愛情・前編
『前回のあらすじ』
無垢なる道化と戦った後に貴紀は意識を取り戻し、海賊船の船員達と店や密林の片付けに勤しむ。
夜、クルー達へ料理を振る舞う最中。なんと別の年代で遭遇したナイトメアゼノ・ハザードの襲来に悪戦苦闘。
そんな折りに四天王・マジックが現れ、ギブアンドテイクを貴紀に持ち掛け、二人でハザードを撃退する。
船内を探索しつつ、残っている食材やら酒などを全部かき集めて店に戻ると……リビングの椅子に行儀良く座り。
自分の帰りを静かに待っているマジックを発見。一度台所へ荷物を置きに行き、エプロンとバンダナを付けてリビングへ戻る。
「本日は何をご所望でしょうか。当店は可能な限り、お客様のリクエストにお応えしております」
執事と飲食店、バーでのバイト経験を生かし、先ずは礼儀正しくお辞儀をしてから注文を伺う。
「ふふっ。そうねぇ、なら煮魚とオススメを頼もうかしら?」
「畏まりました。では、十五分程お待ちください」
リクエストは煮魚とオススメ。白米は船員達に振る舞っていた分がある為、そちらは問題ない。
けど……煮魚と言えば冷まして魚に味を染み込ませる料理で、普通に作れば染みるまで何時間も必要。
でもまあ、裏技を使えば必要時間は大幅に短縮可能。後は──何時も通り、作りながら考えるか。
「あら。丁度十五分ピッタリに完成したのね」
「お待たせ致しました。青魚の煮付けと、シェフのオススメでございます」
テーブルに一つずつ置いて行く料理と箸。味見と毒味はしたものの、誰かに食べさせるとか。
久方ぶり過ぎて全く自信がない。スキル・料理好きは『料理上手』ではなく、料理好きと言うだけ。
しかも相手は不死の魔女。十中八九、舌は肥えているだろう。箸で身をほぐし、口へ運ぶのを見る。
不味いと言われないだろうか。内心、それを気にしてしまう。本当、情けない話だ。全く……
「……うん。煮込み過ぎによる身の崩壊も無く、短時間なのに魚臭さもキチンと抜けて、味付けも十分。裏技も良く出来てる」
一口で水葉姉から教わった裏技まで見抜くか。大抵は美味しい程度の感想なのに。
余程気に入ってくれたのか、一緒に出したシャンパングラスへ入ったカクテルを飲み、食べている途中。此方へ振り向き──
「今出来る最高のおもてなしを、って訳かしら? ミモザを選んだ理由は」
「そりゃあ、ね。料理を他人に振る舞う以上、出来る限り最高のおもてなしはしたいじゃない?」
「変わらないわね。その自分自身に決めたルールも」
シャンパングラスを片手に中身の黄色いカクテルを回し、顔に近付けて香りを堪能しつつ、話し掛けられた。
シャンパンとオレンジジュースを軽く混ぜ合わせた、この世で一番贅沢で美味しいオレンジジュースの名を、ミモザと言う。
マジックの問い掛けに自分で決めたルールを言うも、変わらないと言われた。誰にも言った試し、無いんだけどなぁ。
足早に台所へ戻り洗い物を済ませ、残ったご飯でお握りを作ってリビングへ向かうと、既に食べ終わっていた。
「ご馳走さま。予想以上の美味しさだったわ」
「そりゃどうも。何はともあれ、これで面倒な借りはチャラだ」
「借り貸しとは別に、デザートを所望するわ。貴方が此処で見聞きした出来事、包み隠さず教えてくれない?」
「随分とデカいデザートだな」
ご希望通りの料理を出して、ギブアンドテイクはチャラ。なんだけどな……
口頭で話すと長くなるデザートをご所望の様だ。でも『自らの計画の為』やら今回の件を考慮に入れ、話しても良いと判断。
マジックと額を合わせ、此処へ来てからの記憶共有を行い、終わりと共に離れると。
「……いいわ。デザートのお礼に、私の知る情報を教えてあげる。もし貴方に世界の真実と向き合う勇気があるのなら、付いて来なさい」
少し何か思い耽った後、唐突にそんなことを言い出した上、席を立ち山の方面へ向かって歩き出す。
自分を罠に嵌める──と言った様子は感じられず、直感も死ぬ未来は感じ取れない。それにマジックの言った言葉の意味も気になる為。
ラップで包んだお握り片手に先々進む彼女の後を追い掛け、案内された先へ歩いて行く。其処には真っ暗で先の見えない洞窟が一つ。
「っ……酷く穢れた魔力だな。此処に世界の真実が眠ってるのか?」
「えぇ。此処で遭遇した連中に深い関わりのある真実、理由の一旦も、ね」
スキル・スレイヤーを使ってもほぼ全く見えない。この真っ暗闇な洞窟、夜だから~と思ってたけど、そうじゃない。
魔力探知をしてみたら尋常じゃない程穢れた魔力で満たされていた。同時に、愛憎島で体験した幻聴として。
酷く憎む女の子達による怨み辛み、無邪気な男の子達からの誘い声を聴き、幻覚として視覚にも現れる。
「中に入るわよ」
「マジかぁ~。冷凍庫に薄着で入る位、肌寒く感じるんだけど」
彼女は幻覚や幻聴に襲われていないのか、全く変わらない様子で洞窟の中へと進んで行く。
悪寒と寒気に戸惑い、フォースガジェットを懐中電灯モードに切り替え、洞窟の中へ入る。
しかし奥を照らそうにも闇に光が呑まれ、足下程度しか照らせない。その上、洞窟内の通路は狭く。
平均男性が両手を広げた位で、もし戦闘になるなら、素手や短剣などで対応するしかないだろう。
「止まって。奥に着いたわ」
言われて歩む足を止め、辺り一帯を照らし『ソレ』を目にする内、思わず笑ってしまった。
「成る程……そりゃあ、こんだけも有れば幻覚や幻聴も見え聴こえしても当然だわ」
「えぇ。私もこう言うのには慣れてる。それでも、何度見ても胸糞悪さを感じて殺意すら沸くわね」
「これでもまだ、真実の一旦……とはな」
辺りを照らして見付けたモノ。それは──痩せ細った子供達で積み上げられた死体の山。
白骨化していない分、想像を絶する最後だったと容易に分かる。恐らく餓えと渇きに苦しみ抜き、死んだのだろう。
「でも変だな。スキルから殺し方を示しされるって」
「それはそうでしょうね。だってこの子達は『まだ生きている』んですもの」
「は? 生きて、る?」
パッと見で死体の山。と思ったものの、スキル・スレイヤーが殺し方を示したのを切っ掛けに。
倒れている子供の一人に近付き、口元に手を向けると──微かに呼吸をしている。
慌てて首元に手を当てると、弱々しい脈も測れた。マジックの言葉には驚きと疑問しか浮かばない。
「そう、彼らは生と死の狭間で夢を見続けながら生きてるの。そして『永久に友達と旅をする悪夢』を」
(メイトは友達、百代過客は永久に止まらず、歩き続ける旅人)
「おいおい、まさか……」
「そのまさか、よ。この男の子達こそ、ナイトメアゼノ・メイトの正体であり発生源」
続く言葉とアニマから聴いた言葉を頭の中で整理し、意味不明な漢字の意味を霊華に教えられ。
漸く理解した。確かに幾ら悪夢を払おうと、大元を倒さなければ絶えず悪夢は生まれ、被害者すら取り込んでねずみ算で数を増やす。
つまり──メイトを倒すには、この男の子達にトドメを刺せ……ってか。それでも五分五分の賭けだけどな。
「でも、誰がこんな惨いこと……をぉぉッ!?」
(何?! この、全く身に覚えのない記憶は)
同情の哀れみを向けた瞬間。突如酷い頭痛に襲われ、恐らく子供達全員の記憶が走馬灯の様に頭の中を走る。
「頭の中に浮かぶイメージは何? ゆっくりでもいいから、少しずつ答えなさい」
「此処で起きた、悪夢の、始まりとなる……一つの家族」
平和だった島に、一人の天才児が生まれた。両親は頭の賢く可愛い愛娘に大層喜び。
瞬く間に近所の話題になった。そこまではいい、けれど、問題はその後。噂は他の離れ島にまで届いて行き──
悪夢の種を生んだ。平凡な毎日、優しくも厳しい大人達の愛情は嫉妬を生み、次第に『愛憎』へと形を変え。
何故あの子のように出来ないのか? 負けて悔しくないのか? 次第に大人達は子供を使って他人にマウントを取り始めた。
「それは愛情、では無くッ……愛憎。親として勝たせたい愛と、負けた子供に対する憎しみの連鎖……」
(言われたことを出来ず、ご飯を抜かれ続け、子供達は痩せ細り。今も、餓え続けている)
「子供の為に向けていた愛情も憎しみを得て愛憎へ変わり果て、子供達の未来を奪った……か」
子供達の記憶を観ている内、自然と込み上げてくる感情。可哀想と言う同情の哀れみとは別の。
そう、例えるなら優しく掬い上げた上で見守りたくなる不思議な気持ちで、心が満たされて行く程に頬を伝う涙。
助けてあげたい、満足するまでお腹一杯ご飯を食べさせてあげたい。そんな当たり前な感情を、改めて思い出す。
「そうか。まだ、あるんだな?」
男の子達にフロア中央を指差して教えられ、手探りで擦ると指を入れられる窪みを発見。
重く分厚い蓋をひっくり返し、現れた地下へ続く階段を降る。其処は上と違い──誰も居ない。
天井は思ったより低く、自分の胸元程度。照らしてみると天井を含めた壁一面を埋め尽くす程、赤い文字で怨み辛みを書かれていた。
「この臭い。融合獣の核、ノイエ・ヘァツか」
「成る程。貴方が出会った融合海獣は、此処へ閉じ込められていた少女達の様ね」
(愛憎を受けて育った子供達を素材に……)
微かに残る異様に臭い魔力の臭い。光闇大戦だか戦争だかで大元も含め、全部倒したと思ったのに。
四天王も復活してるし、こうなると過去の因縁を持つ連中全員、完全に倒し切らなきゃならんな。
もう必要な情報は無さそうだ。降りて来た階段を登り、横たわる男の子達へお握りを一つ供える。
「すまんな。こんなお握り一つじゃ、食べ盛りの君達には物足りないだろ。でも、安心しろ」
(けど、安心なさい)
「(悪夢から覚めたら、みんなにご飯をお腹一杯食べさせてあげるから)」
聴こえているか否かすら分かないにも関わらず、自分と母さん、二人揃って子供達と約束を結ぶ。
甘っチョロいやら無責任な、とか言われるだろう。けど無理に無駄に大人ぶって、恥を隠す為にプライドを張っても格好悪いだけ。
それなら青臭くガキ扱いされても言いたいこと、やりたいことを言える、出来る方が断然良い。
「さて、此処で行う私の役目も終わりね」
そんな声を聴き振り向くと、マジックの姿は消えていた。十中八九、テレポートで帰ったのだろう。
自分達も洞窟から出ようとした瞬間。突如地震……かどうかは不明だけど、激しく揺れ始めた為。
慌てて洞窟から全速力で抜け出す時、誰かに背中を思いっきり突き飛ばされ、盛大に転げつつ洞窟の外へ。
(見て。あの子達……)
「もう、魔力すら感じ取れない」
切断された木に背中からぶつかり、漸く止まり言われた通り洞窟へ目を向けると。
崩落したらしく、出入り口は埋まってもう入れない。恐らく内部も同じ状態で、こう言いたくは無いけれど、子供達は……
「貴紀が渡したお握りのお返し。のつもりだったんだろうな」
最悪な予想などしか思い浮かばない自分達の耳に、大切な家族の声を聴き横を向く。
其処には鋭い目付きで黒い長髪、自分達より高い身長の他、青いジーンズとジージャンが印象的なルシファーが其処に居た。
「此処墓場島や愛憎島、その他の集落や里を調査していて遅くなった」
「良かったぁ、ルシファーが無事で」
「貴紀は無事、ではないな。説明は記憶共有で済ませる故、今は休ませてくれ」
単独調査を行っていたらしく、その為に母さんと別行動してたそうな。
此方も情報交換はしたいので、紫色の光球となったルシファーを胸の中へと迎え入れ、店へ走って戻る。




