もうひとつの「エピソード ゼロ」
時間を少しだけ遡り北高の入学式当日の昼。
北高の北にあるにもかかわらず南校と呼ばれている私立南沢学園高校の一室で、男は部下からの不機嫌きわまる報告を聞いていた。
「……成田」
「はい、博通様」
「それで、松本まみは北高に入学したというのは間違いないのか?」
「はい。部下が北高の入学式に潜り込んで確認してきました。残念ながら間違いありません」
「くそっ。こんなことなら俺自身が直接交渉しておけばよかった。田崎に任せたばかりにこのような事態になったのだ」
「しかし、両親は我々が出した条件を大変喜び、松本まみ本人も当初は入学することに前向きだったのですが……」
「まさか、入学特典をケチったわけではないだろうな。親父、いや理事長にもどんな条件を出してもいいと許可は取っていたのに、現場で……」
「いいえ。それはないです」
「何が気に入らなかったのだ。それにしても、よりによって嫌がらせのように北高に入学とは。松本まみは青カビの生えた田舎の貧乏学校のどこに魅力を感じたのか」
「さあ。それはなんとも」
「それでうちの特待生枠を蹴ったのは松本まみだけなのか?」
「いいえ、あとふたり。しかも、そのふたりも北高に入学しております」
「北高の陰謀か?」
「まさか。おそらく単なる偶然ではないかと」
「……そうだな。さすがにそれは考えすぎか。よく考えれば、あの学校のポンコツ教師どもに限ってそんなことを考えるほどキレるヤツがいるはずはないな。それで、そのふたりとは誰だ?」
「理事候補だった馬場氏の娘と、入学式で新入生代表として挨拶していた小野寺麻里奈という……そういえば、この小野寺麻里奈は松本まみと同じ中学校出身です」
「まったく忌々しい中学校だ。来年からはあの中学からはひとりも取るな」
「承知いたしました。そのように次回の会議で提案します」
「それから、北高にも報復が必要だ。今年の文化祭では昨年以上の辱めを与えてやろう。文化祭の予算を倍にしろ。この際だ。今年中に北高を廃校まで追い込むのもいいかもしれないな」
「しかし、現在でも文化祭事業は我が校の財政を圧迫しているので、これ以上の増額はさすがに……まして倍増など」
「ほう。お前は田崎と同じ道を歩みたいとみえる」
「……いいえ。そのようなことはございません」
「倍だぞ」
「承知いたしました」