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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
第十一章 光と闇の邂逅
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二人はアイラブユー

 入学式の少し前。


 四月から麻里奈たちが通うことなる千葉県北総高等学校通称北高近くにある市外からわざわざやってくる客も多い有名な洋菓子店「ファイユーム」は今日も賑わっていた。


「……そろそろ約束の時間だな」


 先ほどから何度も時計を気にしていた店主がそう呟いた瞬間、新たな客として若い男女が店に入ってきた。


「こんにちは」


「お世話になります」


 この「ファイユーム」は洋菓子屋であるため、広いとはいえない店内にひしめき合う客の大部分は女性である。


 先客として店にやってきていた彼女たちは、やや大きな声であいさつをしながら店に入ってきたふたりに迷惑そうな顔をしてチラッと目をやったのだが、その瞬間に時間が止まる。


 彼女たちの目は入ってきた男性に釘づけになったのだ。


 ……ちょっと何?この人。美しいという言葉が陳腐になる男の人がこの世にいるなんて。


 ……きれいだけでなく凛々しい。なんというか、そう完璧。これぞザ・パーフェクト。


 うっとりしながらその男性をじっくり鑑賞した後に、彼女たちの視線は厳しさをタップリと加えて隣にいる小柄な少女に移る。


 もちろん、そこにはまず「羨ましい」という感情があるわけだが、それ以上に「隣にいるこの女が本当にこのすてきな彼にふさわしい基準に達しているのか確かめなければならない」という厳しく審査をおこなおうとする決意の成分が含まれていた。


 だが……。


「はぁ~」


 誰もが納得せざるを得なかった。


 かわいいのである。


 しかも、並みのかわいらしさではない。


 それだけではない。


 大人である自分たちをも遥かに凌ぐ小柄な体に不釣り合いな胸の膨らみ。


 ……これでは絶対に勝てません。


 ……仕方がない。そう、仕方がない。


 ……これが世の中というものよ。


 そして、何人かは息子を含む全校男子が入学を心待ちにしているという、もうすぐ北高にやってくるあの少女のことを思い出す。


 ……これが噂の松本まみに違いない。


 ここにいる大部分の女性は、どこを取っても自分にはとうてい勝ち目がないこの少女のことは心の中で見なかったことにして、いい思い出だけをしっかり胸に刻み込んでカタをつけようとしたわけなのだが、ここで偶然客として来店していたひとりの女性が男性に声をかける。


 勇気を奮って。


 だが、玉砕覚悟の突撃ではない。


 彼女は心当たりがあったのだ。


 そして、緊張しながらもその名を呼んだ。


「小野寺君?」


 もちろん彼女の記憶に間違いはない。


 すぐにあの懐かしい声が彼女の耳に届く。


「おう、しばらくだな。智子」


 それは彼女が心の中で熱望していたものの叶わぬものと諦めていたものだった。


「さ、さすがだね。高校を卒業してからかなり経っていても取り巻きにも入れてももらえなかった私の名前がすぐさま出てくるとは」


「当然だ。美人の名前は一生覚えておくことにしているからな」


「あ、ありがとう。なんかチョットうれしい。ところで……」


 背中を鋭く刺す多数の嫉妬の視線は痛かったものの、彼に名前を憶えてもらっていたことに密かな優越感を覚えながら、その疑問を口にする。


「……随分かわいい子ね。……随分年下に見えるけど、さすがに娘さんということはないだろうから、もしかしてこの娘が有名な妹さん?」


 彼女の言うとおり彼には有名な妹がいた。


 だが、彼女の数々の武勇伝の真実を知っている兄にとっては有名とはすなわち悪い意味でのものしかなかった。


「いや。悪名高き我が妹小野寺麻里奈がこれほどかわいいわけがない。というか、あのバカは高慢で生意気なだけでちっともかわいくない」


 もちろんそれは照れ隠しなどではなく、仏頂面で答える彼の本心だったのだが、ここでそれを真っ向から否定する言葉が飛び出す。


 それまでずっと無言を貫き通してきた少女の口が開かれたのだ。


「……それはまりんさんに対して非常に失礼な発言です」


「そうか?事実だと思うが」


「あきらかな、そして大きな間違いです」


「そうか?」


「そうです」


 ……この物言いはすごい。この子はあの小野寺君にそのようなことを言える立場なの?ということは……。


「その子は……もしかして小野寺君の彼女ということ?」


「そういうことなるのかな。俺が一方的にそう思っているだけなのだが」


「……そう。悔しいし認めたくもないけど、似合っている」


「そうか。それはうれしいな」


「えっ」


 顔に浮かんだその表情は彼女が知っている高校時代の彼ならば絶対ありえないものだった。


「……小野寺君が照れるなんていうこともあるの?」


 思わず声に出してしまったそれは彼女の素直な感想だった。


 高校時代の彼はどこまでも尊大で、そして、そこが魅力のひとつであったのだから……。




「その子には、見た目だけの子にはまったく興味を示さなかったあなたをそこまで夢中にさせるだけの特別な魅力があるということなのね。それにしても……本当にそれにしても、あなたを従わせることができる女性がこんな子供だとは思わなかったわよ」


 少女が店主から大きな箱を最高の笑顔で受け取り、ふたりが待たせていた車に乗り込む様子を見送った女性は自嘲ぎみにそう呟いた。

歯が浮きそうなサブタイトルはジョージ・ハリスンの曲から。

内容も幾分甘めになっているのも、この曲を聴きながら書いていたためかもしれません。

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