闇で覆い尽くし、人間共へ地獄を味わらせてやるわ」
「成る程。都市伝説はテメエが復活する為のチラシって訳か」
今になって漸く理解する。都市伝説は自らが復活に必要なマイナスエネルギーを得る為、心が弱い、悪い人間に自身を使わせ。
願いを叶える見返りに、接触して来た存在が抱いている負の感情を貰う。すると貰われた側は気分が晴れ、また嫌な事があれば己を使う。その繰り返しだと。
「その通りだとも。我が主、マジック様に敗北した虫けら風情」
「マジック!? お前……まさか」
「ふっふっふ。おぉ、漸く来たか。我が新しき肉体、Σよ!」
圧倒的な惨敗を与えて来たマジック。その名を聞き、まさかと思うも時既に遅し。あの時フードを撤退時も着被っていたΣが魔法で空を飛び、機都へ降り立つ。
「貴様に用は無い。さあ、我が肉体へ戻る時」
「ちっ……く、しょう! なん、で、だ……体が、動かねぇ!!」
「金、縛……り?!」
ゆかりの胸元から飛び出し、Σの胸元へ飛び込み侵入。勿論それを阻止すべく動こうとしていた二人だが……
何故か直立体勢で拘束された様に身動きが取れず、本来の肉体への帰還を許してしまう。それでもまだ動けず、動けたのは……魂と肉体が少し馴染んだ頃。
「未来。此処は俺に任せて、家に戻ってろ」
「無月君…………それ、死亡フラグ発言だよ?」
「いいから行けってんだ!」
RPGゲーム等、タイプ次第では耳にする死亡フラグとも言える発言に不安を覚えつつ、後ろを振り向かず寧は走り出す。
「貴様は喰ろうてやろう。義妹と同じように」
「テメエ……サクヤを喰いやがったのか!!」
「あぁ。とても美味だった。もっとも、一緒に居た男は何処ぞで真っ黒焦げだろうがな」
「貴紀を、殺りやがったのか。上等、なら殺り返してやるから、歯ぁ食い縛……あぐっ!?」
わざわざ挑発的な言葉を選び、怒りで身を燃やさんとする終焉を前に、まだフードを着被ったままのアバドンはニヤリと笑った。
挑発的な言葉と言う調味料を使い、人間と呼ぶ食材が負の感情で満たし、挑んで来れば更に絶望させ心を負に染め上げる。
それが悪魔の食事方法、願いと魂の取引も、似たようなもの。
アバドンが左手で空を切る様に振り下ろせば、飛び出した終焉は地面へ叩き付けられてしまう。
「所詮、人間は悪魔の玩具だ」
「すまねぇ。サクヤ、貴紀……お前達の仇、取ってやれねえ」
再び痛感する圧倒的な実力差を前に、敵討ち出来ず死ぬであろう自身を悔やみ、最後の一撃をただ静かに待っていると……押し付ける様な感覚は消え、身動きが取れる。
立ち上がった時。終焉の眼に映ったのは……空が遮られ暗い世で紅に輝く光。
浮かんでいた光は人の姿形へと変え、先程体当たりで吹き飛ばしたと思われるアバドンの前へ歩めば光は剥がれ、パワードスーツを着た存在が現れた。
 




