アイン・ソフ・オウル
『前回のあらすじ』
倒した筈のゲミュートは生きており、トワイやルージュを触手で取り込み、新たにメイトとスプリッティングを出産。
ツヴァイを含めた四対一で貴紀を徹底的に痛め付けるその姿、力は──まさしく心禍の果てと呼ぶに相応しい。
MALICE MIZERに蔓延させた心の闇を吸収し、全長五十メートルとなり、自らの体に貴紀を張り付け、ラストジャッジメントで倒してしまった。
まだ負けていない、戦いたい、勝ってみんなの下へ生きて帰るんだ!
そんな想いが溢れ始めた頃、此方へと走って来る、長い金髪を靡かせる人物が一人。
「っ……まっ、まだッ、貴女達が勝ったとは、言わせないよ!」
そう言うのは──白衣を着た紫音マキ。何を思ったのか、黒い懐中電灯だけを手に走って来た様子。
その懐中電灯が新兵器か?! と思い、此方に向けて照射される光。
されど……ゲミュートに何かしら変化やダメージはないらしく、マキ以外はポカーンとした表情。
「例え……たっくんみたいな、敵と戦う力がなくても。私に出来る事は、必ず一つはあるんだから!」
「無いねッ! 例えあったとしても、それは私達、大人の言う事に盲目的に従い、レールを走るだけよ」
「──!?」
よく見れば、脚は恐怖心で激しく振るえ、両手に持った懐中電灯も照準はブレブレ。
それでも分かる……マキは勇気を振り絞り、何かを成す為だけにこの場へ駆け付けたのだと。
そんな勇気から出る言葉を否定し、自らの認識を吐き出した上、触手で叩き潰そうとした時──
予想外な奴が喋るよりも速く駆け出し、巨大化済みの太く、肉厚な触手を容易く片手で弾いてしまう。
「今回はそう言う手か。初見では気付けなかったが、ソレが狙いってんなら、手を貸すぜ?」
「え? え? えぇっ?」
「貴様ッ……我々を、同類にて同族の私達を裏切る気?!」
そう、マキを助けた予想外な奴とは……ベーゼレブル・ツヴァイ本人。
この短い間で何かに気付いたらしく、協力的な言動を見せる奴にマキは混乱し、ゲミュートも真意を問う程。
するとツヴァイは口角をつり上げ、無駄に巨大化したゲミュートへ邪悪な笑みを向けて、こう言った。
「ベーゼはドイツ語で悪や邪悪、レブルはフランス語で反逆者。つまり俺は──悪への反逆者であり、邪悪な反逆者でもあってなぁ!」
まるで相手を煽り、注意を自身に集める様な言動を見せる素振りの後、此方へチラッと向ける視線。
何かを狙っていると理解出来た。けどもう、指一本動かすのも許されない拘束状態な今は……ッ!!
「どうしたどうした。お前らは女以上に群れなきゃ声高に発言したり、イジメすらも出来ない弱虫蛆虫の集団かぁ~?」
「きっ、貴様あぁぁッ!! 我が子達、私達を蔑む裏切り者をママ、パパと一緒に懲らしめるわよ」
「いっ、今の内に……」
我が子と呼ぶ子分と自らの触手を使い、挑発して来たツヴァイへ襲い掛かるも。
三対一と言う不利的状況ですら、奴は不敵な笑みを浮かべたまま、最小限の動きだけで。
背後からの奇襲すら避けて見せるだけに留まらず、反撃とばかりにメイトへラプターの爪弾を発射。
そのまま密林の木へ縫い付けて見せ、スプリッティングも豪腕で脳天の甲殻を一撃で砕き、文字通り撃沈させる程。
「ほれほれ。そんな程度の知恵と実力じゃ、赤い蛇の俺に勝つなんざ、夢のまた夢だぜ?」
叩き潰そうと振り下ろし、薙ぎ払おうと振り回す触手を余裕綽々に紙一重で避け、弾き。
その度にゲス顔で煽り続けつつ、マキや拠点に被害が及ぼさないよう、動き回ってくれている。
よし……時間稼ぎは十分だ。エネルギーも半分近くは回復したし、静久達の位置も突き止めれた。後は──
初代オメガゼロ・アダム、デストラクション。少しずつで良い、三つに分けた魂を、一つに!
「ライトニングッ……ラディウスッ!」
「ぐっ、おぉっ……ッ!?」
全身に魔力障壁を内側から纏わせた上に、ライトニング・ラディウスを上乗せ。言わば、電撃の鎧。
これで全身に巻き付いた触手を焼き、後は力尽くで拘束から脱出。マキの近くへ飛び降りると──
「馬鹿っ! 馬鹿バカ馬鹿ばかバカっ……」
「悪い、マキ。そして──ありがとう、お陰で何度目かの九死に一生を得れた」
「何故だ……貴様のエネルギーは既に、私達が吸い付くした筈!」
胸元に飛び込んで来ては、今にも泣き出しそうな声で何度も胸を両拳で叩きつつ、馬鹿呼ばわり。
死んでも不思議じゃない状況だったし、今までもそう言った経験は何度もあった。故に反論はしない。
そんな中、俺が張り付けられていた部分を手らしき触手で押さえ、疑問を投げ掛けて来たので。
マキを背後に隠す様に振り返り、返答すべく口を開く。
「理由は簡単だ。俺は魔力や霊力を限界以上に貯蓄する時、必ず固形化させている」
「それを私達が誰でも使えるよう、改良と量産をしていた。その一つが──この量産型フォースガジェット」
「簡単に説明してやる。この娘っ子はな、デトラにエネルギーを照射、補給してたのさ」
補足すると……エネルギー生産者にエネルギーを返却するのと同じ行為。
自分自身で砕き、取り込んだ方が回復速度は早いが、こう言った補給方法を新たに発見。
開発してくれるマキや寧には、毎度毎度助けられている。俺は一人で勝ってるんじゃない。
いつも仲間達と知恵・力・勇気を合わせて勝利を掴んでいるんだ。だからこそ、敗北は認めたくない。
「た、例え復活したとしても。貴様達を叩き潰す程度おぉぉっ!!」
「異能・アイン、発動」
頭上へ振り下ろされる触手。それを見上げ、異能の名前と発動を宣言。
すると、俺達三人を纏めて潰そうとした触手は被弾するであろう箇所のみ消滅し、空振りし砂埃だけが吹き付けてくる。
「な、何が起きたの?!」
「よぉ~っく見とけよ、娘っ子。アレが全盛期を少しだけ取り戻したデトラ……いや、紅貴紀の実力だ」
「何が起きた?! 何故、私達の腕が……」
当たる砂埃もアインで消滅させ、砂まみれと言う被害は全く無い。
疑問を浮かべるマキとゲミュート。声から判断するに、やや嬉しげなツヴァイを無視して見上げる。
「これは唯一、楽園追放時に習得出来た技でな。知恵の実を食った代償に覚えた」
「アイン。それは全てを無に返す力。まあ、貴紀の奴は泥臭い戦闘が好きで、滅多に使わんがな」
正直、こう言った力は同じ力を持った奴への対抗策として持っている。けれどまあ……
ちょっとしたお仕置きにも使えるので、普段行う人間臭いと言われる、泥臭い戦闘には向かない技。
「だ、だからどうした? 此方には、貴様の仲間が人質として……ウッ!?」
「効いてきたか。テメェ、オメガゼロ・エックスの、デトラの魔力を一般的な魔力や霊力と認識して吸収したろ?」
「ぞ、ぞれが……どう、じだ?」
ウォッチを回し、破壊の力で静久達を助けようとする最中。
突然奴の体が溶け始め、人質となっていた四人が、海水へと次々落ちて行く。
助けに行こうとするも、再度ツヴァイに肩を掴み止められ、話を聞きつつ海面を見ると──
ムピテとリートが意識を失っている四人を脇に抱え、避難している光景が映り、何故止めたのかを理解した。
「オメガゼロ・エックスの力は終焉の闇と同じ虚無に加え、破壊。つまりテメェらは自ら猛毒を飲んだも同然って訳だ」
「じゃ、じゃあ、トリスティス大陸でたっくんと戦ったイブリースが溶けたのも?」
「エナジーバレットを喰ったからだ。内側から遺伝子情報を破壊され、勝敗に限らず死ぬ運命だったな」
そうなると……そうか。初めてメイトと戦った時、撃ち出した魔力を喰われたけど。
その後に海賊・パイソンやその船員と出会った。
でも俺の右腕を取り込んでいた為、腕がスポンジの役割を果たし、破壊は免れていた……と。
「けどまあ、パイソンからゲミュートも救ってやってくれ。と言われてるしな。さっさとやるか……轟来せよ、黒刃!」
右手を天に掲げた呼び掛けに反応し、暗雲を赤と黒の稲妻が轟音と共に突き破り目の前に落ちれば。
細長い槍と見間違えられる幻獣・麒麟の姉妹武器、黒刃が姿を表す。掴み、引き抜くと暴れ出す。
「も、もしかして、自我を持つ武器?」
「すまんすまん、今回は黒刃にフィニッシュを決めて欲しくてな。頼めるか?」
マキが言う通り、黒刃と白刃はインテリジェンスウェイポン。
姉の黒刃は気の強いツンデレ、妹の白刃は怒ると滅茶苦茶怖い。素材元の人格が乗り移ってるとも言えるがな。
決め手になって欲しいと頼むと、黒刃は理解を示したかの様に落ち着いた。本当、表現豊かな事で。
「いい加減ッ、準備をしてくれねぇか? 窮鼠猫を噛むと言わんばかりに、最後の悪足掻きをして来るんだが」
「了解した。異能、アイン・ソフ」
気付いてはいたが、言われて見たら戦線復帰した劣化版メイトやスプリッティングが襲い掛かっており。
何気ない様子で迎撃してる辺り、コイツも相当強くなってるよな。
異能、アイン・ソフ。コレは無限を意味し、俺は主に限界以上の即効性フルチャージに使っている事が多い。
「黒刃の回転率も良好。よし、ツヴァイ。ソイツらとゲミュートを拠点の真逆方向へ投げ捨てろ!」
「かしこまりッ! ゲミュート、テメェは風船と同じく膨張しただけで、体重は見かけ倒しだからな!」
黒刃の三段は回転し、アイン・ソフで供給されるエネルギーを武器全体に循環させて行く。
力強く指示を出せば、それに従い島の端っこへと、身長のみ巨大化したゲミュートすらも放り投げた。
「無限の光よ。哀れなる者達の罪を照らし、裁きの光と共に、世界に救済を!」
「デトラ、遠慮は要らねぇ。全力でブッ放しちまえ!」
「異能──発動。アイン・ソフ・オウル!!」
前口上を決めたら黒刃を奴らへと向け、円錐形の根本から前方へ広がる光を放つ。
その反動は凄まじく、踏ん張り切れず一気に後方へ押される中、両手で柄を持ち照準を固定するのが精一杯。
それを察した二人が背後へ回り込み、背中を支えくれたお陰で漸く止まれたし、放射も止めれた。
「弱体化してコレとか……デトラ、テメェ」
「いや、これは正直、俺自身も想定外な訳で」
「でも、逆にこれを見ると。たっくんが終焉の闇や調律者、ナイトメアゼノ達に邪魔者扱いされる理由も分かったよ」
放射し終わった後、目に飛び込んで来た光景に、俺達は唖然としてその場から動けなかった。
墓場島の面積、三分の一を消し飛ばした上。フュージョン・フォンの魔力探知で放射先を調べると。
海上集落・クーラやアフェクション島改め、愛憎島をも通り抜けていたらしい。つまり──
さっきの一撃で墓場島は三分の一、海上集落一つと愛憎島は文字通り消滅。と言う被害を叩き出した訳かい……
「ッ……やっぱり、コイツは使用後の疲労感が、とてつもなくキツい……な」
「……デトラ、今回の勝負は引き分けだ。次は俺がテメェに勝ってやる。だから、テメェも今以上に強くなりやがれ」
直後、一気に押し寄せてくる疲労感に膝を着き、黒刃を杖代わりに倒れない様踏ん張る。
そんな俺を見下ろして、ツヴァイは勝負は引き分け。次の勝負までに強くなるから、お前も強くなれ。
そう言うと、背中にカラスを連想させる翼を生やし、飛び去って行った。本当、味方なら心強いけど。
いざ敵に回ると厄介な事この上ないな、アイツは。今回の勝利は、ツヴァイ……お前のお陰でもあるよ。
……ありがとうな。俺の、古くから続く親友よ。




