The Dark Side of The Moon 16
千葉の田舎、木々が生い茂る小高い丘の上に建つとはいえ、田畑が広がるこの辺りには場違いといえる煉瓦造りの立派な洋館。
その一室で、その日二十代なかばと思われる女性を中心にある重要な打ち合わせがおこなわれていた。
「鎧塚の報告では、例のガキがそろそろ動き出すようだ」
「哀れなことだ。おとなしくしていれば、もう少し長生きできたものを」
「まったくだ」
「私は会ったことはないのですが、始末する側に憐れみを受けるとはその少年も気の毒なことですね。さて、ことが始まる前に我々の警備対象の優先度を確認しておきましょう」
「由紀子様。それはお嬢様とそれ以外でいいのではないですか?」
「まったくそのとおりです」
「私もそう思います」
「それは皆の言うとおりなのですが、今回の議題はそれ以外の優先度ということです」
「なるほど」
「では、レベルⅠから。博子さまが所属されているクラブの顧問である上村恵理子の代えはいくらでもいるので、我々にとっては彼女の価値とは皆が暇すぎた場合のみ助けてやる程度です」
「了解です」
「由紀子様、お嬢様につきまとっている赤瀬美紀という教師はどうなりますか?」
「よく知っていますね?彼女を気に入っている神門には悪いのですが、あの喋る肉塊は助ける必要のないレベルゼロです。さて次です。自前の兵がついている馬場春香と現在別件で尾上たちが護衛している松本まみはレベルⅡということで余裕があれば助ける程度ということになります。もっとも、今回余裕がないということはあり得ませんが」
「お嬢様が所属しているクラブには橘恭平という小野寺麻里奈の腰巾着をしている意気地なしもいますが、あれはどのレベルなのですか?」
「もちろんレベルゼロでしょう」
「そうだな。なにしろやつは男どころか人間としても最低だからな」
「笑えるほどのクズだ」
「そう言いたい気持ちはわかりますが、あれはレベルⅢです」
「待ってください。どうみてもお嬢さまの役に立ちそうにないどころか、あの根性なしでは弾除けにもならないです。それがなぜレベルⅢなのですか?」
「まったくです」
「同じく」
「実は私自身も皆と同意見なのですが、博子さまの橘恭平に対する評価を鑑みると基本的には助ける必要があるレベルⅢとなります。我慢して助けてやってください。それから現在橘恭平の護衛をしている滝口には引き続き彼の護衛をやってもらいます」
「……承知しました」
「君に相応しい仕事ではないか。能力に合った仕事を与えられるとは実に羨ましいよ、滝口君」
「うるさい、死ね」
「それで、残った小野寺麻里奈がレベルⅤということでしょうか?」
「いいえ。小野寺麻里奈はやむを得ない場合は見捨てるというレベルⅣです」
「意外ですね」
「そうなると、やはり橘恭平の警護レベルがⅢというのはやはり高すぎるように思いますが」
「不満はわかりますが、我慢してください」
「では、レベルⅤはいないということでよろしいのでしょうか?」
「いや。我々以外が警備しているので今回の件には直接関係はありませんが、我々の警備レベルⅤに該当する者がひとりだけいます」
「そんなものは記憶にないです。あっ」
「……もしかして」
「そのとおり。我々が命をかけて助けなければならないレベルⅤの対象とは小野寺徹。小野寺麻里奈の兄です。理由はいうまでもないことです」




