必要なモノ
『前回のあらすじ』
拠点で診断を受けた結果、ストレスにより体調を崩していると言われ、一日ゆっくり休む様に言われた貴紀。
しかし突然姿を消した心情ゆかり、ヴェルを追うべく愛を連れて追い掛けると──飲み水や食料の補充に動いていたと言う。
今後は護衛を付ける事を条件に許すと、ヴェルから『素敵な恋愛』をする為の予行練習に付き合うハメになり、結局ゆっくり休むのは出来なかった。
「あぁ~……クッソ眠い。静久の奴、ガチで徹夜まで付き合わせるか? 普通」
陽の眩しい朝──と言うにはまだ薄暗い午前四時頃。自分はエスに頼み、用意してくれた眠気覚まし魔法薬の空き瓶を片手に。
助っ人に愛を、道案内人としてパイソンを連れ、例の夢だか現実だかで三騎士・ミツツ達を見た砂浜へ訪れている。
「確か此処だった筈。すまん、寝不足で集中出来ないんだ……何か感じるか?」
「大きな魔力を使用した残りカスと、トリックの匂いも残っておる。ぬし様の話す夢の通りじゃな」
「俺様も感じるぜ。あのナルシスト人魚の魔力、此処で掻き消す様に途絶えてやがる」
砂を救い上げ、現場に残された僅かな匂いを嗅ぎ分けて話す愛に対し、パイソンは大きく深呼吸をして答える。
二人の発言からアレは、夢であり現実に起こった出来事だと判断する。そうなると、問題点はミツツの言っていた言葉。
『貴女の望みを叶えるに相応しい、素敵で適切な容姿にしてあげますわ』──これだ。影の魔女に、生命体の容姿を変える力はあるのか?
「あぁ~もう、分からん! 影に物体の形状や容姿を変える力なんぞ、普通に考えてある訳ないだろ!!」
「そうじゃな。影とは陽の光と形となるモノから生まれる。形状や容姿を変えるのなら……」
ハッキリとしない疑問、理解に苦しむ問題、二つの謎を紐解くには全く足りていない情報。
睡眠不足もあってイライラは直ぐに溜まり、むしゃくしゃして頭を乱暴に擦る。覚える能力も万能……と言う訳ではなく。
無駄にネタバレ防止機能付きで、一気に問題解決とは行かず、肝心な部分に自主規制が入る謎仕様。
空気を読んで教えてくれる時もあるけど、それは追い詰められてたり、直感で死を予知した時など限定的。
「まあ、俺様達で調べるからよ。坊主は海でも眺めて落ち着きな。苛立ってちゃ、見えるモンも見えねぇしよ」
「あぁ~……うん、そうする。落ち着いたら戻るよ」
余程イラついていたらしく、気を利かせてくれたお言葉に甘え、海辺へ向かうと砂の上に座り考えを纏めてみる。
「ナイトメアゼノシリーズや融合獣系統の秘密は知れたし、攻略法もある程度は予想済み。問題は──」
寂しく独り言を呟く中、目の前の海面に次々と浮かぶ気泡。一体何事か、無用心にも覗き込むと……
「おー、ヒーローさんだ~……大丈夫~?」
「っ~、クラゲ娘の癖に石頭ってお前……」
モロ顔面に頭突きを受け、仰け反りから転倒までのお決まりセットを行う中。
柔らかそうな種族名なのに、石頭とか言う矛盾には納得いかない。そう思いつつ、少しの間悶え苦しんだ。
「……で、海面に出て来るとか、どうしたのさ?」
「ムピテをさがしてるんだけど~、みあたらなくて……」
「ムピテ、ムピテ……? あぁ、君の友達の人魚か」
また波に揺られてたのか。と思いきや、リートはあのお嬢様口調のナルシスト人魚を探しているそうな。
改めて名前を口に出され、そう言う名前だったと思い返す。うむ……若年認知症だろうか、こうも簡単に忘れるって言うのは。
「そしたらね~、ヴェルってこがきて~……ムピテとわたし、ふたりだけのひみつをしっててね~」
相も変わらずのんびりマイペースなリートの話を纏め、自分の持つ情報と照らし合わせると、幾らか気になる点に気付けた。
一つ、二人は同じ記憶や秘密を持っている。二つ、ヴェルが現れたのはムピテ消失後。三つ、夢で見たあの内容。四つ、彼女達の発言の数々……
その考察材料だけだとヴェル、イコールムピテ。と言う図式になるんだけれど……声も容姿すらも全くの別人って言う疑問を解決出来ない。
「もう一度確認するけどさ。リートは彼女、ヴェルを全く知らないんだよな?」
「ん~……そ~だよ~。しりあったのも、きのーがはじめてだよ~」
再度確認するも、変化無し。となれば、脳や魂を別人に移植した、って言うのも考察材料の候補に入れるべきか?
夢で見聞きした限りでは移植と言うより、まるで『固形物を溶かし、中身を抽出している』様な表現の気もするんだよなぁ。
よしよし。頭突きと会話、エスの眠気覚ましのお陰で思考回路も普段通り回ってきたぞ!
「キーワードは恋愛、人魚、物語、そして容姿……もしやそう言う手口か?」
「おぉ~……なにかわかった~?」
「まだ推測の域を出ないけどな。それに、仮にそうだとしても、その問題を解決する方法がサッパリだ」
ムピテの抱える願望、トリックやミツツの持つ異能をパズルのピースに例えて考察すると、予想以上に上手くハマってしまう。
名前の通り、相手を騙す事に特化したトリック。影武者を作り、遠隔操作するミツツ……恐らく両者の共通点は『騙す』と『容姿』の変更。
コイツは予想だが、以前戦った中二病患者の三騎士・コトハ。アイツと同じく何か、異能の効果から解放させる条件がある筈。
「むずかしそ~なかお~」
「よいしょっ……と。こうなった貴紀と話は出来そうにないから、私が聞いてあげるわ」
「わかった~、みこのひとー」
それは一体なんだ? もっと情報を集めて、ある程度纏めないと覚える能力は答えを導き出してはくれない。
思い出せ。この海、MALICE MIZERで見聞きした限りの出来事を……反転した名前の各所、繰り返す悪夢、ナイトメアゼノとなる素材。
魔法少女の存在、四天王と三騎士、アニマの発言に衛星兵器……愛情を求めるモノと愛憎を振り撒くモノ。
「そう言えば、事の発端は純粋な愛情と嫉妬から生まれた愛憎によって始まった悪夢……だったな。それなら、自分が此処へ呼ばれた理由はなんだ?」
あれやこれやと思い返し、出来事を遡る内に一つの疑問にぶち当たった。それは『何故自分は此処へ呼ばれた』のか?
ナイトメアゼノシリーズを倒すだけなら、他の誰でも良い。それこそ、女勇者候補生のルージュ=スターチスなんて最適だろう。
……もし、自分に『何かを思い出せ』とか『最体験』させると言う目的、何かしらあると言うならば……ん?
トリスティス大陸で倒した闇の魔神・イブリースは『アダム』である自分に関係した名前と理由を持っていた。つまり、此処でもその何かがあると?
「貴紀、いい加減熟考から戻って来なさい。もうリートちゃん、帰っちゃったわよ?」
「ん? あぁ、おう。ゴメン、お母さん……あっ」
「んん~、もう。照れ臭くてお母さん呼びしてくれないから、寂しかったのよ~?」
いつの間にか外へ出ていた母さんに肩を何度も揺られ、思考を乱され現実に引き戻された時、既にリートは帰った後。
呆れ返った様子の母さんに謝るも……此処で母呼びすると言う、プレイミスをやらかす。余程母呼びされないのを寂しく思っていた様で。
抱き締められて頬を擦り付けられる。母さんから言わせれば、スキンシップやら愛情表現だと言う。それは構わんよ、けどな、人前は勘弁してくれ。
……ん? スキンシップ、愛情表現? アダムとワールドロード故に引き寄せられた、と推測するなら、もしかして自分が此処で行うべき行為って、まさか。
「待てよ。もしそうだとするなら、此処やトリスティス大陸で見聞きしたほぼ全ての点と点に線が引けるぞ!?」
「貴紀?」
「そうか……そう言う事だったのか。全く、嫌な程に面倒臭いモンを押し付けられたものだ」
あくまでも個人的な憶測、予想、推測の域。それでも可能性としては、微粒子レベルで存在するやも知れん。
あの暇潰しにクソゲーを自ら進んで好む副王なら、退屈凌ぎにそう言った内容を押し付けて来ても、なんら不思議はない。寧ろ十分あり得るレベル。
「はあぁ~……だから王様とか、先駆者みたいなのは嫌なんだよ。失敗したらネチネチ言われるんだから」
とは言え、そうなると……自分の力だけじゃクリア出来ないのは明白。母さんの力を借りて、本気で勉強をして理解し努力を重ね攻略するしかない。
「母、さん。自分、いや俺。母さんの愛情を全力で受け止めたい!!」
「貴紀が……んん~、もう! お母さん、全力で愛情を注いであげるからね!」
「アァ~……ソウ言ウ事カ、王。確カニソレハ、霊華ノ専門デハアルナ」
人間とは痛みを伴わないと、なかなか身に付かない生き物。だけど、今受けている頬擦りを苦痛か否か捉えるのは、自分自身の感覚次第。
でも──赤子の頃は、大抵の生命は誰も『コレ』を受けて育つ。無ければ死ぬ未来しかないコレを、自分は改めて感じ、理解する必要がある。
ルシファーは理解したらしく、声からして力になれず申し訳なさそうだった。そんな事はないよ、自分は貴方からも受け取っているのだから。
「駄ぁ~目だな。幾らか痕跡を調べてみたものの、プッツリと切れてやがる」
「ごめん。調査するの忘れてた」
「別に構わねぇ……って、誰だ? そのべっぴんさんは」
「あぁ、自分の母さん。心配して此処へ来てくれた上、手伝ってくれるって」
スッカリ忘れていた上、手伝わず放置気味だった調査を切り上げ、集まって来た二人に謝り。
伝えてなかった母さんをパイソンに紹介し、話を聞くと……追跡は出来ない、もしくは出来ても困難だそうな。
「麗しいレディ、俺様と世界中の海を巡らないか?」
「嬉しい申し出をありがとう。でも『貴方より強い』旦那を待たせてるの、ごめんなさいね?」
「ま……マジか。この俺様より、強いとは……やはり世界は広く大きい!」
おい、自分の母さんを口説くな。でもまあ、確かにあの時代で待ってくれている父さんもクソ強い。
それこそ、殺すなら巨大隕石でも直撃させないと死なないレベル。魔王の琴音が勝てない時点でお察し。
プロポーズとも取れる発言を即答で却下され、四つん這いでへこんだ……と思いきや、数秒で立ち直るとは。なんちゅうポジティブメンタル。
「それじゃお店に帰って、朝ご飯にしましょっか。今日は朝も昼も腕によりをかけて作るわよ~」
「おぉ、ぬしの朝食昼食にはわっちも賛成じゃ!」
「ほっほぉ~。今日の飯は更に期待出来そうだ」
上機嫌の母さんは二人を連れ、店の在る方へ向かって行くのを見送った後、自分は夢で見たムピテ消失現場へ振り向く。
「ムピテ……お前、誰かに愛された事もなかったのか?」
ポツリと呟く言葉は、反応する様に強く吹いた風に連れ去られ、消えてしまった。
誰にも愛されず、愛し方も分からぬまま生きて来たのだろうか? 愛さえ知らずに育った結果、怪物になってしまう奴もいるのに。
「まさか、融合獣系統やナイトメアゼノシリーズ、怪物や怪異と呼んでいる連中の大半は……」
「貴紀~? ぼ~っと突っ立ってどうしたの~?」
「ごめんごめん。今行くよ」
考え込んでいたら、幾らか離れた場所から自分を呼ぶ母さんの声に気付き、大きく手を振り砂浜を駆けた直後──もう一度さっきの場所を振り返り。
「待ってろよ。アダムとして、ワールドロードとしてもう一度、お前達に挑むからな」
自分自身へ誓う様に、彼ら彼女らへ言い聞かせる様にポツリと呟き、母さん達の待ってくれている場所へ砂を蹴って走る。
もしかせずとも沢山の男性、女性から批難・批判・罵倒を受けるやも知れない。そんなモノは夢想家の見る夢幻の戯れ言、と言われても仕方ない。
けど、どんなに無理だと言われてもそれを実現させ、やり遂げた夢想家達もいる。悪口は本人や他人の効率さえ大きく下げるデメリットの塊。
ならば褒める時はキチンと褒めて伸ばし、駄目な時はキチンと叱る──言わば飴と鞭こそ、生命や世界には必要不可欠なのではないか? そう思った。




