スキル・記憶・再会
話は終わり、二人は解散。結局、もう一度立ち上がる心意気は沸かず、戦うのは貴紀と四匹だけとなってしまった日の夜。悲しげな様子で教会の周辺を散歩していると……
「何時の時代も、正論は人を殺す凶器でしかない。人が産まれて持つモノは何か? 言葉と言う、万人が持つ人殺しの道具」
「シスター……」
暗闇でも存在を示す紅い瞳、闇夜に紛れ胸元が大きく開いた黒い修道服。ベールからはみ出る銀髪は歩く度揺れ動き、発する言葉は修道女とは思えない。
正論も何気ない言葉も相手を傷付け、追い詰め、死に至らしめる殺人道具の一つだと言う。言葉は包丁と大差無く人を殺し、騙し、何時の時代でも使われるありふれた凶器だと発言。
「愚民は勇者の出現を願うだけで何もせず、現れても負ければ何もしない自身達を棚に上げ、批難し貶す」
「仮に使命を果たしても、勇者は愚民のあらゆる方法で殺される。判ってるさ、だから……」
「大切なモノは、持つ者より無くした者に聞くべし。ちゃんと覚えているみたいね」
「勇者や英雄には成るな。殺害者になれ、愚民は批難批評を出すが、殺害者だからこそ見える景色もある。って事もね」
二人が話す内容は、ゲームでも使われる話。魔王の出現に国王と民は恐れ、勇者の出現を願い望むだけ。命懸けで戦うのは勇者とその一行のみ。
感動のエンディングを迎えても、大抵は後の出来事を考えはしない。魔王を倒す、それ即ち『魔王を超える脅威』が現れたと言う事実に王と民は恐れ、恐怖心と嘘偽りで勇者を殺す。
だが殺害者は違う。あくまでも『殺す者』であり、穢れた者だからこそ知り得る、見えるモノも違う。
「……何か、思い悩んでるみたいね」
「やっぱり、シスターは凄いなぁ。実は……」
普段通り振る舞っていた筈が、知らず知らずの内に顔に出ていたのか 心中を言い当てられ。信頼出来る人物と言う事もあり、ベンチに座り胸の内を吐き出した。
負けて悔しい反面、再戦して勝つ見込みが無い事。落ち込んだ終焉とサクヤをどうにかして元気にしたいが、どうすれば良いのか判らず迷っている。
壊滅的被害を受けた古都の心配等々。弱音も含めて吐き出す間も、シスターは最後まで口を挟まず聞き続け、話終えた頃を見計らい口を開く。
「何も一人で勝つ必要は無いわ。そもそも、貴方は一人で戦って、生きているの?」
「あ……」
「それに。人は心に余裕が無いと、溢れた感情が口に出易い。後々思い返して後悔する」
人は産まれて直ぐ、自分だけで生きる事は出来ない。誰かに育てて貰い、やがて独り立ちし生きて行く。
言われ、改めて気付く。自身も沢山の手助けを受け、生きている事に。パワードスーツも決して自身が発明し、造った物ではない。
機械に強く発明好きな相棒が何年も諦めずに造り、やっとの思いで完成した思い出の詰まった物。
敗北と守れなかった、救えなかった事実に心が圧迫され、同意を求めて来たサクヤに言い返した言葉も、心に余裕が無かったが為に出たと痛感。
「ジャンクならジャンクらしく、寄せ集めて一つにすれば良いんじゃないかしら?」
貴紀が『ジャンク』と呼ばれていた事を知ってか知らずか、使えない・役に立たないモノ・廃品でも寄せ集めれば、一つの何かとして役立つのでは?
「どの道、人間は100%他人を理解する事なんて出来ないし、理解もしない。自分自身の事すら、理解出来てないもの」
機械に疎い貴紀は困り顔で、小さな星々が輝く夜空を眺めポツリと呟くシスターを見ていると、微笑みながら整った髪をぐしゃぐしゃにされた。
「そうねぇ……今のままじゃ見てる先輩も退屈だろうし、ちょっとだけサービスしてあげる」
「し、シスター!?」
「相変わらず初くて良いわね。まあ、そこが可愛らしいんだけれど」
サービスと言いつつ、貴紀の額に軽く口付けをしたシスターは、全く経験が無い振る舞いで慌てふためく姿を見て、クスッと笑う。
「う、嬉しいけどさ。これがサービ……ス、うぅっ!?」
「そう。少しだけ『引き出してあげた』のよ」
人差し指で照れ臭そうに頬を掻いていると、急な激しい頭痛に襲われ、ベンチから転げ落ち頭を抱えてまで苦しみ出す。
頭痛だけの筈が痛みは上半身や下半身へと徐々に広がって行く為、砂利の上を転がり苦痛に耐え唸るも、次第に耐え切れず腹の底から叫ぶ大声が辺りに響く。
普通ならば近所迷惑だと衛兵が来るか、直ぐ近くに在る教会から子供達が様子見すると思われたが……誰も来る気配は無い。
「確かに目立つのは魔法や奇跡、異能と言った非現実的な力。でも、無能力者にもソレに勝るとも劣らない力がある」
「能力者に、も……劣らない、力?」
「えぇ。その名も『スキル』、極めれば魔法や奇跡にさえも匹敵し、異能にすら対抗しうる能力」
魔法・奇跡・異能をリーダーとするならば、スキルは影から支える縁の下の力持ち。誰しもが持てる技能にして、極める事に大きな意味と影響を及ぼす力。
しかし才能や努力で鍛えれる反面、スキルの内容と選択次第では何十年もの時を重ねなければならないモノもある。故に、非現実的な力が大きく、眩しく見えるのも事実。
「貴方は既に、スキルを複数開花させている。私はそれに水をあげただけ」シスター曰く、スキルとは種、どんな土にどんな水を与えるか次第で、成長と能力値は変わると話す。
「OMEGAZERO……それは世界が終わりに近付く時、存命を求めた世界に応え、現れる者」
「なら、このっ、世界は……終わりに、近付いているっの、か?」
知りたかった名前が知らぬ筈のシスターから言われ、何故知っているのかと言う疑問は何処へやら。結果を知りたい一心で、今もなお続く激痛に苦しみながら問えば――
「そうね。千三十年後には滅ぶって先輩は言っていたけれど、私には関係無い話。寧ろ人間が自滅する様を見て嘲笑えるから大歓迎よ」
「シスターッ!!」
「でも、貴方だけは別。ずっとずっと昔から私が目を付け、唾を付けて育てて来た貴方だけは……ね」
貴紀は何がなんだか、判らなかった。いや、判りたくなかった。
涙を浮かべて叫ぶ言葉には、スレイヤーとして活動する最中、救助した子供達や孤児を快く引き取ってくれた人が。
スレイヤーとしてのあり方を指導してくれた優しい恩師が、まるで悪魔――――いや、悪魔や魔王なんて生易しいレベルではない。それは自身が蟻……
よりも小さい微生物で、シスターが巨人以上の実力差があるように思え、言われた言葉すら冷たく感じた事へ悲しみを含めていた。感じた恐怖を敢えて言うなれば、名状しがたき恐怖。
「魔神王と一悶着終えたなら、後でご褒美をあげる。少しね」
「痛みが……やっと、引いて……」
「また、何処かで逢いましょう。私の……『終焉の破壊者』さん」
漸く引き始めた痛みで返事もままならない最中。一方的な約束と褒美を押し付け、足下から溢れる黒紫色の闇と触手に体を絡められながら。
終わりを破壊する者……『終焉の破壊』と呼んで消えた。やっとの思いで立ち上がる貴紀はまた、脳裏を刺激する痛みに襲われた後――
「此処は……何処だ? 確か、自分は……」
辺りを見渡し、知っていた筈の場所を見知らぬ場所だと発言。最後に覚えている記憶を思い返そうと目を閉じ、思い出した内容を声に出してみる。
「無月終焉や四天王と決着をつけ、調律者達を追ってオルタナティブメモリーへ跳び、罠に掛かって……其処から記憶が」
発言から記憶喪失――と言う訳ではない様だが、全体的に変な発言がある。終焉や四天王と決着をつけた、調律者達、オルタナティブメモリーへ跳んだ。
「漸ク目ガ覚メタカ。相変ワラズノ寝坊助ダナ」
「うおぉぉ~い、宿主様あぁ! 良かった、記憶が戻って良かったよおぉぉ~!!」
「ゼロ、喧しい。ルシファー、状況の報告を頼む」
「ウム。ドウヤラ……何時モ通リダ」
学生服の内側から紫と青色をした、握り拳位の光球が飛び出して来た。記憶が戻った事へ五月蝿くも喜んで周囲を飛び回る青い光をゼロと呼び叱り。
寝坊助だと優しくも叱ってくれる紫の光をルシファーと呼び、状況を知ろうと訊けば堂々と……何時も通り発言。いやいや、それだけでは判らないんじゃ?
そう思いきや……「あぁ、なんだ。何時も通りか」と理解してしまう。しかし此処が何処かは判らない為、やはり詳しい説明は欲しかった。
「すまないが、詳しい説明を頼む。能力が全て使えん、体も思い通りに動かんのがなぁ」
「デハ改メテ。何時モナガラ此処ハ別次元ダ。ガ……」
「紅い光が宿主様を迎えに来る前に、問題を引き起こした次元らしい。後千三十年位で滅びるそうだ」
「他ニモダナ」
握り拳を作っては開き、夜も深まろうと言う時間帯にラジオ体操を始めつつ、自身の周囲を飛び回る二人の会話に耳を傾ける。
能力が使えない理解を、この世界では別のカテゴリー枠に当て嵌められているからではないか? 原初の紅い光と闇が引き起こした戦い、次元遭難者の存在。
記憶が目覚める前、自身が何をしていたか。どう言う状態・状況だったかを詳しく話してくれた。理解出来た反面、理解出来ぬ疑問点も見付かったが。
「自分達が知る家族や知人のそっくりさん達に魔神王……全く。何処に言っても、そう言う輩は居るのな」
「恐らくだが、この世界で全ての決着がつけれるかも知れんぜ?」
「ダナ。デナキャ、マタ『次元穴』ガ空イテ別次元ヘ跳バサレ、同ジ事ガ起キネン」
見知った顔触れが存在する、パラレルワールド的な世界かも知れないと理解しつつも、何処へ言っても存在する世界征服やら、世界滅亡を望む連中に呆れ果てる。
されどこの世界へ来ているのは自身達だけではなく、倒した筈の四天王の二人や青白い光線を撃つ存在も居た。もしかしたら、他の連中も此処へ来ているかも。
次元を飛び越え逃げ回る連中を追い、罠に嵌められ『次元穴』へ落とされたとは言え、辿り着いたこの地で決着をつけなければ、また同じ事が繰り返されるだろうと助言。
「宿主様のチェック完了。って、うへぇ~……身体能力値が中学生レベルに落ちてやがる」
「現在使用可能アビリティ。戦闘系三ツ、料理系一ツ。少シ待テ」
自身能力値を嘆く辺り、元々は今より年上かつ身体能力も高かったのだろう。ルシファーは自らを光の文字へと変化させ、判明した能力を文字で見せる。
貴紀が文字を読んでいる最中「って言うか、宿主様のチェックは霊華の役目だろ!」と叫べば「此処ニ居ナイ者ヲ当テニスルナ。多分、何処カニ居ルハズダ」
役割を愚痴るも軽く言い返され、文字に書かれた使用可能な能力は……積年の努力Lv6、火事場の馬鹿力Lv4、直感Lv5、料理好きLv4だけ。
「レベルに関しては、その手を繰り返す事でアップするみたいだぜ」
「マ、何ハトモアレ。記憶ガ戻ル前ノ話シ方、行動ヤ世界情勢ヲ説明スルゾ」
「あぁ。変に勘ぐられても困るし、次元遭難者も探さんとな」
スキルのレベルアップ方法、今後の行動方針を決め。此方だと先導する二人の後を歩いてついて行き、教会へと戻れば――出迎えてくれた水葉に驚き。
もう一度話を聞けば自身の知る水葉本人だと言う事実に驚き、事情を話せば相手も大きくなった男の子に感極まり、夜遅くまで話を楽しんだ。




