Ev'ry Smile Ev'ry Tear
『前回のあらすじ』
MALICE MIZERを支配するゲミュートを倒し、西暦二千五百年を救う事に成功。
しかしそれは一時的なモノであり、今後また、同じ事が起こるとも限らないと不安が募る貴紀達。
ルージュがゲミュートからもぎ取った異質な記憶を受け取り、破壊。歪んだ歴史は修正された。
MALICE MIZERから帰って来て、今日で六日目。漸く仕事や報告も落ち着き。
今日こそはシオリの面会に行く為、朝から集中治療室へ向かうも相変わらず、目を覚ます様子はない。
今日は遠方から客が来るとかで、あの二人とオラシオン達は朝から迎える準備で忙しく、静かだ。
「今日は三月十二日……か。トワイの奴は何事も無かった様に振る舞ってるけど、多分」
多分、定期的に悪夢を見せられている筈。
出発が先月のバレンタイン、戻って来たのは三月六日。前回より早い帰還がやや早い。
もう少し、此処でシオリの容態を見たら、ギルドの方へ向かおう。大将や巴さんも安心せなきゃな。
「あ……そうだ。お土産にって、マキに預かって貰ってたのを置いとくか」
着慣れたコートのポケットから、海上集落でムピテがくれた桃色珊瑚を取り出し。
小さい机に置き、隣の花瓶に見舞い品の黄色いクロッカスを入れると。
桃色珊瑚は淡く、ゆっくりと明滅し始め、収まったかと思えば──きめ細かい桃色の砂と化した。
「い、一体……何が起きたんだ?」
「う……ん。あ、おはよぉ?」
「──っ……やぁ、おはよう。どうだい? 一ヶ月振りのお目覚めは」
それと同時に、目覚めなかったシオリが一ヶ月振りに目を覚まし。
窓側に居る此方へ向き、寝起き感全開の声で挨拶をした為、挨拶混じりに眠っていた期間を言う。
するとまだ寝惚けているのか、二度寝をしようとした──次の瞬間、勢い良く体を起こし。
「あの滅茶苦茶強過ぎる異形は!? あれからどうなったの?!」
「まあ落ち着けって。ちゃんと、順を追って説明してやるから」
余裕の無い表情で此方の肩を掴み、状況の説明を求められた為、一旦落ち着かせつつベッドへ寝かせ。
ひとつひとつ、順を追って事細かく説明。そしたら安心したらしく、ホッと一息吐き。
自分に優しく微笑み掛け、彼女は涙を流しながらこう言った。
「ありがとう……貴紀。また私の、大切な故郷を守ってくれて」
オメガゼロ──では無く自分の、人間としての名前で感謝を述べたシオリ。
彼女の左頬に右手で優しく触れ、涙を拭う。その時、MALICE MIZERでの冒険。
その内容を改めて思い出し、心が強く締め付けられ……思わず俯き、悔し涙を流してしまう。
「どうか……したの?」
「いや。なんでも、ないんだ」
誰かを救うと言う事は、誰かを見棄てると言う事。
悪夢の海で出会った仲間達や、戦った敵達。救えた誰かと、理解し合えない誰か。
それは至極当たり前の事なんだけれど……自分達が奪う命と未来、放置して奪われる命と世界。
それらを天秤の秤に乗せる度、思う。愛情とは、愛とは──自己犠牲の果てに位置する感情ではないかと。
「貴紀は……優し過ぎる。戦いに、向かない程」
「かもな。それでも、この苦しみを次の誰かに継がせたくない。だから自分の代で、全て終わらせる」
優しさなど、戦には不要。必要なのは真逆の闘争心。師匠であり、兄貴分だったユウキの言葉。
意味は分かる、理屈も分かる。それでも、誰かを助けたいと言う気持ちに嘘は吐けない。
延々と後悔を引きずる位なら、自分は……しない善よりする偽善を選択する。例え自己満足だとしても。
そう言う意味では、この旅や戦いも、ただの自己満足と自己犠牲。と言っても過言ではないな。
「シオリ、自分は行くよ。港に、取り戻した時代からの来客が来てるそうだから」
「うん、行ってらっしゃい。必ず私も、貴紀の隣に追い付いて見せるから」
本当はもう少し、付き添ってやりたかった。でも、今此処に残っても、してやれる事は少ない。
事情を話すと、シオリは快く送り出してくれた。必ず追い付いて見せると、背中を更に押して……
「Ev'ry Smile Ev'ry Tear……か。貴紀、君には辛い言葉だね」
部屋から出る時、そんな言葉を投げ掛けられた。あの海で、アニマが言ったあの言葉を。
今なら分かる、言葉に秘められた意味を。確かに、良くも悪くも。
確実にソレは世界中に溢れている。願わくば、いい意味で広がって欲しいと思うよ。
ヴォール王国から飛び出した後。鍛練の意味も込め、魔力強化済みの脚で愛とランニングがてら。
目的地の港・シグザールへと向かう。この時代に甦ったトリスティス大陸、あの地へ向かった港だ。
「えっほっ、えっほっ。……ん? 凄い行列だな?」
「ふむ。話から察するに、海から来た珍しい来客に群がっておる様じゃな」
「まるで餌に群がるハイエナか、集団の鳥葬でも見せられてる気分だ」
到着するや否や、横一列の壁が出来上がっていた。周りの会話を聞くに、愛と同じ答えに行き着く。
やれ「人魚とか初めて視た」だの、中には「ほぼ透け透けなのに恥ずかしくないのか?!」とかも。
人種や種族が違えば、常識も異なる。愛情とはそれすらも包み込み、理解しようと努力する時もある。
「この魔力──遂に見付けましたわ」
「まちがいないねぇ~……」
取り敢えず父さん母さん、他のオラシオンと合流しよう。きっと来客も其処に居る筈だ。
愛の嗅覚を頼りに探そうとした時。ポツリと聞こえた時、嫌気を覚えこっそり離れようとすると……
「何処へ行く気ですの?! 上玉!」
「ヒーローさ~ん……」
聞き覚えのある声に呼び止められ、面倒臭いながらもゆっくり振り返ると。
居た……自意識過剰でお嬢様口調の人魚・ムピテと、ダウナー系クラゲ娘のリートの二人。
民衆の人目も此方に向き、逃げ出すと更に面倒臭い事態になるので、渋々宙に浮かぶ水入り金魚鉢へ入った二人に近付く。
「何処へ行っていましたの?! あれから散々探しましたのよ!?」
「何処へって……まあ、説明しても理解し難い事情と展開があった。としか言えんよ」
「しかし……ぬしら、ソレを上手く活用しておるのぅ」
「でしょー? ムピテがね~……ヒーローさんをさがしに、ちじょーへいくためー、あみだしたんだ~……」
宙に浮かぶ金魚鉢から上半身を出し、説教紛いを言われ、事情を話そうと口を開くも。
こんな夢物語みたいな話、きっと理解されないだろうと思い、簡単に説明すべく返答。
愛は宙に浮かぶ金魚鉢改め、シャボン玉に興味津々の様子。リート曰く、ムピテの努力の結晶だとか。
「で、何か自分に用事か?」
「用事と言いますか、なんと言いますか……」
「ムピテ~……だめだよ~。ちゃんと、ヒーローさんにほれたーっていわなきゃ~……」
何の用事か訊ねるも、何やら両手の人差し指をくるくる回し、言葉もハッキリとしない。
いや、表情と声から大体は察してるけどさ。そこへ背中を押さんとばかりに。
リートは人前と言うのも関係なしに、ムピテの気持ちを暴露。慌てて「何もこんな人前で……」
とか言うけど、多分民衆も理解してると思う。なんせ、さっきからニヤニヤする民衆が鬱陶しいし。
「でも……その通りですわ!! 故郷を、悪夢に染められた海を救った上玉に、ワタクシは惚れましたの!」
「ムピテ~……ごーごー……」
「率直に言いますわ。ワタクシの愛しいマイダーリンになりなさいな!」
大勢の人前で言う気持ちの告白。それは滅茶苦茶難易度やハードルの高さも桁違いに高い。
その恥ずかしさ、告白すると言う勇気、押し通す覚悟。それは実に見事なモノで、賞賛に値する。
「嫌です」
故に此方も率直に、オブラートも何も無しに剥き出しの気持ちを、一秒も掛からぬ即答でお返し。
「そくとーだ~……」
「ちょっ、どうしてですの?!」
喋り終わると口をポカーンと開け、水入りシャボン玉の中で漂うリート。
何故断るのか、動揺してるのが丸分かりなままで訊ねて来るムピテに、自分はある事を訊く。
「今までどれ位、人間や同じ海の異性を視て来た?」
「同じ海の者達に興味はありませんわ。それに、上玉以外の人間にもね」
「ソコだよ。自分が断る理由は。もっと身近な世界から、徐々に大海を知れ。告白はそれを知ってから言いに来い」
視野が狭く、知恵も足りない相手からの告白と言うのは正直、色んな意味で怖いと感じてしまう。
恋は盲目と言うけれど。自分としてはもっと世界を、他の異性を沢山知ってから言いに来て欲しい。
もしかしたら、別のいい人を見付けれるかも知れん。急いで答えを出す必要はない。
長い人生、一時の惚れた好いたで結婚しては、離婚の確率も高いだろう。ましてや、異種族相手なら尚更……な。
『何事かと思い駆け付けてみれば、貴紀様達でしたか』
「駆け付けた。って言う割りには、マイペースに歩いてなかったか?」
突然人混みが自ら道を開けた為、何事かと思えば白く美しい髪を持つ雪女のトワイだった。
筆談で話し掛けてくるも、駆け付けた──と言うには普段通りの歩行速度で、急いだ様には見えない。
『すみませんが、皆様。そろそろ各々の仕事に戻って頂けますでしょうか?』
此方の返答に返す前に、民衆へ注意換気にも似たお願いを筆談で伝えると。
民衆は蜘蛛の子を散らす様に、解散して行った。
やはり実力者揃いのオラシオン。例え筆談でも、この大陸ではこれだけの影響力を持っているのか。
『会談の準備が終わりましたので、クラルスの代表者様をお迎えに参りました』
「ごくろーさま~……。ムピテ~、いこ~?」
「そ、そうですわね。今回の会談はワタクシ達にとっても、とても重要なモノですもの」
会談と言うが、ヴォール王国へ向かうのだろうか?
そう考えると此処、シグザールから幾らか南西へ進むんだが……と思っていたら、港町を歩いて行く。
とある豆腐建築の民家へ入ったと思いきや。室内は会談用に飾り付けされ、他のオラシオンや父さん母さんも立っていた。
「深き遠方よりの来訪、心より有り難く思う。クラルスの代表にして次期女王、ムピテ様」
「様付けは不要ですわ。ヴォール王国の現国王、紅心様」
一応数合わせ、今後の方針的な意味も含めて残り、会談を聞き続けた。内容としては──
より良い協力関係を築き、他国の如何なる侵略行為にも屈せず、行わない。と言うモノ。
手っ取り早い話。助け合いましょう、お互いに他国の乗っ取りは止めましょう。って話だな。
しっかし……ムピテが次期女王とはね。まあだからと言って、逆玉の輿なんざ狙わんけどな。
「ヒーローさ~ん……」
「なんだ? 会談中ずっと熟睡してたから、ムピテに怒られたとかか?」
「それもあるけど~……」
「あるんかい」
会談が終わった後。家の裏側でコートの右ポケットから金のロケットペンダントを取り出し、開く。
愛し合った人喰い妖怪・桔梗──彼女の写真を見て、今度は左ポケットから黄色い指輪を取り出す。
眺めていたら突然呼ばれ、慌ててポケットに直しリートへ聞き返すと。
「おーさまから~……これ~、あずかってたから~……わたしとくね~?」
そう言って渡して来たのは──黄色い鍵と一枚の手紙。
以前ホライズンが、トリスティス大陸でイブリースを倒した褒美とかで渡して来た物と同じサイズ。
手紙には桃色珊瑚の効能が書かれていた。桃色珊瑚は明滅し、範囲内の眠れる何かを起こすんだとか。
鍵を使うのはもう少し、準備が整ってからにしよう。まだ体調は万全とも言えんしな。
「リート! 帰りますわよ?」
「は~い……それじゃー……またね? ヒーローさん」
こうして、彼女達は海の底へと帰って行き。自分達も王国へ戻るべく、歩いていると……
とても仲の良さげな大家族と擦れ違いざまに、渋い男性の声で「ありがとよ、ワールドロード」や。
幼い女の子の声で「私達、とても幸せだよ?」そう言われ、振り向く──事はせず、ただ。
「感謝するのは、こっちの台詞だ」
それを誰かに聞かせる訳でもなく、ポツリと小さく呟き。
不思議そうな顔をする愛の頭を撫で、筆談で?マークを見せるトワイに、笑顔で「何でもない」と。
そう言い、王国へと続く帰路の道を──太陽が眩しく照らす世界の道を、自分は今日も歩いて行く。
今回のお話で二章のストーリーは完結となります。
次回は日曜日から月曜日へ日が変わった直後、つまりはいつも通り0時に投稿しますので、お待ちください。
三章は次次回、五月十七日を予定しております。




