愛と正義の名のもとに
『前回のあらすじ』
改修などの完了したスーツや新装備を受け取り、今度は寧や手伝ってくれると言うトワイを連れて海へ出る中。
貴紀は不思議とリアリティーのある夢を見、うなされつつも愛に起こされ、異常を察知して甲板へ。
其処では謎の幽霊船に遭遇。トリックと三騎士・ミミツが現れ、挨拶を済ませ別れた後。船はゲミュートに連れられ、目的地の島へ……
午前九時。陽も昇り時刻的に住人も活動してそうな時間帯に、目的地である島へ上陸を果たした自分達、計三名──
「って、ちょっと待てや。パイソンは来ないのかよ!」
「アホたれ。俺様は何度もこの島に上陸した結果、上陸禁止と罰の魔法を受けちまったんだよ」
上陸直後、人数の少なさに気付き慌てて振り向いて話し掛けるも、なんと言うか会社や学校へ行きたくない奴の言う仮病か!
と思う内容を言われ、思わず同行してくれる愛へ振り向くと短く二度頷いた。これは嘘偽りの無い発言だ、の合図。
仕方なく留守を任せ、念の為「自分の家族に手を出したら……」と言う言葉の後に、親指で首を切るジェスチャーを笑顔で行う。
「マジか」
「本気と書いてマジと読む位には、な──!?」
何気ない会話。そう、ありふれた何気ない会話。なのに何故かスキル・スレイヤーは、妙な違和感を感じ取っていた。
日常じゃあり得ない異臭を嗅覚が。視覚も何処か、砂嵐かノイズでも混じった景色に。
聴覚すら無数の小さな何かを、懸命に聞き取ろうとしている始末。気味が悪い……この島は、吐き気を催す何かを孕んでいる。
「どうした?」
「……いや。少し気分を悪くしたみたいだ。散歩序でに調査でもすれば、良くなるだろうさ」
「そうか。──」
そう──何気ない会話、在り来たりな対応。スキンシップも含めて左肩を軽く叩かれた。
ただそれだけなのに……一瞬、パイソンや船員達が幽霊船で見た骸骨に見え、言葉も「無理はするなよ」では無く。
犠牲者を増やそうとする死霊同様に、「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」と言う呟きに聞こえる。
「あ、あぁ……行ってくる」
おかしい、何か変だ。まるで『特別な終焉の地』へ呑み込まれた様な……
身も心も、魂さえも包み込む怨念と言う底無し沼に自ら足を突っ込み、様々な負の感情に襲われている感覚だ。
この気持ち悪さ、息苦しさから逃げようと話を切り上げ、愛とトワイを連れて島の探索へ挑む。
『酷い島ですね』
港……と呼べる立派な物は無い為、岩の積み重なった道を登って行く中。
トワイも違和感を感じ取っていた様子で、スケッチブックに書いた文字を通して話し掛けて来る。
正直、此処に長期間居たら間違いなく狂ってしまう。可能な限り協力者と接触し、離れたい気持ちで一杯だ。
「あぁ。鬼神両面宿儺とコトリバコ、エルフの森を思い出させる酷い感覚だ……」
「過去に戦った結合双生児の童じゃな」
「幽霊だの何だのと怖く思うけど。やっぱり一番怖いのは、生きてる人間だよなぁ」
人は闇を恐れ、人工的な光で畏怖する闇を照らして生きている。けれど、その闇を産み出すのもまた人間。
コトリバコも、呪いも、異形も──結局は勝手に人間が生み出し、手に余ると畏怖し、処分に数百、数千年と浪費する。
「時の流れとは残酷なもの。どれだけ私達、過去の人達が沢山のモノを残しても、今の人達には本当の意味すら届かない」
「サクヤ……待ってくれ!」
岩地を登る最中、また自分の前に姿を見せてくれたサクヤ。彼女を追い掛け、駆け足で登り続ける。
「愛は歪み、友情は腐り、真実は闇の中へ」
「待ってくれ、サクヤ。君は、君は一体何を知っているんだ!?」
「真の勇気を胸に本当の愛情を知り、揺るぎない友情を育み、闇に潜む真実を視て」
幽霊の様に浮遊して、決して引き離さない程度の速度で後退して行くサクヤを追い掛け。
自分は小さな足場を掴み、踏み締めて登る。本当の愛情って? 揺るぎない友情、闇に潜む真実って何さ?!
必死に追い掛ける中。左手で掴んだ石は簡単に外れ、真っ逆さまに落ちる──寸前、ゼロが別の足場を掴んでくれていた。
よじ登り、また駆け足で登り切ると……不意打ち気味に差し込む太陽の光で前が見えず、足止めを食らう。
「貴方には立派な勇気と、人として大切なモノがある。それはとても大きな力になる。だから、それを忘れないで」
「サクヤ……!?」
その声を最後にサクヤはまた消え──眩い太陽光も昇り、左手の甲に熱い違和感を感じ見てみると。
太陽を象った緋色の紋章があった。けど、直ぐに消えてしまった。何だったんだろう?
「ぬし様。幾らなんでも先行し過ぎじゃぞ!?」
「ごめん。少し、急ぎ過ぎてたみたいだ」
肩をグイッと掴まれ、我に返り愛の居る背後へ振り向く。
紋章やサクヤも何気無く見た白昼夢、もしくは……幻だったんだろうか。
「何はともあれ、裏側からの侵入は成功じゃな」
気付けば既に崖側登山は終わっており、正面を振り向けば、何の変哲もない村が視界に映る。
自分達は村には近付かず、遠くから双眼鏡、単眼鏡を手に村を覗く。
『平和な村ですね』
「遠目からのパッと見は、な」
「問題は中身、か」
家畜を育て、生計を立てる大人達と遊び回る子供達。
売店らしき木造建物から出て来る大人達は、布製バッグを片手に何処か嬉しそうな様子。
何もおかしな点は見当たらない。何処にでもありふれた村に見える。けれどそれは、外見上の表記を信じて疑わぬ行為らしい。
「行くぞ、ぬし様。此処で待っていても時間の無駄じゃ」
『そうですね。協力者も現れない様ですし』
遠くからの観察は終了。話に聞く協力者も現れぬ為、直接乗り込む様だ。
ふと愛の顔へ目を向けると真剣な顔付き、頭にある獣耳も小刻みにピクピクと動いている。
村へ足を踏み入れる。すると村人達は一斉に此方へ振り向き、誰か視認した後、また日常へ戻って行く。
「ま──」
「ぬし様よ。此処では名前を出されるな」
村人達に妙な違和感を感じ、意見を貰おうと呼び掛けるも、名前を呼び切る前に止められた。
どうやら此処では、名前を呼ぶのは禁句っぽい。何故禁句なのか……までは現状じゃ分からないけど。
取り敢えず忠告を素直に受けよう。村の中を歩くも、何やら歓迎してくれる雰囲気では無さそうだ。
『何やら一ヶ所に集まり始めましたね』
「馬鹿と煙りは高い所へ云々と言うが、馬鹿程目立つ阿呆はおらんな」
「じゃあ、あの人だかりの中心に?」
此方をジロジロ見ていた村人達は視線をそらし、人だかりへ向いて行く。
愚痴混じりな言葉に聞き返すと、頷き返された。協力者とやらは、あの人だかりに居るらしく。扇状に並ぶ最後尾から声だけでも……
と近付いてみる。良し、何故か分からないけれど村人達はみんな土下座を始めた為、奥の少女が見えるぞ。
「み~んな~!! 行っくよ~!」
「──ッ!! 伏せろ、二人共!」
声の後に遅れて、初めて感知した。村へ空と陸から迫る余りにも多い黒い魔性の群れに。
同時に少女の掲げる、在り来たりな羽の付いた魔法のステッキに集う強大な魔力。
棒立ちした結果、首を切断され死ぬ未来を視た自分は二人の頭を押さえ、身を屈める。次の瞬間──
「愛と正義の名のもとに。魔法少女パンドラ、参・上!」
魔法のステッキから放たれた波動にも似た魔力は拡散し、刃となって村へ迫る黒い魔性を全て殲滅。
魔性達の断末魔も消え、終わったと思われた頃を見計らい、全員顔を上げて魔法少女を見る。
「怪我をしてる人や困ってる人は居ないかな? 居るなら手を上げてね~」
起き上がると、自らをパンドラと言った少女に集う村人達。彼女に何を頼んでいるのかは知らん。
しかし……パンドラ。確かプロメテウスが人々に火を与えた後、神々に人類の災いとして作られたギリシャ神話に登場する。
人類初の女に与えられた名前。パンは『全てのもの』を、パンドーラーは『全ての贈り物』を意味したっけ。
そして──人類の悪と災厄を詰め込んだ箱を開けた張本人。本当、神々は毎度毎度要らん事をするよ。
「変じゃな。匂いは限りなく近いのに、容姿や性別も全く異なっておる」
『お姉様か妹様、と言う訳ではないのですか?』
「うむ。奴に姉や妹はおらぬ。それは確認済みじゃ」
魔法少女。と可愛らしく呼ぶには名前の元ネタも含めて、そう呼べない心境に眉をひそめていたら。
どうやら協力者とは彼女では無いらしい。曰く男性で服装も目立たず、職業も錬金術師……
になりたくて、日々勉強・採取・実験を繰り返す、天涯孤独の眼鏡を掛けた優男との事。
「其処にいる旅人のあなた達!」
「「──!?」」
話し合いをしていた矢先。何故かパンドラに呼ばれ、顔を向けると……村人達に何を吹き込まれたのか。
此方へ物騒極まりない魔法のステッキを向けて睨むパンドラ。直感曰く、面倒臭い事になる……と。
「何でしょうか? 我々は此処へ来たばかり、何も知らず、怪しまれる事などはしておりません」
戦闘や余計な面倒事は避けるべく、先ずは物腰低く下手に出て、相手の様子を見る。
出方次第では戦略的撤退や、最低限の戦闘も視野に入れるべきだ。少なくともローブで顔と体は隠れている為、恋月を手にする。
「特に男性の貴方。魔性っぽく似た強い魔力を感じる。その危険な魔力、取り除いてあげる!」
『どうしますか?』
どうするも何も。彼女の言う魔性に似た魔力とは十中八九、右腕に擬態しているゼロの事だろう。
取り除けるか否か云々よりも、ゼロは大切な家族だ。失う訳にはいかん。此処は上手く戦闘に持ち込んで、村から離れるべきだ。
「ッ……」
「魔力とは主に魔物や魔族の力。それを持ち続けると言うのは、魔性に堕ちると同じ意味なんだよ!?」
『成る程』
真っ正面から堂々と迫って来る魔法少女。ジリジリと後ろへ後退する自分達。
確かに彼女の言う通りだが……補足すべき点も幾つかある。それを話す前に、内心言いたい事もある。
トワイ、真顔でスケッチブックに成る程。じゃねぇんだよ!! それはボケなのか素かどっちだ!
『しかしそれは、パンドラ様にも同様の事が言えるのではありませんか?』
「確かにのぅ。深淵を覗く時、深淵もまた汝を覗く。と言う言葉もある」
うおっ。言いたくても言い出せなかった、ある意味挑発的なのを、二人して言い切った!?
そりゃまあ、パンドラの発言通りなら彼女自身も同じだ。その上、中二病を知る者の言葉で煽りおる……女って怖っ。
「僕は大丈夫……このステッキを介して!! 愛と正義の名のもとに、魔法を使うんだから!」
俯いて呟いた。かと思いきや、魔法のステッキを掲げて此方へ向け、金色の魔法弾を連射して来た。
されど戦闘経験は嫌と言う程積んでいる為、大体の軌道を読んで各々避け、向き直す。
恐らく本気で来るだろう。今後の戦闘も考えて、データ収集も含めローブの中で変身動作を取り──
「変身」
そう小声で呟き。変身するタイミングでローブを派手に、振り回すように脱ぎ捨て。
素顔を見られない間に変身は完了。後は上手く撤退する為、相手を利用するだけ。
『ドキュメント・無限郷。ファイルNo.2』
オメガゼロ計画は作品の舞台となる惑星の誕生より遥か大昔から存在し。
当時のアダムとそれを引き継いだ貴紀やイヴは初期型故の『量産に向かない試作原案』の第一世代に該当する。
無限郷で戦っていた時代、即ち平成時代に敵側組織・終焉の闇が当時の研究者を仲間に引き入れ、漸くコストを軽減した量産型の第二から第四世代が誕生。
当時に生産された複数の量産型や未来寧は第四世代に該当。
その為か古い歴史を知る敵勢力には出来損ない、骨董品、失敗作など不名誉な呼び方をされたりする。
確かに『量産型』としては出来損ない・失敗作に該当し、オメガゼロ化手術の安全性や能力の安定性を求めた後期型よりはピーキーな性能を持つ。
紫音真紀は唯一の第五世代。第何世代型アダムの骨を使ったか、人を辞める対価として何の能力を得たかも──正確には不明。




