疑問
小鳥が耳元で小刻みに鳴き耳を刺激し、天を遮らんと覆う木の葉の隙間から差し込む僅かな日差しが、眠り続ける貴紀の顔へと優しく降り注ぎ睡眠を妨害する。
流石に目を覚まし、体を起こしたそんな彼を四方から立ち尽くしたまま見下ろす、青龍・白虎・玄武・朱雀を描いた仮面を被る四人の子供達。
「ねぇ。人は、助ける価値があるのかな? 助け続けても……歴史は繰り返されるのに?」
「人を愛するって……何をどうすれば、本当に相手を愛する事へ繋がるの?」
「優しさって、どんな事をすれば……本当の優しさなんだろう?」
「君がやるべき事は、本当は何だろう? 言われた事をやるだけが、やるべき事なんだろうか?」
人に対する価値、本当に愛する事、優しさとは何か。そして貴紀が本当にやるべき、果たすべき事とは何かを……子供達は各々が思う疑問を投げ掛ける。
問い掛けへ対し、貴紀は何も答えない。否、答えられない……答えを持ち合わせていない。寧ろ、此方が教えて欲しいと思い、願う疑問。
「……逆に訊きたい。獣を裁くのは獣と人、悪と人を裁くは人であり法。ならば、善と正義を裁くのは……誰?」
答えられない疑問へ対し、違う疑問を投げ返す。獣や人が行った行為を悪と見なし、裁くのは人間の自分中心的な考え方……エゴである。
誰かの行いを悪だ偽善だ等と認識し、否定批判的な善や正義を裁くのは誰か。正しい事が幸せに必ずしも繋がる訳ではない。
悪事が必ずしも悪い方へ繋がる訳でもなく、目に見える結果だけが全てでもない。故に、正義と言う悪を裁くのは誰か……知りたかった。
「友を……許してあげて」
「助けてあげて。彼女は……今も、苦しんでいる」
「友達? 助ける? 一体、誰の事を言ってるんだ?」
返って来た言葉は答え……ではなく、友を許し救って欲しいと言う願い。彼女と言う発言から女性だと判るのだが、誰を指しているのかが判らない。
そんな中。森を飛び回る二つの 光球が近付いて来ると、子供達は元々其処へ存在していなかったかの如く消え、葉が自ら退き空から祝福と言わんばかりに光が差し込む。
すると左腕へ自分達四人を緋・青・紫・紅白の四色で表した回せる矢印付きウォッチ、ベルトは左右に開閉出来そうなバックルへと変化。装着されると差し込んでいた光は再び葉に遮られる。
「おぉ~、やっと起きたか。って……なんだ、左腕に付けてるソレとかバックルは」
「知らんよ。寧ろ、こっちが聞きたいわ」
「奴カラノ贈リ物ナラ、一言アル筈ダ。ソレガ無イノデアレバ、一体誰ガ……?」
「ん? 何か握ってる」
仕える主の遅い起床に喜び、周囲を飛び回る内、知らぬ間に身に付けていた正体不明な物へ気が付き意思気が向く。
名前や使い方も知らない、未知の代物。一体誰が? 謎を解き明かそうと呟くルシファーの言葉に先程話し掛けてきた子供達を思い出し立ち上がろうとした時。
筒状の固い何かを握ってる事へ気付く。手を開き見てみたソレは……銀色の単眼鏡。使えるのかどうか、恐る恐る覗いてみると、朱色の着物を着た女性が映った。
「人間としては、あり得んまでの回復力じゃのう」
「なっ!? いや……妖狐か」
此方へ歩いてくる女性の頭に在る狐耳を見、人間ではなく妖の狐。一瞬愛した存在と重ねて見てしまうも、違うと否定。
妖弧だと判断するや否や半歩下がり、歩くと言う何でもない動作一つにすら警戒を高め、何が起きても即座に動ける様、両足に力を込める。
「これこれ、わしに敵意は無い。ほれ」
「両手を上げたから何だ。妖狐は言動一つすら気の抜けない存在、ハイそうですか、とは信用出来んな」
自分に敵意は無く、何も持っていない事を主張すべく両手を上げ立ち止まる妖狐。しかし余程危険視しているらしく、貴紀は警戒心を解かない。
「宿主様!! あの妖狐は宿主様を手当てしてくれてたんだ。敵じゃねえよ!」
「少ナクトモ、今ハ……ナ」
「……判った。ゼロ達の言葉を信じよう」
慌てた様子で上下に揺れ動き、目の前の妖狐が敵ではない事を必死に伝え、話へ割り込む形で補足する言葉や左手で体を触り手当て済みな事から事実と判断。
構えを解けば「そちらも、纏っているモノを解いて貰おうか」と続けると、キョトンとした表情で驚いた後。
妖狐は右裾で口元を隠し「ほっほっほ。流石は風の噂でよく耳にする童よのう」試していたのを見抜き、言い当て事を満足げに微笑み何を解いて言う。
「わしは神獣・桔梗。この森で静かに暮らしておる」
「桔梗……ねぇ。自分には、嫌がらせにしか聞こえない名前だな」
「おい、宿主様!」
近付き自己紹介しては握手を求め手を差し出す桔梗に対しそっぽを向き、不服そうな表情と発言をしつつも握手に応じる。
そんな顔や発言をする理由を知るが故に、八つ当たり的な言動を注意しようとするも。
「よいよい。御主には辛い過去を思い出させる名前故、致し方ない」困った様子でそう言った瞬間、貴紀は目を大きく見開き、真剣な表情で自ら繋いだ手を払う。
「知った様な事を言うな!! アンタに何が判るって言うん……っ、さっきの発言は悪かった。治療には感謝する、邪魔をした」
「待てよ、宿主様!」
昔を思い返す言葉へ怒り、沸き上がる感情に流され言い切ろうとするものの。神獣・桔梗の顔が妖怪・桔梗の苦笑いする顔に重ねてしまう。
途中で我に返り、申し訳無く思い感謝と謝罪を言い俯いたまま森の中へと立ち去って行く背中を、ゼロが追い掛ける。
「何故ワザワザ地雷ヘ踏ミ込ンダ?」
「ほっほっほ。何故じゃろうな……あの童をからかっておると、胸の奥が暖かく感じるんじゃ」
「……知ランナ。俺達ハ立チ去ラセテ貰ウ。ヤル事ガアルンデナ」
敢えて追い掛けずに残り、幾らか考えれば回避出来た筈である相手の地雷を踏んだのか、理由を聞くが神獣・桔梗にも判らない。
判る事と言えば、先程の様な会話を貴紀としていると、何故か心が暖かくなる程度。
ルシファーは自分達にはやるべき事がある旨を伝え、遅れながらも既に見えなくなった背を追い掛けて飛んで行く。
「知っておる。悪魔・アバドンを倒し、事件を解決する事位はのう」
一人ポツンと森へ残り空へ向けて右手を差し伸べれば、風が手の平へ集い落ち葉を巻き込みながら渦巻く。
森を出て行こうと、移動中の貴紀達はと言うと……
「クソッ、あぁ~っもう……なんで一々反応するんだよ、自分は!! もう昔の事じゃないか!」
「仕方ねえよ。俺達、血の繋がりは無くとも絆で繋がった家族だったんだしよぉ」
「それもあるけど……初対面の相手に、あの言い方は無いって判ってるのに。どうして言っちゃったんだろう」
拭い切れない苛立つ感情を払う様に、右手を大きく振り払う。それは昔の出来事を無理に忘れよう、決別しようとも見える。
血ではなく絆で繋がった家族だった、その家族を光と闇の戦争で幾人か失い、トドメに残った家族も恐怖へ駆り立てられた人間が自身の不在中に殺した。
憎しみや恨み、復讐心は当然ある。心無い人間をゴミ屑と見なし、見限ってもいる。それでもやはり、初対面の相手へ対する配慮や言葉は選ぶものの、何故感情に任せて言ったのかと悔やむ。
「戦争時、王ハ言ッテイタナ。人間ヲ守ル価値ハアルノカ……ト。答エハ出タカ?」
「いや、出てない。だから今回の旅ではオメガゼロとスレイヤー、二つの正体を隠して行うつもりだ」
「最低限干渉する程度に抑え、反応を見る。って訳か」
長い間出なかった、自問自答の答え。それを見出だすべく、伝説やら有名人扱いされている二つの正体を世間に明かさず隠して行う意思を示す。
「とは言え。宿主様、感情的になって干渉しちまう事も多々あるからなぁ~」やら「子供的ナ精神部分モアルシナ」など。
痛い所を突かれ言い返せない中。漸く森から出てみれば、何処からか高い楽器音が一定のリズム、タイミングで鳴り響く。
「ン? 何ノ音カト思エバ、ラッパ…………マサカ!」
「何かが、落ちてくる!?」
「うおぉぉぉっ!?」
鳴り響いていたのはラッパを吹く音。されど演奏者は周囲に見当たらず、音が聴こえ始めてから先程までの晴天は何処へやら。
一筋の小さな星が機都へ落ち、強い衝撃が走った後。機都から黒い何かが噴き出し、太陽光を遮らんと空を覆い尽くしてしまう。
「……っ!!」
「待テ、王! 干渉ハ最低限ニ抑エルト言ッタバカリダロ!?」
機都へ落ちた星は遠くからでも立っていられない程の震動で深い穴が空いた、もしくは強い衝撃で周囲へ被害が発生したと判断するに容易い。
寧や友人達が心配になり、感情へ駆り立てられた心が赴くまま駆け出そうとする。が……先程言った発言を早速破るのか?
そう言いたげな言葉を聞き、足を止め考えてしまう。自分が言った事すら守れない、結局何時も通り心が思うまま動き事件を解決してしまう……と。
「気持チハ痛イ程判ル。ダガ、今ハ」
「何だアレ。空を覆ってる黒い何かがこっちへ来る……ぞおぉぉぉっ!?」
助けに行きたい気持ち、心配する気持ちは同じ。されど今は自分が言った発言を守るべきだと伝えようとした矢先。
落下地点から噴き出しては、空を覆わんと飛ぶ黒い何かが今度は此方……大草原や森がある方へと勢い良く飛んで来たではないか。
緑溢れる草原や森の葉も黒い何かで徐々に黒く染まり、よく目を凝らして見たソレが何かと言うと。
「何だこれ。いな……ご?」
「ラッパ、落チタ星、蝗ノ大群。間違イナイ……アバドンノ蝗ダ!」
「アバドン? アレは天使だろ。この現象、最早悪魔の域じゃねえか」
早々と起きた三つの現象。それらから緑を喰らい天を覆う存在、それが金の王冠を被る人の顔と女性の髪を持ち、獅子の歯と蠍の尾を生やした……アバドンの蝗だと看破。
しかしアバドンとは数多い天使の名の一つ。今起きている現象は天使降臨とはとても言えず寧ろ、大悪魔か魔王降臨と言われた方がしっくりする域。
「神ハ選ンダ者以外ヲ洗イ流ソウトスル鬼畜野郎ダゾ。ソノ神ニ今ナオ仕エル天使ナド、悪魔ト大差無イ」
「てかこの量、一週間と経たず緑が食い尽くされると思う処か、襲い掛かってくるんだが!?」
「当然ダロウ。コイツ等ハ神ガ選ンダ者以外ヲ刺シ、死ヲモ上回ル激痛ヲ五ヶ月間、殺サズ与エ続ケル害虫ダカラナ!」
神を鬼畜野郎と冒涜し、天使を悪魔と大差無い存在だと話を聞いていれば、蝗は貴紀へも襲い掛かり、尻尾で刺そうとしてくる。
その食欲は衰える事を知らず、また、明確な数こそ不明なれど空を覆い尽くす程ともなれば大自然の緑なぞ、一週間も持たないだろう。
行動を起こそうにも蝗の大群が邪魔をして動けず、立ち往生していたら、突然吹き荒れる風が蝗達を軽々と払い除けて行く。
「行くんじゃろ? この地を滅亡へ導く悪魔を倒しに。ならば、わしが道案内をしてやろう」
「桔梗……あぁ、頼む」
森の葉を食べ尽くそうとする蝗達すらも払い除け、現れた金髪緑眼の神獣・桔梗。風は彼女が操っているらしく、世界滅亡へ導く悪魔。
アバドンを倒す為行くならば、道案内と護衛をすると述べ、貴紀は真剣な表情で受け入れ、自身らを包み浮かす風へ乗り共に機都へと向かう。
 




