タイムカプセル
教会の近くで色々な事があった日の夜遅く。星々と白い二つの月が夜空に浮かぶ頃。
一筋の光が闇夜を切り裂いては壊滅した古都へ墜落、轟音と激しい揺れを響かせた。
機都の兵士達と調査隊が駆け付け、回収し持ち帰ってから三日が経過した日の真夜中。遺跡調査隊の教授は頭を抱えては自室の机に伏し、酷く怯えた様子で震えている。
「おおぉ……なんと言う事だ。これが事実だとすれば、我々人類に未来など無いではないか!!」
付けている分厚い丸眼鏡の位置を直し、ミミズが這った様な文字が書かれた紙をもう一度手に取り、古文書の辞書を開いては一字一句。
間違えていないか再度確認と解読を行えば、神への懺悔か祈りでもする様な声で叫び、力強く木製の机へ右拳を何度も叩き付ける。
叩く音や声を聞き付け、心配した部下達が扉を激しくノックしては「大丈夫ですか、どうしました?」呼び掛ける声も教授には届かず、不安や迷いを振り払おうと一心不乱に頭を振り続ける。
「ああぁ、我らが祖先よ。あなた方はなんと言う愚行や過ちを犯し、黙認を続けて来たのですか!?」
「教授、失礼します。我が道を遮る扉はあらず……アンロック! 教授、部屋に籠ってからどうしたんですか?!」
「終わりだっ。もう我々に、この星に味方や未来は残されていない!!」
今や存在すらしない祖先達へ恨みを込め、頭を抱えたまま席を立ち叫び回る。緊急事態と思いドアノブを回すも、鍵が掛かっていて開く気がしない。
奇跡を使って鍵を解除、部屋へ数名の同僚と駆け込んだサクヤは教授に話し掛けるも、錯乱気味で会話が成立せず、病院へ連絡を入れてから駆け込む。
翌朝。サクヤは終焉を誘い、ある物を持って今貴紀が寝泊まりさせて貰っている寧の自宅へと、足を運んだ。
「私達に見せたい物?」
「えぇ。四日前、空から降って来た隕石の中身なんだけれど……」
見せたい物とは何だろう? 自身の要件で来ていた貴紀にも、と言うらしく、寧と顔を見合わせて不思議に思い首を傾げる。
荷物持ち兼護衛として同行している終焉が、両手で持ち上げた小型ピラミッドみたいな銀色のタイムカプセルを、大きめの机へ静かに置く。
パッと全体的を見てみるが、開封出来そうな箇所は何処にも見当たらない。するとサクヤがタイムカプセルの周りにあるボタンらしきモノ、その一部へ触れて押せば押した部分が開き――
「ξδφЖЧЭ?」
「おい、サクヤ。これは何語なんだ?」
「それが判らないのよ。唯一解読出来た教授は発狂、今は病院で安静状態なの」
ホログラムが投影され、全く知らない言語で話されて困惑。説明を求めるも訊かれた本人すら理解出ておらず、解読した教授は入院生活中。
残された寧と貴紀は、壁画の映像と説明をするナレーター的な言葉と内容を、なに食わぬ顔で聞いていた。時に頷いたりする反応から、サクヤ達は貴紀達には理解出来ているのだと判断する。
「あなた達には、この言葉が判るの?」
「うん。じゃあ私のパソコンと連動させて、解析と話を翻訳してみるね」
確認も含めて聞けばあっさり肯定され、専用の台へ置いて解析を始める。余程機械に強いのだと、キーボードを次々と打ち込む速度や正確さから判る。
最後に決定を押して翻訳が始まれば。もう一度ホログラム投影から始まり、一つの青く綺麗な惑星や、其処に住む住人達を描いた壁画が映された。
「我々人類は太古の昔より、数々の秘密を隠したまま生きて来た。それを今も知る者は、極一部しかいない」
「ほう、確かに翻訳されてるな」
「しぃ~っ。秘密って何かしら?」
「……………」
今度はキチンと判るように翻訳された言語、太古の昔より闇に葬られた秘密。各々が思う事は違い、顔に浮かべる表情も四人それぞれ違う。
調査隊顔負けの解析力や翻訳に関心する、知的好奇心から秘密と言うのが何かを知ろうとする者。
耳で聞き、手はキーボード操作を全く止めぬ者。そして……一字一句、聞き漏らさない様真剣に聞く者。
次の映像へ移る。配下を連れた黒紫の闇を宿した人を、紅き光を宿す人が仲間と共に討ち取る姿が描かれた壁画へ。それはまるで、同じ事を繰り返す様でもあった。
「紅き光を継ぐ者、OMEGAZERO・X。彼は闇を継ぐ者、終焉の闇と様々な時代で幾度も戦い、倒した」
「終焉の、闇……おやっさん。何で俺に、終焉なんて名前を付けたんだ?」
「貴紀君……」
光と闇を継ぐ者。超古代以前の戦いは今なお続き、紅い光が何度も勝利を収めていた。そして光を継ぐ者の名前が、ジャッジが探していたオメガゼロ・エックス。
黒紫をした闇は終焉の闇と呼ばれ、長い年月を使い復活しては、オメガゼロ・エックスやその仲間と戦っていた。
自身の名前と似ている事へ疑問を持つ者。映る映像へ目を細め、睨み付ける横顔を見て悲しみと心配の両方の感情が届かぬと知りつつも気持ちを込め……彼の名を呼ぶ。
「だが我々人類は……彼が消えた後、愛する家族や仲間を終焉の闇以上の存在と恐怖し、殺害した」
「!?!?」
「これを機に闇は蘇り、世界は再び危機に落ち再度彼の再来を願うも当然彼は現れず、我々は滅びた。これを子孫達は……星が滅ぶまで繰り返すだろう」
自身らを救ってくれた存在が役目を終え消えれば、その家族や仲間達。闇と戦える力を持つ『己と違う存在』に命の危険と恐怖心を覚え、自己防衛と言う旗を掲げ殺す。
さすれば闇は好機と知り復活、人類を滅亡へ誘う。当然、絶対的な生命の危機ともなれば神頼みなどを行う輩もいよう。
唯一対抗出来た紅き光の再来を。しかし現れない。すると何故現れないのか、自身らの罪を棚に上げて相手を批難罵倒する。そして当たり前の如く、滅びる。
そうなれば、いずれ光は二度と現れず、輝かない。このカプセルを造った文明の技術力は現在を遥かに凌ぎ、未来予知も出来るのかもしれない。
「我々、超古代文明も直に滅んだ。皆が『ノゾミさん』と呼ぶ悪魔によって」
「ノゾミさんって言えば、確か……貴紀君!」
「都市伝説ノゾミさん、かもな」
タイムカプセルとも言うべき物が語る、超古代文明を滅亡させたノゾミさん。この悪魔は遥かな時を越え、現在に再び顕現しようとしているのかも知れない。
都市伝説として語られ、小耳に挟む程度には聞き慣れたワードと同じ名前を聞いて寧は、もしやと思い若干の焦りを感じつつも話し掛ければ、同じ事を考えていた。
「OMEGAZERO・X……」
「仮に自分だとしても、そんな事をする輩を助ける程馬鹿だと思う?」
「まあ、そう言うわな。お前は大の人間嫌いだし」
「別に、人間は嫌いじゃないよ。寧ろ好きな方さ」
あの敗北と自身の無力さを痛感した日、ジャッジが貴紀に対して呼んだ名前を思い出しては呟き、万が一と言う淡い期待を胸に視線を向けるも。
本人は助ける気が微塵も無い事を伝え、素っ気なく拒んだ。拒否した理由を人間嫌いだからと言い、一人納得するも納得理由を否定、人間は好きだと訂正後。
「嫌いなのは人間の屑、害虫だけだよ」ニヤリと微笑み、振り向いた表情は普段の子供っぽい表情とは真逆。うっすらと開いた眼からは誰であろうと害虫は殺す、そんな冷たさを感じた。
「OMEGAZERO・X……『彼は人間と認めた者』は身を呈してでも守り、ある条件を破る者は殺す。敢えて言おう、我々人類は、彼を敵に回したのだ」
「…………成る程ね。教授がこの星に味方も未来も無いと言って、発狂した訳か」
「闇や魔族、魔物から人類を守っていた救世主を自ら敵に回した。言い方は悪いが、自業自得だな」
救世主を自ら敵に回し、闇が蘇れば再来を神頼みするかの如く行い、来ても来ずとも批難した人類に光を継ぐ者は愛想を尽かした。
故に一定の条件を守る、行う者しか価値無しと見なし守らなくなったと語る。しかしその条件は本人と関係者である家族や仲間しか知らず文献にも残されていない。
そしてその家族や仲間を、人間は殺した。自業自得、それでも人類は学ばず、愚行を絶えず続けて生きている。早い話、人類に味方も未来も無い。
「……少し、外の空気を吸ってくるわね」
「おい、サクヤ!」
希望は無く、あるのは徐々に近付いてくる恐怖と滅亡。悪魔の手で滅亡するか、魔神王に滅ぼされるか……はたまた人類自らの手で自滅する位しか、道はない。
暗い笑顔を見せ、呼び掛けも気にせず家の外へ一人走り出して行く。追い掛けようとするも一度立ち止まり、貴紀を見るも興味無さげな表情で目を瞑っている。
「っ~。おい、ぼーっと突っ立ってないでサクヤを追い掛けろ!」
「……はいよ」
自分が知る貴紀ならば、言わずとも追い掛けると判っていた。判っていたが故に今回の態度や反応は予想外過ぎて苛立つも、声を掛け背を叩き追わせる。
日も沈み始め茜空が機都を染める頃。小さな公園でサクヤはこの公園唯一の遊具であるブランコへ俯いたまま座り、地を軽く蹴っては振り子さながら揺れていた。
隣のブランコへ誰かが座った事を、揺れ動く鎖が教えてくれる。だが気にも留めず、ただひたすら揺られるだけ。
「漸く見付けた。はあぁ……結構走り回ったんだぞ?」
「…………」
隣のブランコに座っている貴紀は探して走り回った事を伝えると、それ以外は何も話さず、小さくブランコを揺らす。
無言の空間に鳴り響くブランコを動かす音。夕暮れ頃と言う事も相まって、誰も公園に来ない。
「未来も希望も無い現状で、私達に何が出来るのよ……」
「さあな」
「どうして……どうして私達がこんな仕打ちを受けなきゃ駄目なのよ!!」
「知らんよ、そう言われても」
明日を生きる為の灯火は無く、唯一対抗出来た救世主と言う淡い希望も無い。人類が自ら無意識、恐怖心から摘み取ってしまった今、何が出来るのか弱々しく問うが……
あっさりと知らない発言され、心の奥から火山が噴火しようとくすぶるのを押さえ込んでいた感情が、爆発して怒りをぶつけるものの、これも軽く返される。
「嘘を言って変な期待を持たせたくないから、こんな風に言ってるけどさ」
「……うん」
「そんなに生きたいの? こんな正直者や真面目な奴が馬鹿を見る世界で」
一応誤解されない為に本心を伝え、それを理解してくれた事へ感謝しつつ、遠回しな言い方では無く、ド直球に訊いた。
「確かに、嫌な事は沢山あった。でも終焉や貴紀に出逢えて、こんな世界にも幸せがあると知ったの」
「そっかぁ」
「海や砂浜で私達三人が心から笑顔で遊ぶあの島へ……最後にもう一度、帰りたい……」
「!?」
どんな世界にも大なり小なり、形の違う幸せは存在している。ぽろぽろ大粒の涙をこぼしながら喋る言葉の中に、思わず揺れ動くブランコを止めてまで驚く内容があった。
この世界に『海や砂浜』と言った場所は無く、在っても精々湖が限界。ましてや島と言う概念や言葉すら無いこの地で、その発言はおかしい。
「仕方ないなぁ」
「…………えっ?」
左手で後頭部を擦り、面倒臭そうにポツリと呟きブランコから立ち上がる。
声が小さく聞き取れなかったサクヤが疑問系で聞き返すように言い見上げると、優しく微笑み、右手を差し伸べる貴紀の姿があった。
「悪魔退治には手を貸すよ。サクヤが、本当に生きたいと言う気持ちを行動で表すのなら」
差し伸べられた右手は、気持ちを行動で証明出来るなら取れ。そう言う意味だと理解し、自分の右手を少し見つめ……手を取り勢い良く立ち上がる。
「いいわ。その挑戦、受けてあげる!」
「それでこそ、自分の知るサクヤだ」
手を取り合い、見つめ合う内に自分達らしさを改めて知り思わず笑ってしまう二人。
知恵無き勇気は無力、知恵も勇気無くしては世に出ない。力も知恵や勇気無くしては暴力に過ぎない。三人寄れば文殊の知恵、力を合わせれば出来る事は増えるのだと。




