意図せぬ再会
『前回のあらすじ』
目が覚めると其処は、海賊船の個室。船長のパイソン曰く、乗ったのは貴紀と紫音真紀の二人だけ。
とある海域に突入した途端、船は攻撃を受けて貴紀とパイソンは甲板へ出る。そこで襲撃者・人魚のムピテから取り引きを持ち掛けられ。
条件と報酬の上乗せを伝えるも、彼女達の王へ直接許可を貰う条件を提出される。
「このバブルラッパを吹きますわ。だから早く降りて来なさい!」
荒れる海面から上半身を出し、錆びたラッパを片手に此方を呼ぶけれど、今の自分は全く泳げない。
寧ろ好んで風呂や足の着く水辺以外に近付こうとも思わない。理由としては何故か、溺れるイメージが強く焼き付いている為。
光闇戦争時代は普通に泳げてたのにな。半信半疑、ムピテを信頼し切れず降りれないでいた時。
「こりゃあ、直撃コースだな。甲板に出てる野郎共は全員船内へ戻れ、津波だ!」
「……えっ、津波──ッ!?」
パイソンの注意を聞き取って理解した時は既に遅く、他の船員達は船内へ避難済み。
無様にも甲板を洗い流そうとする波に呑み込まれ、海中へと引きずり込まれてしまった。分かる事と言えば。
耳や鼻、口へ一斉に海水が入ってくる感覚と、海底へ落ちて行く自分の体。泳ごうにも手足は動かず、まるで石像にでもなった気分。
幾ら強くても、油断すればこの有り様。重い目蓋を無理矢理開くと、此方へ泳いでくる人影が見えて──
「はぁ、はぁ……大、丈夫?」
「マキ、なんで、こんな危険な事を……」
此方の手を掴み、直ぐ隣でムピテがバブルラッパを吹き作ったであろう、大きなシャボン玉へと運んでくれた。
不思議なモノで入るのは容易く、内部からシャボンへ凭れても外へ出る事はない。水は弾くようで、海水は侵入出来ないっぽい。
心配する言葉に思わず、船内へ避難していたであろうマキへ話し掛けると。
「なんで、って。君は何度もこんな行動をして、私達を助けてくれてるじゃん」
「いや、それは──」
全身ずぶ濡れ、白衣の中に着ている服はスケスケで寒いはずなのに、君はそう言って可愛らしく笑う。
屈託の無い笑顔を見せる君を愛おしく想い、肩を抱き寄せて綺麗な金髪を繰り返し優しく撫でる。
そりゃあ大切な家族を救う為なら、心の底から幾らでも力は溢れ出すし、何度でも危険へ飛び込む勇気も湧き出すってなもんさ。
そう言いたいけれど、気恥ずかしくって、相も変わらず条件反射的に口ごもってしまう。
「はいはい。さっさと里へ向かいますわよ」
「スマナイ。改めて道案内を──じゃないな。貴女達の里へと案内して欲しい」
「あら。貴方はあの海賊と違って礼儀正しく、言葉もちゃんと選びますのね」
そんなやり取りの最中。大きめの拍手に気付くと、ムピテは大層不服そうな目で此方を視ている為。
無視してしまった事へ頭を下げて謝罪し、改めて里へ案内して欲しいと言うと。
機嫌を良くしたらしく、自分達の後ろへと回り込んではシャボン玉を押しつつ、パイソンと自分の言葉遣いの違いを話す。
「嫌い、なの? パイソンさんの事」
「えぇ。オーラや才能も、ワタクシに全く釣り合っていませんもの。そもそも……」
運んで貰っている最中。マキは甲板でのやり取りを聞いていたようで、浮かんだ疑問を率直に訊いた。
すると声からも余程嫌っている雰囲気を感じ取れた。けれどオーラや才能、釣り合うと言う言葉にふと疑問を感じ。
続く形で訊くと……曰くムピテに釣り合う宝石のようなオーラ。輝かしき才能を持つ者じゃないと、彼女のダーリンでは無いらしい。
「理想を高く掲げるのは良いけどさ。ある程度妥協しないと……相手に嫌われるし、結婚出来ないぞ?」
「助言は有り難く頂きますわ。けれどワタクシ、妥協する気なんてこれっぽっちもありませんの」
「でも……そんな人、いるのかどうか──わわっ!?」
知っていた、分かっていた。幾ら助言を言おうと、所詮は他人の言葉。
本人の決める判断材料、その一つに過ぎない。恋は盲目と言う言葉はあるけれど、これは筋金入りかねぇ。
そもそも、求める条件を満たした相手が現れたとしてもだ。その相手に気に入られるかは別だしな。
そうこう思っていたら突然発生した渦に呑まれ、みんな揃って海底へと引きずり込まれて行く。
「あれは──ッ!!」
海底を目視で視認出来る距離まで引き込まれる中、白銀のパワードスーツを装着した謎の人物を発見。
此方へ向けて掲げる右手には渦を発生させる一つの黒い球体。もしかして……いや、それは無い。あり得ない。
となれば、R計画によって生み出された人造オメガゼロだろう。事前に生成したのか、里をまるごと包むシャボン玉へマキを抱えて飛び込む。
「魔神王軍改め、レヴェリーの連中。じゃ、なさそうだな」
「久しいな。我はアルファ。調律者様達に仕える最強の矛であり、盾となる者」
「貴紀君……」
レヴェリーの連中かと思ったけど、アイツらはパワードスーツなんて使わない。
鍛え上げた己の体と力で攻める連中だ。となれば~、なんて思っていたら相手から名乗ってくれたのは助かる。
にしても……調律者達の右腕的立ち位置な奴とは。心配するマキと興味本意で前へ出そうなムピテを後ろへ下げる為。
右手を二人の前へ伸ばし、出ないように行動で伝え、一歩前へ出る。
「それはそれは、こんな海底までご苦労なこって。で、どんな指示を受けて此処へ?」
「語る必要は無い。調律者様の計画を妨げる貴様には」
顔はフルフェイスタイプで見えず、話してる限りでは声は男性っぽい。ボイスチェンジャーを使って無きゃあな。
言動を視ても冷静沈着、相変わらず機械兵かと思える程だ。左手に何か持ってるな。
アレは……脈動する生々しい赤い部位、を入れた試験管のようだ。色合いと不気味さから~メイトの一部じゃないか?
もしそうなら奴ら、ナイトメアゼノシリーズを研究する気と見て良さそうだ。その為のサンプル回収かも。
「そりゃあ、妨げたくもなるさ。完璧な世界に作り替えるとか言い、有言実行するアイツらは特にな」
「個人に適した役割を与え、決められた物事をこなし生きる。辛い体験は一切無く、誰も傷付けず犯罪も無い」
「そんな完璧で素晴らしい世界の何を嫌う。ってか? そんなモン、地獄と何一つ変わらん」
「やはり貴様には理解不可能、か」
調律者姉妹の計画を阻止する理由は一つ。個人的に地獄を作ろうとしている、と認識したからだ。
完璧主義者は世界広し居るものの、世界中がそうだとは思わん。望まない者に押し付ける行為は善意だとしても。
受け取る立場次第では悪であり、余計なお世話。そもそも、自由の無い世界じゃ夢もへったくれもない。
「まあいい。任務は達成した、余計な行動は不要。退却する」
「三つの計画を抱えてそうなのは調律者姉妹、か。厄介な事になったなぁ、こりゃあ」
受けた任務を終えたらしく、一度の跳躍で里を覆うシャボン玉から抜け出すのは、流石としか言えん。
面倒な事になった。肩を落としマキの方へ向き直ると──スマホでさっきの一部始終や周囲を撮っていた様子。
自分も里の民家らしき物を見ると、沈没船や豆腐建築の民家を幾つも見付ける。沈没した大陸の物、だろうか?
(何やら騒々しいと思ったら。久し振りね、オメガゼロ・エックス)
「ッ、この念波……アンタか。相も変わらず惰眠を貪ってんだな。となると、アンコウ野郎もいるのか?」
(居ませんよ。あのゾンビ製造野郎なんて)
意図せぬ再会、とでも言うのかね。こう言うのって。アルファやコイツと再び出会うハメになるとは。
「貴紀君、この声は誰?」
「起きても寝てても迷惑な知り合い。直視すれば精神異常を引き起こす寝坊助」
トリスティス大陸は偶然と思ってたけど、此処でも遭遇するってなると、やっぱり運命なのかなぁ。
念を飛ばして話してくる声の主は──クトゥルフ。知り合った時期は光闇大戦、丁度序盤の終わり頃だったと思う。
(話はムピテやあのお方より聞きいています。許可しましょう、その代わり)
「ナイトメアゼノシリーズなら、リベンジついでに攻略する予定だぞ」
(いえ。以前貰った百合やら薔薇の本を頂きたいな~と思いまして)
「相変わらずバイセクシャルな性癖してんな。そりゃまあ、アンタに性別なんか無いんだろうけどさ」
許可はアッサリと貰えた。まあ、見返りの品に関しては~……副王に話すしかないな。
と言いますかなんと言うか。対価にレズやらBL本を求めるのは、コイツら位じゃなかろうか?
「と、言う訳だ。ムピテ」
「……分かりましたわ。それで、先ずはどうしますの?」
「パイソンと情報交換する為に合流だな」
言われた通り、許可は貰った。問題はまだまだ山積みだからな。此処から少しでも切り崩さなくては。
その為にも、合流して海上集落・クーラへ向かわないと。そう話すとムピテは何も話さず、頷いて答えた。
(ところで──最近、変な夢をよく見るんだけど、何か知らない?)
「ナイトメアゼノシリーズが関係してるんじゃないかねぇ」
さっさと動こうとした矢先、変な夢を見ると言われてもどうにも出来ないので、ただ予想を伝える。
どうやら男の子が変身したら女の子になった夢らしい。どう言う夢さ、それ……と呆れつつ。
再度ムピテにシャボン玉を作って貰い、自分達は中へ入り外から運んで貰う。生憎、ヒレもエラも無い身でね。




