仲間と共に・前編
『前回のあらすじ』
メイトを連れ帰宅する途中、真夜・トワイの二名に出迎えられ、男勇者候補生パーティーが脱走したと聞く。
帰宅直後、行方不明となったヴェルを探す為、捜索から戻って来た心情ゆかりと共に探すと……三騎士・ミミツと会話している場面に遭遇。
ヴェルを連れて戻り、遅めの贅沢な昼食を堪能し片付けの最中、メイトから明日の明朝、自分達を救って欲しいと頼まれこれを承諾したのであった。
刻一刻と夜明けまでの時間は過ぎ、メイトを救う決戦へのカウントダウンが近付く。
愛情を込めた料理や、友情を育む遊びでも、救ってはやれなかった。戦う以外に、彼らを救う手段は無いものか?
自分の無力感を感じながら、携帯を開く。時刻は午前五時四十分……結局一睡も出来ず、眠気・空腹・疲労でコンディションはボロボロ。
「……メイトに、パイソン。二人して何処へ行くんだ?」
隣同士で眠っていた二人は、周りで雑魚寝する仲間達を起こさない様、静かに起き上がり。
地下室から出て行った。無警戒と言う訳にも行かず、自分も可能な限り音を鳴らさないよう注意しつつ追い掛ける。
二人は次第に店から離れ、止まった場所は──自分とパイソンが初めて出会った密林と浜松の境目。
「すまんな、坊主。俺様やコイツも、そろそろ限界そうだ」
「……分かった。殺り合うんだな?」
此方に気付いていたらしく、振り返らず話し掛けられた為、自ら茂みより歩み出し答える。
「話が早くて助かる。さあ、本気で行くぞ。あぁ……そうさ、坊主達もこの悪夢に引きずり込んで、永遠に喰う為になぁ!!」
大人しいメイトとは裏腹に、口角を上げて笑うパイソンは屈んで砂の中から刀剣・カトラスを手にし。
殺意に飲まれたのか。深紅の狂気に染まった瞳を光らせ、此方へ襲い掛かって来る。
本気だ……本気でこの蠱毒に自分達も引きずり込む、そんな鬼気迫る気迫に命の危機を感じ、全身が震える。
「来い、紅き稲妻放つ黒き鋭角……黒刃!」
「ハハッ……いいぞ。素晴らしいお宝を持ってやがるじゃねぇか、坊主ゥ!!」
「ッ、なんつう、馬鹿力だ!」
呼び掛けに応じてまだ薄暗い夜空を紅き閃光が穿ち、手元へ駆け付ける黒き麒麟の紅い角鞘。
真正面から武器同士をぶつけるのは避け、振り下ろされるカトラスに横から叩き付けるも、びくともしない。
強引に力尽くで軌道を反らすと、空振りした刀剣は当然の如く砂浜に当たった──直後、爆発でもしたかの様に砂が舞う。
「その武器なら俺様達、ナイトメアゼノの怨念無念すらも、消し去れるかもなぁ!」
(力勝負じゃ分が悪い。ゼロに任せたいけど、スピード勝負で負ける。ならば、此処は武器の扱いと技量で勝負!)
「どうしたどうした!? まだまだ勝負は始まったばかりだぞ。逃げてちゃあ、俺様達には勝てねぇ!」
狂気に染まって武器の扱い方を忘れたのか、それとも元々こう言う戦い方なのかは不明だけど。
刀剣を乱暴かつ力任せに振う。故に大振りで攻撃へ移る隙も大きく、肩と足の動きに注意さえすれば、比較的避け易い。
「ちょこまかちょこまかと……うざってぇなぁ、こん畜生めがぁ!!」
大きく振り上げ、叩き付ける様に振り下ろしされる一撃をバックステップで避け、前方に黒刃を突き刺す。
舞い上がる砂を壁に手慣れた手付きでウォッチを見ぬまま紫へ回し、画面を上から叩いて起動。紫の閃光を発し、ルシファーと交代。
「あれ、なんで交代出来ないんだ?」
する筈が……出来ていない。衣服や装備も変更無し、ダイヤルの回し間違えかと思い。
ウォッチを見てみると、画面は闇に覆われて見えなくなっている。
いや、それどころか三人の声さえ聞こえなくなっている始末。これは、まさか……
(シマッタ……薄暗クテ気付クノニ遅レルトハ、不覚。気ヲ付ケロ、王。此処ハ既ニ)
「ひひっ、普通、今更気付クかァ?」
「今までとは感覚の違う、終焉の……地!?」
気付いた時は既に遅く。急いで辺りを見渡せば密林は消え失せ、代わりに悲鳴の顔をした山や岩の数々。
戦闘中だと言うのに腹は空腹を訴え、腕や足から力は抜けて膝を着く。なんと言う事だ、空腹の余り視界すらボヤけるとは。
「クソッ。パイソンを見失ったばかりか、急速に進んで行く数多の道すら見えるとは」
「これぞ終焉の地に我ら、ナイトメアゼノに与えらた二ツ名や怨念無念を足した空間。その名も、インパチェンスフィールド」
今、視界に映るのは暗黒の空と枝分かれした数多の道。まるで永久に旅を続ける旅人の如く、止まる気配はない。
声こそは聞こえるものの、闇の眷属強化や相手の逃亡&再生不可プラス光の眷属弱体化に加え、追加効果の上書きとか。
マジでやめてくれよ。畜生、空腹の余り魔力まで減ってきた……この短時間で全開時と比較しても。
大体六割に低下。長期戦は圧倒的不利、速攻で攻め続けて魔力切れになる前に、押し切るしかない。
「ふっ、ふはは……アーッハッハッハァ! この程度の空腹で動けんとはな。豊富な食料と愛情に甘えた結果、この程度かぁ! ワールドロードォォ!!」
「んんな訳……ねぇ!」
顔を上げた先、ボヤけた視界の前方と左右に映る三人のパイソンはカトラスの先端を此方に向け、顔目掛けて突き出して来る。
瞬時に直感は死を体の隅々にまで訴える。話に聞く仏教の餓鬼と同じく、酷い空腹で何も考えられない。
それでも、体は動いた。苦ある生を求め、直感の示すままに自分から見て右側のカトラスを両手で挟み、本物を見事白刃取り。
させるも……普段通りの力は全然出せず、ジリジリ押し込まれ、危機は全く遠ざからない。寧ろ、苦しむ時間は増えている始末。
(どうすんだよ、ルシファーに霊華。このままじゃ、宿主様も悪夢に取り込まれちまうぞ!)
(彼らを救うにしても、弱らせなきゃ当たらないわ。それに、メイトは貴紀の得意な魔力や物理が通用しない)
(交代モ不能。トナレバ、現状ヲ攻略スル手立テハ限ラレテクル。王、思イ出セ──『我等八人』揃ッテコソ、ダロウ?)
(そうだぜ宿主様。例え闇に阻まれ離れ離れになろうとも、俺達八人揃ってこそのワールドロードじゃねぇか。行ッくぜぇ!)
右目へ近付く切っ先。どうすれば良いかさえ思考も出来ない時、また体が自分の意思とは無関係に動く。
白刃取りする手は離れ、首も突如左へ傾き突きを避ける。同時に右手はパイソンの顔へと伸びる。
「生存本能で動いてるっぽいけどなァ、刀剣を持つ俺様と拳のテメェじゃ、距離に差──がァァァッ!?」
しかし言われる通り、人間の腕一本じゃ刀剣を持つ相手との射程距離差はキツい。
されどそれを埋めんと、黒い腕は右手の平に向けてフォースガジェットを吐き出し、名状しがたい……
緋・青・紫・黄の細い太いを交えた四色が捻れ、歪んだ様な表現し難い混沌とした刃をパイソンの左目に伸ばし、刺す。
「ナンだ、これは!? 魔力にしては神聖で、霊力と言うには邪悪なエネルギー……」
「……あぁ、そうだったな。我ら八人揃ってこそのワールドロード、世界に道を示す者」
酷い程痛いらしく、大きく後退した隙に立ち上がり、自分一人で戦っているんじゃないと改めて痛感。
そんで、その感想は正しいな。この刃は自分達、いや、俺達四人の力を込めたモノ。言わば四色の絵の具をかき混ぜたも同然。
「シンプルなのは吸収出来ても、雑味が多いと腹に溜まる様だな」
「何故、ダ。ナゼ、吸収できナい。なぜ、立てる?」
「お前さん達、この島で未調理食材に喰い慣れてるだろ。この力は言わば調理したモノ、誰かから与えられる、愛情ってヤツだ!」
疑問に一つひとつ答えてやりたいが、コイツは非常時用の緊急処置で長持ちしない。
一言で言うなら三人から譲渡される力の一部を非常食として、空腹を一時的に凌いでるだけであり、根本的な解決ではない。
「フォースガジェットと黒刃の二刀流で、腹一杯にしてやる」
「クッ……流石にこの肉体じゃ、直ぐに腹一杯になって吸収出来なくなるか。仕方ねぇ、予定より早いが──来い、俺様達の全細胞!」
「させる訳ないだ……ろぉっ!?」
「パパは、嫌い。ママを哀しませる……だから、私達が殺してあげる!」
これでパイソンを攻略出来る。けどまあ、此処からはゲームでもお馴染みの第二形態。わざわざ待つ訳もなく、斬り込もうとすると。
終焉の地にある海面が突如噴き上がり、俺の後方へ着地するは、甲殻系の融合海獣・スプリッティング。
何やら物騒な発言をしつつ、右手の蟹鋏を何度も鳴らしながら近付いてくる。個人的にはあの鋏にもリベンジしたかったけど、今は勘弁。
前方では周囲から他のメイトを集めるパイソン、後方からは以外と早い海老足で真っ直ぐ近付いてくるスプリッティング。
「どっちを選んでも地獄なら、一番邪魔な海鮮融合獣から叩く!」
「早く死んでって……ママがそう言うの、パパにぃ!」
(命の重みすら理解出来てない母親に洗脳されて、子供までそんな言葉を吐くだなんて……世も末ね)
先ずは攻撃を防ぐ面倒な甲殻を割るべく、黒刃の上中下に分かれた層を回転させ叩き付けるも。
蟹鋏に捕まれ、止めようとする辺り、予想以上の硬度だ。武器と敵の相性もあるんだろうが、コイツはゼロに向いてる相手だな。
とは言え、人の有り難みも理解出来ない母親に育てられると、平気で父親を蔑む子供になるのか。そりゃ、男性も結婚を拒む訳だわ……
「早く、早く死んでよ、パパァ!!」
「誰がッ、テメェの、パパだゴルァッ!!」
我、隙を見付けたり。と言わんばかりに左手の唇を此方へ向け、口を開いた。
直感は死を訴えない反面、寒気が全身を走る。ガジェットの刃を差し込もうと思うも、奴の左腕を下から振り上げる。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛いじゃんか、クソ親父がぁぁッ!!」
「うおっ、危ねぇ!」
人間で言えば肘を切断した。落ちる巨大な唇から漏れ出した青白い冷気は、当たった砂を一瞬で氷に閉じ込め。
苦痛に叫ぶ少女達の声は突然ドスを利かせ、ヒステリックな女性の如く逆上し、本体の蟹口から真っ赤な火炎弾を連射。
軌道は直線的で、速度もギリ避けれる範囲。着弾地点には嫉妬やら怨念にも似た炎が、猛々しく燃えている……そうだ、これは使えるぞ。
(まさにピンチこそチャンス、ね)
(アァ、王モ気付ク筈ダ。アレヲ弾クヨリ、利用スル方ガ良イト)
「黒刃よ。天をも穿つ螺旋に、奴の火炎を絡め取れ!」
俺の言葉に反応して黒刃は上中層の回転を内側へ、下層は外へ切り替えて烈風を纏う。
絶えず続く火炎弾を黒刃で叩き、その炎を次々と烈風に巻き込んで行けば、真っ赤な火炎槍の出来上がり。
腰を深く落とし、大きく踏み込むのと同時に黒刃を突き出し纏った火炎を烈風のオマケ付きで返す。
「熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い、熱いィィッ!」
「その無駄に硬い甲殻が仇になったか。恐らく内部は高温の蒸し焼き状態だろう……まあ、俺が生き残れたら、救ってやるよ」
「フフッ。丁度『悪いタイミング』で此方を向いたな……ボウズぅぅ!」
泣き喚き、急ぎ足で海へ逃亡したスプリッティング。
執拗なまでに全く異なる死因を訴えてくる直感に背筋は冷や汗で濡れ、振り向けば『パイソン』と言う肉を破り形態変化中の真っ只中。
引き裂く顔、有り得ぬ方向へ飛び出す背骨と臓物、現れる筋肉剥き出しの腕。ハッキリ言って、モザイク加工でも欲しいところだわ。
「待たせたな。これこそ本来の姿、分割していた全ての仲間を集め、完全体へと戻った俺様」
そう言う『パイソンだったモノ』の姿は、完全体へと進化した融合獣改め、融合神同様にスリムかつコンパクトな人間体型。
そう言えば聞こえは良いし、勝てるとも思うだろう。見た目こそ人間から全ての皮を剥ぎ、身体中に眼と鮫も真っ青な鋭く長い牙を生やした異形。
鞭を思わせる右腕、此方の戦意を肉体ごと粉砕せんと言う、無数の顔を集めた嘲笑う鎚。なんじゃこりゃ……勝てる未来も見えんぞ?




