予行練習
『前回のあらすじ』
拠点である店へ帰還する最中、海沿いの砂浜にて貴紀を知る謎の少女・ヴェルとクラゲ娘のリートの言い合いを発見。
二人の言い合いを後日に回し解散。しかし店へ戻れば、トワイ達に絞められた男の勇者候補生に遭遇。更にソイツは結城中学校の生徒だった。
海賊パイソンに貴紀は気付いた内容を話すと、自身の正体がナイトメアゼノ・メイトであり、切断され行方不明の右腕を取り込んでいると自白。それは二人だけの秘密へ。
翌朝。自分の事情や正体を知らない心情さん達を上の階へ追い出し、地下室で寧とマキから精密検査を受ける。
心配してくれていた心情さん達の居る一階へ向かい、何時の間にか戻っていた真夜から診断結果を聞くと──
「ストレスから来る吐血ですね。まあ、仕方ないと判断しますよ? 色々あった上に、気を緩めて休めない状況ですしお寿司」
言われてみれば、その通りだった。此処へ飛ばされた直後から、悪夢との戦闘や海賊と遭遇したり。
危険極まりない海を船で行き来し、トワイと合流したと思えば幽霊船やら四天王、三騎士に加え魔法少女とも遭遇。
海底遺跡を越えたら最狂の欠片に出会い、悪夢の真実に辿り着けばアルファと戦闘。それも終えたらアニマとスカルフェイス……
今思い返せばそらぁ、ストレスも溜まるわ。寧ろ、ストレスを溜めない秘訣を教えて欲しい位だよ。後、そのボケはスルーで。
「今日位はゆっくりと休んではどうです? やせ我慢するにしても、気力を回復させませんと」
「あぁ~……バレてたか。実は左腕、感覚無いんだわ」
「ちょ、それっ、本当に大丈夫なんですか!?」
「分からん。回復魔法薬でもありゃあ、少しは良くなるんだろうけどな」
思い当たる出来事を振り返っていたら、ジト目の真夜に今の症状を見抜かれた為、包み隠さず自白。
必要だったとは言え、圧縮されたブラックホールの装填とか無茶を容易く越えてたな。左腕は完治しないと、これ以上の無理は出来そうにない。
「そう言えば、心情さん達は? 見掛けないけど」
「無くなった食料や飲み水の確保に行きましたよ」
「ッ!」
会話をしている最中、周りが余りにも静かな為見回してみると……心情さんとヴェルが居ないのだと気付く。
エスに訊けば、二人だけで取りに行ったと言う。昨晩にアニマやスカルフェイスとこの島で対決したのもあり、二人を追い掛けるべく。
衣服に付けたままの装備と仕込み武器付きローブを手に、狼形態から人間体へ戻っている愛を連れて店から飛び出す。
「愛、二人の匂いは追えるな!?」
「うむ。まだ匂いは新しく、追い掛けるには十分じゃ」
道案内をする。と言わんばかりに前を走り、自分の問い掛けにも自信満々、余裕綽々と言った言った表情を此方に向けて即答。
走行中のルートは、異常な速度で再生した密林方面。あの辺りを少し離れた辺りには、飲み水のある滝があった筈。
此方を試す様に走る速度を上げた愛に追い付くべく、超短距離&超低空の連続ハイジャンプで飛びつつ進むと。
「紅君と賢狼さん? そんなに急いで、どうしたんですか?」
再生した密林を抜け、大自然の大きな滝へと辿り着き心配する二人を見付けた途端。
この言葉を投げ掛けられ、飽きれの入り混じった深い溜め息を二人揃って吐く。
「どうしたもこうしたも。まだ安全確認も出来てないのに出歩かれたら、心配して探すだろ……普通」
「そう……だよね。ごめんなさい」
「いや何。一言わっちやぬし様に言ってくれれば、護衛で付いて行く。と言う話じゃ」
急いでいた理由を話すと、少し間を空けて、何かしら思い出す様な素振りを見せた後に、心情さんは謝った。
もし体に傷でも残したり、死なせた状態で連れ帰ってみろ。ベビドに何を言われるか……またあの鉄球を受けて骨折とか、勘弁して欲しい。
補足、と言う形で自分達に一言進言なり情報伝達をして欲しい。そう言ってくれてる間、あの出来事を思い返す。
悪魔化した元天使・アバドンを喰い破り、復活したベーゼレブルとの戦闘中に現れた心情ゆかり。あの時に聞いた彼女の声は間違い無く──
「ちょっと、聞いてますの、上玉?!」
「ちょっ、いでででで!?」
どうやら考えに耽る余り、ヴェルの話を無視していたらしく。右手から繰り出される早い往復ビンタで、強制的に意識を引き戻された。
「……無視してしまったのは悪かった。で、何だよ」
「だ~か~ら~……『あの蛇』を見返す為に、ワタクシの素敵な恋愛の予行練習相手になって欲しいのですわ」
此方も謝り、改めて要件を訊ねると『あの蛇』とらを見返す為、恋愛……つまり練習用の彼氏になって欲しいそうな。
そうかそうか。ヴェルの言う蛇が誰かは知らないけれど、静久やゼロもあの人魚へボロクソに言ってたのを思い出した。故に──
「断る。他を当たれ」
「即答!?」
悩む暇も無く、あっさりと断った。エスやパイソンとか、他にも居るだろ? 何故自分をチョイスしたし。
「言っちゃあ何だけど、自分は容赦ないぞ? 昨日の勇者失格野郎に言った言葉、覚えてるだろ?」
「の、望む所ですわ。そうでなくては、ワタクシ自身を更に磨き上げられませんもの!」
「成る程、分かった。それで、どう言うシチュエーションから始めるんだ?」
昨晩に言い放ったキツイ言葉。それもあり、事前に忠告をするものの、己を良い方向へ進ませようとする姿勢は気に入った。
そう言う変わろうとする努力や覚悟は嫌いじゃない、寧ろ好きだ。それも自分が守る人間の条件だ、是非ともこう言う人間は増えて欲しい。
新しい変化に恐れ、やや引け腰にも見えるけど、それもあってか承諾。少しの間になるだろうけど、付き合うとしよう。
「そうですわね……殿方と腕を組んで歩く。と言うのに少し憧れていますわ」
「ほぉ~……恋愛未経験なら、先ずは手を繋ぐ。だと思ってたけど、男女差で認識も幾らか異なるのか」
いやまあ、延々とループさせられてた時代で付き合ってた彼女達の中にも、奥手やら初な娘もいたけどさ。
中には滅茶苦茶大胆な娘や、マセてる娘もいたなぁ。ヴェルはどれで対応するべきか、少し試してみたくも思う。
「じゃあ、早速やるか」
「ちょ、ちょちょちょちょ……ちょっと待ってくださいまし! その、話に聞く程度で、どう言う風にするか……」
「分からないから、手本を見せて欲しい。ってか?」
手っ取り早く体験して方向性を決めよう。と思った矢先、頬を朱色に染めた上に両手で拒む様、手を振り後ろへ下がる。
耳年間、だろうか? それとも、大人の体に対して心の成長具合が遅れてるとか? どっちにしろ、面倒臭い。
「あぁ~……どっちか、手伝ってくれるか?」
「うむ。此処はわっちに任せ──」
「わ、私!! 手伝います!」
さっさと進めたいので、何か話している二人に協力を求めると、自信と満身に満ち溢れつつ言い歩いてくる愛は。
このチャンスを逃してなるものか! 的な心情を感じさせつつ駆け寄る心情さんに抜かれ、唖然の表情。
それはまさに童話・亀と兎にそっくりで、内心笑ったのは自分達だけの秘密。いやまあ、ゼロや母さん、ルシファーまで笑ってるし……ね。
「ヴェ、ヴェルさん。こう言う風にするんですよ」
「な、成る程……勉強になりますわ」
抱き枕でも抱き締める様に、力を込め控えめな胸を腕に押し当てる心情さんの顔は赤く、羞恥心に耐えている様子。
個人的にはグッドポイント。やはり羞恥心のある女性は無い女性と比べ魅力に雲泥の差を感じる……そらまあ当然か。
あぁいや。平常心を保ち、沸き上がる欲望を静めろ、自分!! 幾ら好みに近く、本能的に彼女を求めるとは言え、それは流石に見境無いぞ!?
「上玉、どうかしまして?」
「少しな。それより、予行練習は出来そうなのか?」
「い、いえ。もう少し……心の準備をする時間を」
「そうは言ってもな。自分達は約束を果たす為にも、長居は出来んぞ」
何も喋らず固まっていると声を掛けられ、我を取り戻し返事を返す。しかし──恥ずかしさと不馴れな余り、行動へ移せない。
例え時間を~と言われても、自分には余分な時間を浪費している暇はない。ほれ、グズグズしてるからエスの御到着だ。
「やっと追い付いた~……ふう。ところで、一体何を?」
「ヴェルから素敵な恋愛の予行練習をしたいって頼まれてな。エス、少し力を化してくれ」
「それは構いませんけど、未熟者なぼくで、本当に力になれますか?」
追い付いたばかりのエスに事情を話、協力を求める。返答の結果は彼らしく、未熟者を主張していた。
まだ自分と腕を組む心情さんに「男だけで話をさせて欲しい」と伝え、話して貰ってから女性陣より幾らか離れ、協力して欲しい内容を話す。
「確かに魔法薬は持ってますけど……それ、本当に効き目はありますかね?」
「魔法薬を作れる錬金術師かつ、半人前と知らない相手なら行けるだろ。後は説明するエス自身と、それを聞くヴェル次第だ」
肩から下げる鞄から、緑色の液体の入った魔法薬を取り出しては、まじまじと見つめるエス。
自信なさげな顔をするので、残る説明をし元気づける意味も込め、右肩を叩いて戻る。正直言って、成功するかどうかの自信は自分も無い。
「ヴェル、明日からエスにブレイブ魔法薬を貰って飲め。予行練習の再開はそれからだ」
「ブレイブ……ポーション?」
「っ──はい! 心を落ち着ける多種多様なハーブを、特殊な配合で作った特製品です!」
まあ、ハッキリ言ってしまえば──そんな物は存在しない。少なくとも『今現在』はな。
この辺りは……そうだな。森に詳しいエルフであるシオリや、森の巫女になったレイシに訊くのがベストか。
今は口八丁手八丁で言いくるめ、少しでもプラシーボ効果を高める為の下準備。悪く言えば無知に付け込む詐欺行為。
「それはそうと、ぬし様」
「なんだ?」
「後々嫉妬深い大罪の蛇に睨まれぬよう、弁解の言動を考えておくと良いかも知れんぞ? くふふっ」
事前に助言をしてくれるのは助かる。今後ともそうしてくれると、本当に助かるってのは本音だ。
けどな、幾らコートの袖で口元を隠しても「まあ、結果は見えとるがな」的に笑ってるのはまる分かりだからな?!
「どうかしました?」
「あぁ、エス。明日の早朝にキツい眠気覚ましをくれないか? 多分、今夜は徹夜だと思うから」
「えぇ、まあ。それ位なら御安い御用ですけれど」
何の話しか理解出来ていないらしく、訊ねられたので念には念を入れ、明日の行動に響かないよう。
かつ、徹夜の内容を伏せつつ眠気覚ましを頼む。あぁ、何時かは知るだろうけれど、今は心の汚れていない君でいて……いや、本当に!
「愛、心情さん、エス。ヴェルに男女の恋愛ってのを教えるぞ。各々の意見、理想を話してくれても構わん」
こうして、昼過ぎまで恋愛の予行練習は続いた。帰り道で必要な飲み水と食料を調達し、敵に遭遇せず店へ帰還。
そしてまあ言われた通り、体に女性の匂いを付けてしまった自分は嫉妬深い静久に睨まれた上、纏わり付かれ徹夜ルートへ。
結局ゆっくり休むってのは無理だったし、思い出せば左腕の感覚は腕を組んでいた時には治っていた。まさか心情さんの力……いや、まさかな。




