求める者
『前回のあらすじ』
自責の念に苦しみながら密林を走るも何かに躓いて転けてしまい、追い打ちとばかり降る大雨に嫌気が差し眠ってしまう。
すると何故か意識だけは転移前の七千三十二年、ヴォール王国の城内へ飛んでおり。
増援として先行したゼロ、指示を受け遅れてトワイ・ゼクス、タイミングを見計らい霊華とルシファーの四人がゲートへと飛び込んだ。
目を覚ます、意識が戻る。夢だか現だか分からない状態から、透けていない自分の腕や体を見て確実に目覚めたと認識する。
寝転んだまま視線を周囲に向ける。辺り一面濃い色をした木製の部屋だ。つまり倒れた後、誰かに運ばれたと認識すべき……か。
そんな時。扉の開く音と共に入って来たのは──
「よう。目ェ覚めた見てぇだな」
「……パイソン? って事は今は船の中で、移動中って訳か」
「ハッハッハ! 御名答。やっぱ俺様の予想通り、なかなか良い勘をしてやがるぜ」
スカルスネーク海賊団の船長、パイソン=キク本人。船の中でもバンダナは外しておらず、服装も海賊船の船長って感じ。
こう言う時、自分自身の語彙力の無さを恨めしく思う。それはさておき、笑い声は初対面の時同様にでけぇなぁ……
一通り笑い終えると、近くの机に水の入ったコップを置いてくれた。
「坊主。若い見た目の癖して、相当な苦労や責任を背負ってんだろ?」
「苦労やら責任なんざ。生きてる限り嫌でも纏わり付いてくるわい」
机の側にある丸椅子に座り、当たり前な事を訊ねて来たので、至極当然な言葉を返してやったら。
分かってんじゃねぇか。とでも言いたげにニヤリと笑い「そりゃそうだ」と言った。正直、何を伝えたいのか理解に苦しんでいると──
「悪いが、体を視させてもらった」
「──!?」
「胸・背中・脚の衣服で隠し易い部分は傷だらけ、魔力回路もボロボロ。左腕にある五本の紅い線、コイツは……」
「遠回しな言い方じゃなく、単刀直入に言えばどうよ」
確かずぶ濡れだったから、着替えさせる為に見てしまった。と言うのは理解出来るし、不可抗力だと認識するさ。
けど、そうやって傷口とかに触れる発言をするって事は……何かしら聞きたい内容があるって話だろう。
「後悔は……ないのか?」
「無い。と言えば嘘になるし、有ると言っても自分一人でやり遂げれる気はしないな」
真面目な顔して投げ掛けられた言葉はただ一つ。後悔はしていないのか? って質問だけ。
変にアレヤコレヤと言っても回りくどいし。単刀直入馬鹿正直に本音を言ってやった。
後悔や感情ってのは、生きてりゃ嫌でもくっ付いてくる呪いだ。命有る為に死を恐れ、少しでも遠ざけようとするのが生命体の性や業。
死にたいと叫ぶ者や生きて欲しいと発言する相手も、エゴやら欲望を通して言っている訳だからな。勿論自分自身も含めて、な。
「それより、自分の仲間達は?」
「同行するのは紫音真紀って娘一人だな。残り二人は残ってやる事があるってよ」
「そっか……」
「そう暗い顔すんな。どの道、あの島には何度も戻る羽目になるんだからよ」
話している内に仲間達の存在を思い出し、訊いてみるも同行者は三人中一人。
全員付いて来てくれると、心の何処かで確信していたんだろう。たった一人と聞いてパイソンに心配される程、相当落ち込んだらしい。
それは慢心にも似た信頼──だと思う。言い訳っぽくて傲慢な理由だけど、護り切る気だったとか。いや、求めていたんだ。
曰く、何度も戻る羽目になる。その意味を全く理解出来ず、首を傾げた次の瞬間、強い振動と共に船が大きく揺れ動く。
「チッ、もうそんな海域に到達したか。おい坊主、戦えるか!?」
船長の発言から襲われる海域、安全な海域と分かれているんだと直感的に理解し、共に戦えるか求める声に頷く。
準備を済ませたら甲板に上がって来い。そう言うと先に走って行く背中を見送り、手持ちの装備や服装を確認し終わってから自分も甲板へ向かう。
「とぉぉりかぁじ一杯!! 野郎共、魔法攻撃が来るぞ、衝撃に備えろ。クッソ。あのナルシストめ!」
「うわっとっと……パイソン、敵の数は!?」
「魔法を使えるナルシストの人魚一匹だ。あの野郎、この海域を通る度にちょっかいを仕掛けて来てな」
大声が船内まで響き、外へ飛び出した瞬間。左側へ大きく船は動き始め、バランスを崩しつつも手すりを掴み落ちなかったのは幸いか。
此方も打ち付ける波の音などに負けないよう大声で訊ねると、向かい側で同じく手すりに掴まる船長は答えた上で、相手も教えてくれた。
空は暗雲に包まれ、雷鳴は鳴り響き海も大荒れ状態。そんな中、海面へ視線を向けると。
「貴方達も懲りませんわね。この海域に近付かないでと何度も……あら?」
「あれが、人魚」
自分に近い海面へ姿を現したのは──明るく黄緑色のカール髪に、赤いドレスを着た一人の人魚。
船長とは何やら何度も会っているらしく、強気と言うか勝ち気と言うか、自信満々な言い方だ。
そんで話し掛けた相手が船長ではない。と認識したんだろうけど、此方をじぃーっと見詰めている。
「おいムピテ! 何度も言ってるよな。俺達に残された安全性の高いルートは此処しかないって!」
「貴方達の都合など、ワタクシには関係ありませんわ」
「えぇ~っと、どう言う理由か話してくれないか?」
吠える船長と一歩も譲らないムピテと呼ばれた人魚。双方何か理由があるっぽいんだけど……
此処の情報を余り持っていない身としては、何を言い争っているのかサッパリ分からず理由を訊けば。
「他の海域は一方通行か異形共の占領海域。何の対策も無く危険な海域へ赴く程、愚かじゃねぇっての」
「異形に関して困っているのは同じですわ。けれど、ワタクシ達種族が守る里周辺を通す理由にはなりませんわ!!」
何故か両者の意見は真っ当だ、と感じた。幾ら海賊船でも乗員の命を乗せるからには、可能な限りリスクは減らしたいし回避もしたい。
故に少しでも安全なルートを通るってのは、容易に理解出来る。彼女の言い分にも納得出来る部分はある。
水中の里としても、その周辺を通られるのは怖いだろう。人間で言えば家の近所を暴走族が走るってなモンだろうしな。
「つまりはそう言う事よ。分かったかしら? なかなかな上玉さん」
「上玉?」
「気にするだけ無駄だ。今の内にこの海域を抜けるぞ」
双方譲れない理由を持っている。ってのは理解したものの、一番の解決策としては異形達に占領された海域の解放。
恐らくナイトメアゼノシリーズだろうけど、此処で遭遇した奴ら相手だと今は勝てない。
人魚の彼女から上玉呼ばわりされ、玉の輿を連想したんだが……そんな金は一切無い。
「リートはこの荒波に流されて何処かへ行ってしまうし……もう、クラゲ娘なら里に居れば良いですのに!」
「あのー。貴女の言うリートって、透明なクラゲ帽に白くて短い髪をした娘?」
「あら、何処でリートに会ったんですの?」
愚痴る言葉に最近知ったクラゲ娘と言う存在が引っ掛かり、特徴を伝えてみたら──なんとビンゴ。
何処で会ったか問われ、知り合った場所や島の名前、会話内容も出来うる限り誇張せず伝えたら。
少し黙り考え込んでしまった。船は人魚達の里周辺から出ようと移動する最中、彼女も付いて来ては顔を上げ、自分達に話し掛けて来た。
「取り引きですわ。この海域を通る権利を差し上げる代わり、ワタクシ達への協力と異形達を倒しなさい!」
「断る。坊主は今、俺様の船員だ。それにな、対価が低すぎて話にならねぇ」
そう、あのクラゲ娘……もといリートの依頼は低すぎるどころか、ハイリスクノーリターン。善意で受けるボランティアの域。
船長と言い争うムピテの提示する対価もそうだ。命を懸けるには低すぎるし、心を揺さぶられる程の何かも感じられない。
求める声に手を伸ばすのは、人としては善行に入るのだろう。でも誰かを救う事は、誰かを救わないと言う意味でもある。
全ての命を救うなど余程頭の悪い夢物語か、綿密に動き回り人の心さえも動かせる、そんなチート野郎しかいない。
「受ける代わりに報酬と条件を追加させて貰うけど、それでも良いの?」
「おい、坊主!」
「ッ……追加する報酬と条件に依りますわ」
「OK。此方から提示する追加は──」
でも彼女ならリートより交渉は出来そうだと読み、メリットの上乗せを求めた。船長にゃあ余計な厄介事を持ち込むな。
って顔で言われたけど。ムピテからは悔しそうな顔で追加内容を聞かれ、答える。
追加条件は沈没大陸のお宝探索を手伝い、こまめな情報提供の二つ。報酬は此方に必要な物資を提供する、の一つだけ。
「い、良いですわ。但し、ワタクシ達の王様に貴方が直接対談して許可を得れたら……ですわ」
「構わんよ。許可を得れなきゃ、依頼は無かった事になるだけだしな」
少し怖じ気付いたようにも感じたけど、里にいる王様から直接許可を得たら。と言われ、此方も負けずに言い返す。
すると「少し待ってなさい!」そう言って海深くへ潜って行き、目視出来なくなった。
スレイヤーのスキルは暗闇には強いとは知っているものの、水中を視るには向いてないっぽい。
「はぁ~……坊主。俺達の契約、忘れてねぇよな?」
「勿論。ただコイツは──自分の我が儘だ。少なくともパイソンに損はさせないつもり」
「ソイツは……まあ、さっきのを聞けば分かるけどよ」
呆れ顔で話し掛けてくる船長に、契約は忘れていない事。損はさせずメリットを与える為だと話す。
すると左手で後ろ首を掻きつつ、バツの悪そうな顔をしていた。もしかして──いや、止めておこう。
「パイソンの言う異形の名前、今更だけど聞いても言いかな」
「俺様も詳しくは知らねぇ。ただ、挨拶まじりに人間や動物を喰う奴や、蟹っぽい奴としか言い様ねぇよ」
「あぁ~……ソイツら、こっちに来て戦った野郎共だわ」
ムピテが戻って来るまで船長と情報交換をすると──どうやら追ってる相手は同じな様子。
そうなると彼女達の言う異形、カイジュウってのは奴ら……ナイトメアゼノシリーズで間違いない。念の為、自分は泳げない事実を船長に伝えておく。
今持ってる奴らの情報を話すと、なんと言うか暗雲の空を見上げて「クッソ、マジかよ……」と呟いた。
「とは言え、沈没大陸を探索出来れば何か奴らを倒す手立てを見付けられる筈だ」
「何を根拠にそう言えるのさ?」
「超古代の連中の残した遺跡。それには俺達にも理解し難い程のすげぇお宝が眠ってるらしくてな」
「成る程。まさかパイソンまで超古代遺跡を狙ってるとはね」
何故沈没大陸にそこまで拘るのか、奴らに対抗しうる手立てだと思うのか? 訊ねると。
主に人間とエルフの住むナトゥーア、人間・ドワーフ・蜥蜴人の地であるトリスティス大陸に続き、此処にも超古代遺跡が在ると言う。
話している内にムピテは古びたラッパ……? らしき物を持って帰って来た。一体何に使うと言うのか。




