続々 がーるずとーく Ⅰ
千葉県の田舎にある千葉県立北総高等学校通称北高。
その敷地の端にポツンと建つ古い木造校舎の一室では、この部屋を部室として占拠している関係者たちが小学生の頃ケンカに負けると泣きながら幼馴染のスカートの中に隠れていたと噂される男子部員を白い眼で見ながらとりとめのない会話を楽しんでいた。
それはまったく中身のないものである。
しかし、彼女たちのことをよく知るすべての北高関係者は口を揃えてこう言う。
「部活動がおしゃべりをしているだけ?結構なことではないか。彼女たちがお菓子を食べて雑談しているだけで済むなら我々にとってこれほど幸せなことはない」
彼女たちが属する組織。
その組織こそ悪名高き創作料理研究会であり、それを統べるのが小野寺麻里奈なのである。
今回は、彼女たちが根城にしている古い木造校舎に関わる話である。
「どうしたのですか?恵理子先生。元気がないようですけど」
「これはまちがいなく損をした時の顔です」
「ということは、昨日買い物をしたときに有効期限が切れていたのでクーポンが使えなかったということか」
「安売りしていたので昨日遠くまで買い出しに行ったのに、今日から目の前にある店でそれよりも安く売り始めたということだって考えられるな」
「それとも、値引き商品をゲットできなかったのか。おばさんがおばさんに負ける構図。笑えるな」
「それ全部違うから」
「では、ケチな内職をしていることがバレて校長に絞られたのだろう」
「この図々しいおばさんが絞られただけでこれだけしょんぼりするはずがない。どうせそれがバレて減俸かボーナスカットを通告されたのだろう。いったい何をしていくら減らされたのだ?」
「失礼なことを言うわね。そんなことしてないわよ」
「では何だ?素直にここですべての悪行を白状したほうが身のためだぞ」
「脅されなくても喋るわよ。校長先生にあなたたちに伝えろと言われてきたから」
「そうか。では、懺悔せよ。おばさん教師上村恵理子」
「強欲守銭奴が抜けているよ。春香」
「おっと、そうだった。やり直す。懺悔せよ。強欲守銭奴おばさん教師」
「だから、私はおばさんじゃないから。強欲守銭奴でもないけど」
「つまらん見栄を張らず、さっさと白状しろ」
「わかったわよ。では、聞いて驚きなさい。明日から工事に入ることになったから。この校舎」
「ん?」
「……おい、それで終わりか?」
「そうよ」
「大上段から繰り出した割には実につまらない冗談だったな。だから、おばさんはいかん」
「まったくだ。だいたい今でも工事をしているだろう。春香の知り合いが」
「私が言っているのはそれとは別件。なんでも東京の業者さんがこの校舎の大規模な改装工事を始めるらしいわよ。だから、工事をする人に見られても恥ずかしくないように部屋を片付けておきなさいって言われた」
「ん?それは随分リアルな冗談だな」
「もしかして、それは本当の話なのか?」
「もちろんだよ」
「だが、この校舎は何とかいう条例で守られているのではなかったのか?」
「そう聞いたよ。ここに入るのが決まったときに」
「それは私も知っている。でも、今回は特例で工事できるようになったらしいよ」
「ムムム。これは何か政治家か悪の組織が絡む不正の匂いがするぞ」
「まったくだ。この校舎は金銀財宝の隠し場所なのかもしれない」
「ありえるな。では、そいつらを出し抜いてお宝を頂戴するか。今日中に」
「いいね。ということで橘……」
「待て。言い終わる前に言っておく。それはおまえたちの妄想だ。俺はそんなものに付き合うつもりはない。やりたければおまえたちだけで○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※」
「それにしても随分慌ただしいですね。なぜ急に工事を始めるのでしょうか?」
「耐震基準を満たしていないからだって」
「そうか。ということは耐震工事か。まあ、それなら仕方がないな」
「そうですね」
「いやいやいや。それこそおかしいだろう。そんなことは昨日今日わかったことではないだろう」
「まあ、それはこの校舎を見れば誰でもわかるわね」
「それで、なぜ急に工事が始まることになったの?」
「その業者さんに今なら格安で工事をしてやると言われたみたいだよ」
「怪しいな」
「怪しい。だが、それよりも私たちには早急に解決しなければならない問題がある」
「片付けか?」
「いや。それは全部橘にやらせるから問題ない」
「じゃあ、何?」
「工事が始まったらその間私たちは部活ができなくなるのではないか?その間はどうするかを……ん?」
「○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※……いきなり何をする」
「もちろんすべてが腐りきった貴様に対する天誅だ」
「くそっ。今の流れでどうやったら俺が理不尽な暴力を受けることになるのかを説明しろ」
「部活ができなくなると私が言ったときに嬉しそうな顔をしただろう。それが理由だ」
「ふざけるな。俺は嬉しそうな顔などしていないから○%×$☆♭♯▲!※」
「顔には出さなくても心の中ではそう思っていたぞ。私には見えた。心の中で高笑いしている橘の姿が」
「○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※冤罪だ○%×$☆♭♯▲!※妄想だ○%×$☆♭♯▲!※」
「ところで、まりん。まりんもうれしそうな顔をしているように見えるが何か面白いことでも思いついたのか?」
「いや、たいしたことではない。この部室が使えなくなるということは考えようによってはそう悪い話ではないと思っただけだ」
「どういうこと?」
「それを理由に第一調理実習室が使えるようになるかもしれないだろう」
「そう言われればそうだな。そして、最終的には部室の完全占拠みたいな」
「そうだ」
「う~ん。残念」
「何?」
「そういうことはならないのよ」
「どういうこと?もしかしてあの生意気な小姑どもが反対しているのか?」
「そうじゃないよ。実は工事期間中でも創作料理研はこの部屋で活動が続けられるのよ」
「どういうこと?」
「工事は授業中と夜間におこなうから、部活には支障は出ないそうだよ。しかも、初日にこの部屋の耐震工事は終わるとか」
「ほ~それはすごいな」
「これで安心して部活動ができます」
「待て。肝心の問題はまだ解決していない。そもそも先生がなぜしょんぼりしていたのだ?今までの話の中にこのおばさんがしょんぼりしなければならないところはまったくなかったぞ」
「ギクッ」
「そういえばそうだな。たしかにおかしい」
「ということは、このおばさんはまだ何かを隠しているということだな。おい。隠していることを全部吐け」
「べ、別に隠していることなんか何もないわよ」
「つべこべ言わずにさっさとゲロしろ。そして、楽になれ」
「だから、何もないから」
「嘘をつくな。吐け」
「ゲ~」
「アホ。それじゃない。つまらん抵抗などせずにさっさと白状しろ」
「嫌よ」
「それにしても小銭稼ぎにもならないことで、このおばさんがこれほどまでして隠したいこととはいったい何だ」
「さっぱりわからん」
「そうですか?簡単なことだと思うのですが」
「もしかしてヒロリンはわかったの?」
「はい」
「何?」
「……ひとり宴会」
「はあ?」
「あ~そういうことか。なるほどたしかにそうだな」
「納得です」
「ご愁傷様と言っておこう」
「先生。これからしばらくの間寂しい夜を過ごすことになるのだろうが気を落とすな」
「だから、何よ。ひとり宴会って。しかも、それでなぜみんなが納得するのよ。おかしいでしょう。それから……」
「何だ?」
「そのかわいそうな人を見るような目はやめて」




