シナナメ
『前回のあらすじ』
貴紀は異能のリミッターを最大限に外し、戦った事が原因で視力を失ってしまう。それは支払うべき代償。
心情一家から何故捕まったのかを聞くも、色々な疑問が残る。そんな時、現れたのは戦力外だった青年・ムート。
彼と勇者候補生のルージュ達により、人質の救助や手助け出来た。しかし大きな事は一人では達成出来ない。
何故貴紀は悪者扱いされる様な事をするのかを答え、苦悩するムートと、決意を固める貴紀であった。
今の時刻は何時だろう? 目の機能が失われてから、どれ程の時間が経ったのかすら、分からない。
失くして漸く分かる。普段、当たり前の様に見えていた光景、音、感触、味覚……そのありがたさに。
周りがとても静かだ。眠っているのだろうか? それとも──誰も居ないのか。 そんな疑問へ答える様に。
石の上を歩くような足音が近付いてくる。人数は一人。でも、この魔力は全く知らない。警戒も含め、身構える。
「王、俺ニ代ワレ!」
とても慌てた声で右腕の主導権を奪い、感触と動きから察している間にも、ルシファーと交代。
すると──ルシファーの視界が自分に飛び込んで来て、目の前で起きている光景に驚き、息を飲む。
「ッ……くっ!? 貴様、何処の者だ!!」
「……」
眼前に迫った銀色の綺麗な刃が、寸前の所で白刃取りで止められているのだから。
刀身から徐々に近付いてくる、不気味な黒いオーラ。何と言うか……触れちゃ駄目だ! と悪寒が走る。
それもあってか、ルシファーは手を話すと同時に、バックステップで距離を取り話し掛けるも……返答なし。
「黙りか。十メートルも空いた間を一歩で詰め、斬り込む脚力と腕力。それにその刀……」
確かにその脚力や腕力も恐ろしいが、一番目を奪われるのはそれじゃない。では何か?
終焉の持つ愛刀・三日月と同じ長さの──黒いオーラを放つ不気味な刀の事か?
いいや、それも目を奪う業物だが違う。奴だ……暗闇と一体化した黒髪ポニーテール、鋭い紫の眼。明るめな紺色の胸当てに。
暗い紺色スカート、黒に近い紺のレザーブーツ。肩に青白い着物を羽織る女剣士。
「彼女の淡い青を含んだ白色の魔力……も相当だけど、あの刀、滅茶苦茶ヤバい業物よ?」
「だろうな。アレは永久封印されるべき代物だ。それを何故あの小娘が持っているのか、それさえ不明だ」
「いやいや。何がヤバい代物なのか、俺にも教えてくれよ!」
身長は……恐らく女子高生の平均位。距離を取った此方を観察しているのか、近付く気配はない。
あれやこれやと話す二人に、ゼロと自分は置いてけぼりをくらっているも。説明を求め会話に割って入るゼロ。
「異様な気配を感じて来てみれば……終焉の地に閉じ込められているとはね」
突然現れた恋に言われ、ルシファーは辺りを確認するかの様に見渡してくれた。暗雲漂う空に。
夜と見間違う暗さ、草花と言った命の無い岩だらけの土地。確かに終焉の地だ……いつのまに。
「天狐」
「……何だい? あの煮ても焼いても殺せそうにないチート廃人は」
奴が初めて喋った。のに、何だよその呼び名は……とは言え、恋の眼にはそう映ってるって訳だからな。
妖精は嘘を見抜く眼を持ってるそうだが、恋は天狐特有の眼でも持ってるんだろうか?
「あの刀は冥府の刀と書いて冥刀・久泉と読み、あらゆるものを絶つ刃を持つ危険物だ」
「だがあの刀は確か──何処かの城の宝物庫で保管されてたが、崩壊に巻き込まれて行方不明なんだがなぁ」
「おいおい。なんでそんな危険物をあの小娘が持ってんだ──よぉッ!?」
恋も交え説明やら話をしている間に、痺れを切らしたのか。文字通り話をぶった斬りに来る奴さん。
いや、顔面を突き刺しに来た、の間違いだったわ。何気にルシファーは左側へ紙一重で避ける……けど!
真っ直ぐ立てられた切っ先は直ぐ様に向きを変え、鼻下から上を切り裂こうと迫って来た!!
「まあ、そう来るわ──なッ!」
「ッ!」
次の手を読んでいたらしく。即座に屈んで避けると同時に、左足で相手の手を蹴り刀を手放そうとした。
のだが……相手がそれを瞬時に見切り、大きく一歩跳び下がって回避──した先へ紫の刃の追撃を飛ばす。
それを振り回すには向かない長刀の横薙ぎで弾く相手。達人級になると、こんな風な戦いになるのか。
「後退先を狙った魔閃衝を弾くか……相当な刀の使い手だな。名前を聞きたいが──無言を貫かれるだろうしな」
余程相手の女性を好敵手として気に入ったようで、会話中に笑みが溢れてるのを多分、気付いてないな。
好敵手の名前を知りたがるも、相手はウチのトワイ・ゼクスと同類なのか……殆んど喋らない為、無駄か…と落ち込む。
「シナナメ……貴方は?」
「ッ!!」
そんな表情を察してか。それとも相手も好敵手と認識したのかは分からないが……自ら名前を名乗り。
此方の名前も訊ねて来た。流石にこれは嬉しい予想外だったらしく、一瞬頭が真っ白になるも、ニヤリと笑い。
「俺の名はルシファー。刀剣以外も使うが、愛用するのは主に刀剣類がメインだ」
「そう。分かった」
自己紹介を済ませると互いに刀を握り締め、向かい合う。何となく分かる……何か引かれ合うモノがあるんだ。
自分がベーゼレブルや終焉の闇と因縁を持つ様に、ルシファーも求めていたんだ。自身だけの好敵手を。
「思う存分、斬り合えそうだ」
「同じく」
武器は同じ刀。されど得物の長さは物干し竿と小太刀。リーチは相手……シナナメにあり、分が悪い。
と思っていたら自ら相手の懐へ飛び込み、リーチの内側へ潜り込む──も、一歩後ろへ後退し屈む。
何故? そんな疑問も一瞬シナナメを見て分かった。右膝で此方の顎を蹴りあげようとしていたのか。
「来るかッ!」
けど、此方も相手も動きを止めていない。右手だけによる薙ぎ払いを跳躍で避け。
飛び越えている瞬間──空中回転からの回転斬りを繰り出す。
「それ位は……読める」
「そうかな?」
が……即座に軸移動で避けられ、短い間に言葉を交わす二人。いやいや……そんな余裕、良くあるな!?
着地と同時に足払いを仕掛けるも、知ってると言わんばかりに高く跳躍。追い掛ける様に見上げると──
刀身に黒いオーラを集め、空中滅多切りで何度も振り回しては魔力の刃を飛ばしてくる。
「我らが王となるべき貴紀よ。これが俺の編み出した魔閃衝の派生技──魔王爪破壁!」
刀を左手に逆手で持つと右手に力を込め、大振りで斜め下から一気に振り上げ──
紫色の五本線が触れたシナナメの刃を大体防ぎ、残りは逆手持ちの刀で次々と弾くが。
恐らくこの技は、両手で交差する様にして網目にし、細い攻撃以外を防ぐ防御専門技と認識した。
「成る程な。この防御技の弱点……そこを自ら突く訳か」
「貫け──魔閃槍!!」
「ッ!!」
静観していた恋が口を開き喋った途端、持ち手を右手に持ち替え、引き絞ればシナナメを見据え──
刀身に込めた魔力と共に、一気に突き出し切っ先から紫の槍がバリスタの如く放たれた。
滅茶苦茶振り回していたにも関わらず、一瞬で顔面に迫る光槍に気付き、的確に弾くとか……ヤベェな。
「おしい! 宿主様、これは是非とも覚えるべき技だぜ!?」
確かにこれは覚えるべき技だ。ただでさえ強敵揃いの連中を相手にする以上、防御技やカウンターは必須。
「チャンスは……今しかない!」
「そう。そして……それは此方も同じ」
「やべぇっ!! ルシファー、駄目だ。それは──罠だ!」
刀を振るのを止め、降下するシナナメ。着地する瞬間が攻撃のチャンスと読み、飛び込む。
しかしゼロはそれが罠だと理解し、呼び掛けるも時既に遅し。お互いに攻撃の為に振り切る寸前だった。
「チッ!」
「クッ……」
長刀で首を跳ねんと振り込まれた瞬間──即座に屈んで髪を少し切られるも、これを辛うじて避け。
流れる様な手付きで左手に刀を持ち替え、右腹部へ突き刺そうとした。が──身を左に捻り、回避。
またもや互いに回避。と思いきや、左手に刀……小太刀は無く、右手に持ち替え直していたフェイント。
それに気付き、反撃しようとシナナメが振り向いた瞬間──顔を切り裂かんと斜め一閃が入る。
「クソッ……寸前で上半身を引いたか」
のだが……右頬に軽く斜め一閃が入った程度で、薬でも塗れば治るレベル。全然決定打ではない。
切られた頬から垂れる自身の血に気付き、左手で拭った後には、血が出てない辺り……掠り傷か。
「……」
「痛がる様子も無し。二代目ファウストと同じく死体──ではないな。戦っていて分かる、お前は人間だ」
まだ殺り合う気か? と思うも、突然静寂を破り鳴り出す、携帯のアラーム音らしき音。
シナナメがスカートのポケットから携帯電話を取り出し、何かを確認している様子。
「時間稼ぎ……任務完了」
「時間稼ぎの任務だと!? それはどう言う──!?」
どうやら時間稼ぎで自分達を終焉の地に押し留め、戦っていたらしい。時間稼ぎで戦っていた……
それがルシファーには許せなかったらしく、問い質そうと駆け寄り、近付いた瞬間。
ガラスの割れる様な音が鳴り響き、この空間を維持する魔力塊の欠片が降り注ぐ。
問題は其処じゃない。竜巻にでも巻き込まれる様な、そんな暴風が突発的に発生し自分達を吸い上げて行く。
「みんな。見て、アレ!」
「おいおいおいおい……シナナメの目的はあの次元穴だってのかよ!」
「その様だね。その証拠に──ほら。自ら次元穴に飛び込んで行く」
言われて見た先には、別の次元や時間軸に繋がる次元穴が終焉の地の天井に穴を空け。
自分達を吸い上げて行き、シナナメは我先にと自ら突入。まだまだ未知数故、余り入りたくは無いが……
覚悟を決め、自分達も次元穴へと飛び込んで行く。幾つか心配事はあるが……一番の心配は、コイツの吸引範囲だ。
もしかしたら、この空間の外。野宿中の面々まで吸い込んでしまうのではないか? だが、其処は諦めよう。
「貴紀、すまないが」
「分かってる。シナナメとの戦い──決着は、ルシファーに全部任せる。負けるなよ?」
「……感謝する。それに言われずとも、負ける気は端から微塵もないんでな!」
ルシファーが言いたい事は、自然と分かっていた。自らが認めた好敵手、シナナメと決着をつけたい。
だからこそ、好敵手を自分達の誰かが奪わない為にも、彼女との戦いは任せると言った。
さて……それはそれで良いとして。問題は次元穴の先が、どの次元の時間軸か──だな。
知ってる所なら良いんだが……そんな都合の良い展開にはならない。そう肝に命じ、飛び込む。




