ストレンジ
ヴォール王国へ戻る帰路の途中、突然黄色い鍵が何かに反応し、方角から察するに、ヴォール王国へと飛翔。
直後に襲い来る衝撃波を耐え抜くも、トワイとはぐれてしまう。携帯を見ると、西暦三千三百年の七月七日と表示。
情報収集も含めた入った街は、調律者を崇める演説をし、街の様々な場所に拡声器と監視カメラがあった。
貴紀達を悪魔と決め付け、襲い来る住民達。街から脱出するも、貴紀は両足を撃たれ、愛の助力で撤退に成功する。
夢を見た。悪夢の海、MALICE MIZERから帰って来てから知った、ある出来事を。
あれは確か……報告書の提出を兼ねて、久方ぶりにヴォール城へ行って──執務室へ入った時の話だ。
「失礼します。今回起きた、体験したゲート先での記録を報告書に纏め、持って来ました」
「入りなさい」
扉をノックして内容を伝えると、扉の向こう側から琴音の声が聞こえ、入室許可が貰えたので入ると。
左右前方を書類の山々に囲まれ、さながら受験前で猛勉強している様な、心国王の姿が見える他。
その後ろで眼鏡を掛け、競馬で使う短い鞭……単鞭? を手に、監視する琴音。一体全体、どう言う事だってばよ?
「あぁ、ご苦労様。すまないね、貴紀。本当なら誰かに受け取らせる為、向かわせるんだけどね」
「ほらっ、よそ見してる暇があるなら手を動かす!」
「はい……」
労いの言葉は分かる。けど、メイドと言う立場の琴音に叱られ、書類整理の作業に戻る国王って……
情けなく思うも、夏休みの宿題を溜めていた時は自分もこんな感じか。と思い出し、何も言えない。
「琴音、何か急ぎの仕事?」
「ちょっとね。アルファ村が魔法薬作り職人の多い村って事は……知ってるわね?」
「あぁ、知ってる。安価でも高品質だから、愛用してる冒険者達も多いよな」
アルファ村にはエルフの植えた苗木があり、それが育って森となった場所が在る。
其処で取れた薬草やキノコ、植物が魔法薬の原材料となっているのは……流石に知ってるよ。
「そう。そのアルファ村にね、ストレンジ王国の連中がやって来て、占拠しようとしたのよ」
「占拠って……あそこは中立地域じゃなかったっけ?」
「その通り。常々平等であれ、侵略を許さず、侵略を行わない。それがあの村の掟」
「それは向こうも知ってる筈だろ。なのに占拠し始めるって、どうなってるんだ?」
何処とも同盟を組まず、平等に提供する。それを向こうの国も理解はしている筈なのに、何故だろう?
その疑問へ答える様に、琴音は傍にある小さい机から、一枚の新聞を此方に差し出す。
受け取り、記事へ目を通す。其処に書かれていた文面は理解こそ出来るものの、違和感を覚える内容。
「ストレンジ王国に預言者現れ、天使が降り立つ為、悪魔の土地を粛清すべしと呼び掛ける?」
「その悪魔の土地って言うのが、アルファ村と此処──ヴォール王国って訳」
「アインスとフィーア、ツヴァイ候補がアルファ村に出ててね。防衛も含めると、人手不足なんだ」
どうやら預言者なる存在が、ストレンジ王国の住民を上手く操ってるっぽいな。
にしても、アルファ村やヴォール王国を悪魔の土地って……何を根拠に言ってるんだか。
そうこう思っていると、人を出払っていて、戦力的にも人手不足だと言う。
「それに……何か変なのよ。千里眼で預言者が何者か覗こうとしても、何かに阻害されて見えないのよ」
「貴紀達が不在の間に、旅の商人達が来たんだけどさ。皆口を揃えてストレンジ王国は変わり果てた、と言うんだよ」
「変わり、果てた?」
「それは後々話すわ。その前に~、そのコートを魔力コーティングしてあげるから、ジッとしなさい」
キーワードは……スキルによる視察を阻害、商人達の発言が全く同じ、変わり果てた王国。
何が変わり果てたのか、が分からないし、向こうの国へ出向いたり関わる事もなかった以上。
情報が不足気味と痛感する中、琴音が近付く──と言う所で、目を覚ます事となった。
どれ程、眠っていたのだろうか。目を覚ました直後、視界に自分を覗き込む、複数人の顔が見える。
「おっ、ウチのお得意様が目を覚ましたぞ」
「良かった~……貴紀さん、体や調子に違和感はありませんか?」
自分を運んでくれた愛……の姿は無く、スキンヘッドが目立つ大将と、大将の一人娘である巴さん。
ナースキャップを被った、幼い顔の女の子。特に名も知らない子は、此方の顔を鋭く見つめており。
光を照射するペンライトを手にし、此方の眼に当て、少しずらしては光を追う眼を見ている様子。
「あ、あぁ。少し足は痛むけど、それ位だ」
「瞳孔の差違、左右の大きさに相違は無く正常に光も追えてる。眼振や脳の異常も無し……正常と判断」
「あ、ありがとうございます! 貴女以外のお医者さんは誰も診てくれなくて、困っていたんです」
体や調子に違和感はなく、撃ち抜かれた脚の痛みが今も、少し残っているだけ。
幼顔の女性は会話から察するに、女医のようだ。首だけをゆっくりと左右に向け、辺りを見渡す。
間違いない。此処はヴォール王国に在る冒険者ギルド、三階・空き部屋のベットに寝かされている。
てか、なんで彼女以外の医者は、怪我の状態すら診てくれなかったのだろう?
「私の役割は医師で、ただやるべき仕事をしただけ」
「けど、変だな。俺達は此処に住んで幾らか経つが、嬢ちゃんみたいに医療器具だけを使う女医は初めて見るぞ?」
感謝の言葉に対し、それが当然の責務だとすました顔で言い、革製の鞄に医療器具を直す幼い女医。
何やら大将は見知らぬ女医に対して、妙な不信感を抱いているらしく、疑問を投げ掛ける。
言われてみれば、この時代の医師は奇跡やスキルをメインに治療する。けど、彼女はその真逆。
「それは当然。私は世界最高の医者になる為、世界中を旅しているから」
驚いた様子や表情を変える訳でもなく、振り向きすらせず淡々と鞄に器具を入れ、蓋を閉じる。
その様子や仕草に、トワイを重ねてしまう。まあ確かに、普段から感情を表に出さないからな。
「それに、奇跡を医療に使うのは危ない。例えば……エリネ・フィーア。彼女の力は危険過ぎる」
「エリネ・フィーア様。と言うと、オラシオンNo.Ⅳで、天使族の方でしたよね?」
「自分に振るのか……まあ、そうだな。自分はまだ、あの子から治療は受けた事はないが」
突然出された、オラシオンメンバーの名前。それも、特定個人を指差した言い方。
確認を取るように巴から訊かれ、肯定と同時に、まだ彼女の治療を受けていない事を述べつつ。
エリネの力が危険過ぎる。そう言って振り向く彼女の真剣な……違うな。
憎しみや怒りを宿す瞳に、力強い説得力を感じる。過去にエリネと何かあった、と考えるべきだな。
「あ、大将。御代は……」
「安心しろ。俺が立て替えてやった」
部屋から出て行く女医に、治療代を払おうとするも──財布がない。いや、普段着のコートが無い!
あたふたする自分の姿を見てか、大将から立て替えた。と言われ、ホッと胸を撫で下ろした直後。
追加で「これで貸し一つだぞ」とも言われた。これだから貸し借りは嫌なんだよ……
「大将。今の状況、分かるか?」
「そうだなぁ……悪い情報と凄く悪い情報。どっちから聞きたい?」
「どっちにしようか迷うけど、ここは凄く悪い情報から聞こうかな?」
意識を失っていた間の情報を聞くべく、大将に訊ねてみる。すると──
バッドな情報か、ベリーバッドな情報の二択と来た。悩む素振りを見せ、答えて見せるも。
どっちを選んでも一緒。なら最悪な方から聞き、残る情報のガッカリ感を減らそうと最悪な方を選択。
「最悪な情報からだな。貴紀、お前さん、南方に在るストレンジ王国は知ってるな?」
「あぁ。ヴォール王国を一方的に敵視してる、南方にある国だろ?」
ストレンジ王国に関しては、夢の中で復習済みだ。いや……あぁ言うのを復習、と読んでいいのか?
取り敢えず答えると、深く頷いて肯定してくれた。それを確認してから、口を開き──
「どうやら魔神王軍に仕える女剣士、それも一人に落とされたらしくてな」
「預言者とかが……いや、違うか」
レヴェリーに仕え、国一つを落とす女剣士。その言葉から、話で聞く三騎士の一人を思い出す。
そう言やあ、トワイや志桜里からソイツに関しての情報を聞けば良かった……すっかり忘れてたよ。
落とされたあの国には、確か預言者を名乗る奴が居た筈。と思うも、今は西暦三千三百年。
つまり奴や大将達は存在しない……ちょっと待て。パッと思い付く可能性は二つ、それのどちらだ?!
「大将、巴さん。今は西暦何年だっけ?」
「おいおい、ボケたのか? 今は西暦七千三十二年だろ」
「その筈なんですけど……私の懐中時計、西暦三千三百年の七月十日になってる?」
念には念を入れ、西暦を聞いて分かった。二人は……いや、あの衝撃波はゲートの広範囲転移の衝撃。
そして吹っ飛ばされず、耐え切ったモノ達はゲートの転移に巻き込まれたんだろう。
ただ、時計とか時間を刻む品物に関しては、時刻や年月すら戻されていると予想。
「そう仮定して、そうなると問題になるのは仲間の安否と此方の拠点防衛、作戦に回せる戦力は……」
「おいおい。何がどうなってるのか、俺達にも説明してくれんか?」
「あ、あぁ。あくまでも憶測、仮定の域を出ないんだが……それでも良ければ話すよ」
そう考えた時、自然と思考が巡る。同時に考えを口に出していたらしく、大将に説明を求められ。
事前に憶測やら仮定の域。と話し、二人に事情を伝えるけれど内心、信用されないと思っている。
「はぁ~……報告で聞いてはいたが、まさかここまで奇妙な事件とはな」
「はい。私達からすれば、過去に転移して事件や異変を解決する等、奇妙か妄言の一言に尽きますから」
えっ? て事は二人とも、自分が書いた報告書とか報告に対して、妄言とか思ってた訳?
それはそれでショックなんですけど……まあ、仕方ないか。実際に体験しなきゃそう思うんだろうし。
「ところで……貴紀さん。ずっと聞きたかったんですけど、その左腕にある線は一体……?」
「あっ……これ、は──」
話やら何やらで、コートを着ていないのをすっかり頭からすっぽ抜け、忘れていた事に気付く。
普段は長袖系の上着、もといコートの下は動き易さ重視で白色の半袖と決めている為、腕が丸見え。
短い袖から手首に向け、伸びる紅い線。以前は五本だったけど、今は──六本に増えた上、色も。
緋・青・紫・黄・藍・緑の六色に変化している。目立つ為、今後は腕を隠せるコートが必需品だな。
「まあ、目立つけど……寿命とかそんなんじゃないから、心配しなくていいよ」
「それが聞けりゃあ十分だ。貴紀、何が必要になる?」
「お父さん?!」
別に寿命云々関連ではない。でも一つだけ、コイツに関して言えない秘密があるのも確か。
この線と条件が全て揃った時……その時は、二度と会えなくなる。って言う位だな、残念ながら。
話していると大将が横から割って入り、必要なモノは何かと訊ねて来た事に、巴は驚く。
「巴、よく聞け。戦闘になれば、俺達は足手まといだ。だがな、俺達にしか出来ねぇ戦い方もある」
「それは確かに……そう、ですけど……」
「貴紀は足の怪我を治すのに集中しろ。完治するまでの間で、情報や装備を揃えてやるからよ!」
大将は分かっていた、痛感していたんだと気付く。送り出した冒険者の帰りを待つ、その辛さを。
故に少しでも生存確率を上げる為、自分に自然治癒を優先させ、必要なモノを聞いて来たのだと。
「仲間達の安否や各所の情報は確定。モノは各種魔法薬と暗器、軽装武具は欲しい」
「あいよっ、任された! 大船に乗った気で待ってな」
「っ……貴紀さん。私……行ってきます!」
必要なモノを伝えると、大将は慣れた手付きでメモると威勢の良い返事を返し、部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送った巴は、何やら握り拳を作ると此方に振り返り、名前を呼んだかと思えば。
目に涙を溜めた笑顔で、元気良く行ってきます。そう言い、大将の後を追うように出て行った。
「ぐっ……なんだ?! 胸の奥が、苦しくて。頭が……割れる様に痛い!?」
二人が去ったタイミングで、突然の苦痛が胸と頭に襲い掛かって来て──ベッドの上で悶え苦しむ。
どれ位の時間、悶え苦しんだかは不明。ただ……本能が耐え難い苦痛から逃げようとしたのか。
いつの間にか意識を失い、夢を見始めた事だけは──何故か覚えている。あの景色は、確か……




