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奇才と鬼才

 二十代の若さであらゆる言語を読み解くことができる稀代の変人で有名な稀覯本蒐集家でもあるその女性が「House of Cards」プロジェクトに参加することが決まってから二日後。


「引きこもりのおまえが私の家までやってくるとは思わなかったぞ。それにしても何だ?その女子高校生が着るような服は。若作りにも程があるぞ」


「別に私は引きこもっているつもりなどないし、服装だって少なくても、もうすぐ棺桶を永遠の塒にする死に装束がお似合いの爺さんには言われたくないわね」


「言ってくれるな。引きこもり」


「そっちこそ。死にかけの爺さんの分際で生意気な」


 もし、このふたりの関係を知らない者がこの会話を聞けば、すぐにでも不幸な結末がやってくると思ったことだろう。


 そして、それはにらみ合いを続ける奇才と鬼才のどちらかひとりがこの世から消えることを意味する。


 なにしろ、ふたりのうちのひとりは橘花グループの重鎮であり、同じグループのエースであるテリブルツインズでさえもその前では萎縮する難攻不落の異名を持つ建築に関わるすべての神に愛されていると評される日野誠。


 そして、もうひとりは彼女が属すグループ随一の実績を誇る犯罪集団を率い、自らも本を手に入れるためにはどんな違法行為もやってのけるが、その多額の負債を差し引いてもお釣りが来るだけの得難い才を持つ天野川夜見子なのだから。


 だが、居合わせたふたりの部下たちはうんざりする表情でその様子を眺めているだけで、これから起きようとしている悲劇を避けるために動く様子はなかった。


 当然である。


 実はふたりにとってこれこそが挨拶なのであり、部下たちにとってそれはすでに何十回と見せられたおなじみの光景でもあったからだ。


 その風変わりな挨拶が終わると、夜見子はおもむろに大判の本を取り出した。


「さて、人生が残り少ないかわいそうなお年寄りに心優しい私からのプレゼントよ。枕代わりに使ってちょうだい。一応人間の言葉が書かれているから読むことも可能よ」


 夜見子が差し出したそれを男は慈しむように受け取る。


「相変わらず早いな。方々に手をまわして探したのだがまったく見つからなかったものだというのに。やはり本の注文はおまえに頼むのが一番だ。感謝する。ところで、おまえがわざわざここに出向いてきたのはこれを届けるためではあるまい。要件はあの話についてということでいいのか」


「そのとおり。一の谷の許可はとってある」


「ふん。愚かなことを。そうなれば何が起こるかも考えずに簡単に許可するとはあの男も存外思慮が足りないようだな」


「まったくそのとおりね。実際にバカだし」


 夜見子がここにやってきた理由でもある日野の言うあの話であるが、もちろんそれはふたりが関わる「House of Cards」と呼ばれていることになる千葉の田舎にできる施設についてのことである。


「さっそくだけど、私の領域については私の希望通りにしてほしいのよ。なにしろ本というものに無縁な無教養の一の谷のバカは小さな区画に八軒だけを押し込んで終わりにするつもりなのだけど冗談じゃない。私は満足するものをつくるにはそれでは全然足りない。具体的ににはエリアを大幅に広げて欲しいの。今ならまだ間に合うでしょう」


「まあ、おまえが今朝私に用があると言ってきた時点でそう言うとは思っていた。というか、おまえに古書店エリアを任せると一の谷から聞いた時点でそうなると思っていた。だから、やっておいた。これを見ろ」


 日野が示したそれは新しくデザインしなおされた古書店が集まる周辺の完成予想図だった。


「あらら。さすがに仕事が早いわね。ちなみに、一の谷はこのことを知っているの?」


「昨晩やっと完成したのだ。やつが知るわけがないだろう。それで何か困ることがあるのか?」


「ない」


「補足説明しておけば一街区をそっくり古書街に充てるように変更してある。雰囲気があるだろう。だが、本物はこれ以上だ」


「モデルはパリのパッサージュ?さしずめ『プチ・ギャルリー・ヴィヴィエンヌ』ね。それで店舗数は?」


「八ではないのか?一の谷からはそう聞いている」


「八店舗でこの広さはないでしょう。本当は?」


「大小合わせて五十はいける。もちろんおまえの個人オフィスもある。さらにエリア内に喫茶店を五つ、カレー専門店をふたつ入れることができる。古書街には必要だろう?カレー専門店」


「もちろん」


「それで、どうだ?」


「完璧ね。まあ、知らないところで計画がこれだけ違うものにされて面目丸つぶれの一の谷はこれを見たら泣くでしょうが」


「私にとっては博子が喜ぶかどうかだけが問題なのであり、あの男がどう思うかなど考慮にも値しない些細なことだ。そして、語学の教師だったおまえの影響を受け本の虫になった博子なのだから、おまえが喜ぶものはすなわち博子も喜ぶものと私は考えたのだが、どうだ?」


「まったくそのとおり。お嬢さまも絶対喜ぶ」


「それならいい。ところで、これだけやったのだ。私のリクエストも聞いてもらうぞ」


「建築関係専門の古書店でしょう。もちろんよ。あなたが一日店に居座りたくなるくらいの品揃えにすることを約束する。戻ったら、すぐに蒐集官に本を珍しい本をかき集めさせるわ。それから私の領域にあなたのオフィスを置くことも許可してあげる」


「ならば、これで進めるぞ」


「よろしく」

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