創作料理研究会の携帯電話事情 Ⅲ
「博子、明日からこれを使え」
北高の入学式の前日、エセ文学少女ヒロリンこと立花博子に渡されたのは真っ赤なスマートフォンだった。
「何ですか?これは」
「知らないのか?これはスマートフォンという文明の利器だ」
「は~」
博子はため息をついた。
ちなみに、博子の目の前にいる人物がこのような言い方をするときにはほぼ確実によからぬ下心が隠されている。
……目的があるのなら、それをはっきり言えばいいのではないですか。私はあなたの娘なのですよ。まあ、とりあえずこの茶番にしばらくは付き合ってあげますが。
「それくらいは知っています。なぜ私がこれを持たなければならないのかを訊ねています」
「もちろん連絡をとりやすくするためだ」
「そういうことなら、すでに携帯電話があります。それにいざとなればこちらもありますし」
彼女がそう言ってバッグから取り出したものは、もはや携帯電話という範疇に入るかも怪しいと言わざるをえない大型で無骨な携帯電話だった。
「たしかに連絡を取るだけであればその衛星電話があればことは足りるのだが、スマートフォンはおまえの知らない色々便利な機能があるぞ。女子高校生が持つのはやはりこちらのほうがいいだろう。オシャレだし。それにこれは特注品だ」
「なぜ、そこまでして私にスマートフォンを持たせたいのですか?世間では子供がスマートフォンを持ちたいと言うと親がまだ早いと反対するそうです」
「それは、おまえも知ってのとおり我が立花家は伝統的に子供に理解があるからだ」
……それは初耳です。
「わかりました。ちなみに便利な機能というものは具体的にはどのようなものでしょうか?」
「うっ……それは……順菜、おまえが説明してやれ」
博子に訊ねられた男はそれに答えられず、あっさりと隣に座る女性に丸投げする。
「私だってスマートフォンを初めて見るのですよ。わかるわけがないでしょう。お父さんはどうですか?」
「こういうことを私に聞くな」
振られた順菜という名の女性も結局答えられず、慌ただしくそのようなものに一番縁遠いと思われる年配の男性に訊ねるのだが、その男性も当然答えられるはずがない。
博子は大きくため息をついてから口を開いた。
「もしかして、自分たちがスマートフォンを使いたいなどという愚かな理由ではないでしょうね。使い方がわからないから私に恩を売って教えてもらおうなどと考えていましたか」
「……なぜわかった?」
「あなた、博子はこういうことによく鼻が利くから仕方がありません。早く白状して楽になりましょう」
「やむをえないな。……具体的には今流行りのSNSとやらを教えてもらいたいのだが」
「それにしても、おまえが自信満々に成功すると言った作戦の結果がこれか。やはり、おまえを後継者にしないとした私の判断はやはり正しかったな」
「お父様のおっしゃるとおりです」
「ちょっと待て。俺ばかりのせいにするな。親父も順菜も俺の作戦に大賛成しただろう」
「知らんな」
「まったくです」
最後には醜い骨肉の争いを始める始末である。
「……わかりました。ですが、明日が入学式ですから今日はそろそろ千葉に戻らなければなりません。教えるのは明日以降ということになりますが、それでよろしいですか?」
「もちろん」
「博子が教えてくれるのを正座して待っているから」
「やっぱりやさしいな。さすがは我が孫だ」
……この人たちがこんな簡単に腹の中のものをゲロするなどありえない。本命はやはりスマートフォンの位置情報というところでしょうか。
「どう思う?」
「間違いなくばれているな。もっとも、あれを謀るなどそうそうできるものではないからな」
「そうですね。でも、気がつかないふりをしたということは了承したということでしょう」
「まあいい。さて、とりあえず一軒落着したということで、せっかくだから、おまえの言う文明の利器とやらを試してみるか」
「親父、恥ずかしいからそれは言うな……」




