溢れるモノ・前編
『前回のあらすじ』
命からがらメイトとの死闘から生き延びた貴紀。朦朧とする意識の中、オリジナル・イヴらしき人物と再会。
呼び声に目覚めると融合海獣の鋏が迫っており、アンノンウン・白兎の協力もありゼロと交代し、これを撃破。
其処へ現れたナイトメアゼノ・アニマの言葉は、スプリッティングと言う揺り籠が破壊され、出て来た中身に関してだった……
動き出したかと思えば、突然左側面に倒れ出した。恐らく生まれたての子鹿よろしく──
まだ上手く動けないのだろう。ヤシの木に頭から刺さったにも関わらず、難無く体を起こしている。
「あぁ……胸の奥から、心の奥底から再現無く溢れ出すぅ……この愛情を、皆に、教えなきゃ!」
「流石の私も、彼女達を前にのんびりはしていられませんの。ですので、生き残れたらまた、お会いしましょう」
髑髏の顔と鎧を持つあのアニマが、そそくさと立ち去る様に逃げ出すとは……あのスライム。
どんだけヤバい奴なんだ!? とは思いつつも、やや大人びた台詞から来るこの寒気はなんだ?
と言うかだな。この海、ナイトメアゼノの拠点とは言え、滅茶苦茶ヤバい奴らばっかりしか居ねぇ!
「くれ……っ、ゼロさん。敵の一人や白兎さんも逃げちゃいましたよ?!」
(ゼロ、私と変わりなさい。アイツはアンタやルシファーじゃ手に余る奴よ!)
紅さん。と言い間違えかけたエスは、立ち去ったのがアニマだけに留まらず。
アンノンウン・白兎まで逃げたと言う。まあ元々敵か味方か分からない奴だったし、それは仕方ないと諦めて。
先ずは目先の敵だ。奴はパッと見、スライム系統。ゲームではザコだが、リアルでは装備次第では強敵。
物理は無駄と察してか、霊華は自身と代わるよう進言。ゼロも小さく頷き、ウォッチを弄り叩いて交代。
「本当なら、貴紀の最大技で一気に蒸発させたいんだけど……まだ、魔力や情報も不足気味な今は」
「また、代わった……」
「まぁ、ママぁぁ……私、わたしワタシわたし私ワタシ私ぃぃ、教わった愛情、ママ達にも返すねぇぇ!!」
白髪で上半身裸の筋肉もりもりマッチョマンの変態から、紅白巫女服と長く真っ直ぐな黒髪の巫女へ。
交代直後、奴を見て愚痴る母さん。悪い、まだ魔力は回復し切ってないんだわ。一瞬で交代すると。
エスは驚き、アンビバレンスは女性に反応する。お前の言う愛情ってのは、骨やら粘液をばら蒔く事か?
「えぇっと……紅霊華さん。ぼくも魔法少女に変身して、戦います!」
「お願いするわ。後々を考えると、私一人だけじゃちょっと不安だし」
魔法のステッキを召喚し、自ら進んで戦う意思を示して魔法少女・パンドラへと変身するエス。
戦力が増えるのは普通にありがたいが、母さんは奴を倒した後の事を何やら危惧している様──んんっ?!
「パンドラ、そっちの眷属は頼んだわよ」
「そっちこそ。あんな歪んだ愛を押し付ける勘違い女達に、呑まれないでよ?」
奴から飛び散った骨と粘液は、互いを求め合う様に動いては一体化。小型のアンビバレンスと化し。
今も本体から飛散する粘液から増殖中。……つまらんギャグを思い付いたが、これは黙っておく。
二手に分かれ、自分達は本体であるアンビバレンスを。パンドラには眷属の随時撃破に動いて貰う。
「溢れるモノ──か。確かに、心の奥底から溢れるモノは誰にでもあるわ。でも!」
「あぁ……あい、愛じで、あげる……ママのごども、ババのごどもぉぉ!」
「貴女達のソレは、歪んだ愛情を受け続け育った結果。その負の連鎖、此処で私達が断つ!」
ズリズリと。ほふく前進でもする様な、ゆっくりとした速度で両手を広げ、近付いてくる最中。
母さんは一歩も引かず、袖から護符を三枚取り出しては奴へ飛ばす。奴も歪み捻れた愛憎の被害者。
これも第三者が見れば、単なる殺害の類いと思うだろうし、自分自身としても押し付けと思ってしまう。
それでも──誰かが立たねばならぬ時、誰かが行かねばならぬ時。その誰かになった時、例え憎まれてでも、やり遂げる必要がある!
「無駄……無駄。私達の愛、情は……全てを、包み込む、んだから」
「くっ……メイトに通じていた霊力さえ、通用しないだなんて」
霊力を込め、飛ばした護符は真っ直ぐアンビバレンスに向かい命中した。したのだが……
護符は奴の粘液ボディに呑み込まれ、溶けてしまった。試しに小石を投げ付けてみるも、結果は同じ。
「あら、苦戦してる様ね?」
「そう言う貴女こそ、頼んだ眷属を一体も倒せてないじゃない」
「私の愛を込めた魔力や、貴女の霊力も通じないだなんてね。ズルもいい加減にして欲しいところよ」
ドン! と背中に誰かが当たり、誰かと思えば眷属の駆除を頼んだパンドラで、冷や汗を流している様子。
どうやらナイトメアゼノ・アンビバレンスは、物理無効・魔力&霊力吸収スキルを持っているらしい。
背中を向けあって話す二人は内心、どうやって倒そうか、攻略すべきかと悩んでいるのだろう。
「核が無い辺り、集合体と見て良さそうだけど、巫女の貴女はどう思う?」
「アンビバレンスは愛憎被害者女性達の無念や怨念の集合体。その感情がスライム化したモノでしょうね」
「となれば……やっぱり」
「えぇ。無念怨念の粘液を全て焼き尽くす、凍らせた上で消し飛ばす……のが正解でしょうね」
一言にスライムと言っても、粘液に核があるタイプと無いタイプが存在する。奴は後者。
母さん達曰く、無限郷時代にこの手の相手をした事があるらしく、奴を倒すには三つの力が必要だそうな。
結界で逃げ場を奪い、凍結させて能力と動きを封じ、火焔で焼き尽くす。結界は母さん、火焔は自分。
残る凍結は……そうだ、雪女のトワイ! なんだけど、呼びに行ける余裕は無い。既に四方を囲まれているしな。
「い、一応聞くけど……もし、あの粘液に当たったら、僕達はどうなる?」
「そりゃあ当然──肉は溶かされて、アンビバレンスの眷属に仲間入り……よっ!」
もしも、を聞くパンドラの声から察するに余裕は微塵も無く、死の恐怖に震えている様子。
それに対して母さんは堂々と、容易くも残酷な結果を答えつつ、護符を四方八方にばら蒔いて結界を張る。
薄黄色の結界に阻まれ、眷属達は此方に近付けない反面、此方も結界の外へ無用心に出れない。
「せめてエナジーバレットが三本。デンチなら二本も有れば、確実に倒せるのに……」
「肝心の彼は? まだ回復しないの?」
「酷く疲弊しててね。全力を出して貰うには、最低でも後一時間は交代出来ないわ」
全盛期の力を取り戻せば取り戻す程、戦闘後の休憩時間はグッと伸びてしまう。
それを補う為、作り出したのが二千年時代には当たり前のようにあった、携帯向きの電池や銃弾。
でも今回の分は全て第三装甲に使い、一つも残ってない。母さんの言葉は……願望に過ぎない。
話してる間に、アンビバレンスまで結界に張り付き、逃げ場を失っている。救援も望めない……どうする?!
「イギィィィッ?! い、いだいぃ、誰ぇ~?」
「なんとか間に合った。って……会わなくていいのか? あっ、ちょっと!」
突然痛がり始めたアンビバレンス。何事かと視線を向けた密林には──勇者候補生ルージュのお供。
名も知らぬフードを被った、男性と思わしき人物が赤・黄・白の瓶を抱え持ち、投げている様だ。
他にも誰か居るっぽいが、黒いモヤ? に包まれて見えない上、会いたくないのか立ち去って行く。
「コイツには通常攻撃は通用しないぞ。やるなら俺みたいに……それっ、属性攻撃やアイテムが有効だ」
「何の魔力も、霊力すら感じないただの青年が、僕達でも手を焼く相手に挑むだなんて」
「まあ、そりゃそうでしょうね。彼は──過去に私達と共に戦い、戦い抜いた戦士だもの」
自分達に攻略法を実践しつつ教えてくれており、投げ付けている瓶がアンビバレンスに呑まれて溶ける度。
炎・雷・氷の効果が現れている。つまり、その三属性が有効って訳か。
ただ、結局完全に倒すには莫大な炎か雷属性が必要とも分かった。こりゃ益々、バレットかデンチが必要だな……
「あっ、ヤバい……もう攻撃用魔法薬が無くなった」
「わ、わだじの愛情、うげどめでよぉ……ババぁぁ……」
ドロドロのスライムになる程の歪んだ愛情ってのは、やっぱり怖いなぁ。
ある意味、ヤマアラシのジレンマに近いモノなのかも知れんが、押し付けがましい愛情は此方から願い下げだ。
良くも悪くも、注意と行動が彼の方へ向いたお陰で結界から離れて行き、動けるようになったが……
どうする? 彼を見捨てて犠牲にし、アンビバレンスを倒すチャンスを掴むか。パンドラに必要な物を取って来て貰うか──
『エネミーファイル』
名前:ナイトメアゼノ・アンビバレンス
年齢:不明
身長:計測不能
体重:計測不能
性別:女性
種族:ナイトメアゼノ
設定
二章第四十三話『溢れるモノ・前編』より登場。
融合海獣スプリッティングが殻を破るor破られた結果、『中身』が外へ出た姿。二つ名は不倶戴天=どうしても許せないと深く恨む。
『私達は──絶対に許せない。絶望に染まり凍える程冷たくされた仕打ちを、貴方達に全て返すその時まで』
それは──無闇に解放しては成らないモノであり、誰しもが持つモノである。歪んだ愛情を抱えて成長したスプリッティングは、ソレを返す為に暴れ狂う。
愛するが為に憎しみを持ち他者を傷付けて殺害し、一時的な満足感に浸る。しかし回数を重ねる毎にソレは被害数を増やし何度でも、永遠に繰り返す……自己満足の為に。
スプリッティングの殻から出て来たアンビバレンスは朱色の粘液体、言わばスライムである。
あらゆる物理・魔法・奇跡・攻撃系スキルを受け付けないボディを攻略しない限り、倒す事は叶わない。
彼女達の粘液を受けた『生命体』は骨だけを残して溶ける程、危険極まりない。溶けた被害者を自身の支配下に置き、更なる被害者を増やすべく他者へ襲い掛かる。
攻略するには彼女達の粘液ボディを凍結させ、足止めをし、大爆発に匹敵する最大火力で一気に蒸発させる必要がある。
倒す……までには至らないが、電撃・冷気・火焔系は『命中』さえすればダメージは与えられる。しかし倒すには粘液ボディを消滅させる程の高威力が必要。




