House of Cards 7
あの日以来、主だったスタッフとともに千葉の田舎にある古びた館で寝起きし、文字通り不眠不休で働いていたその男は自分をこの計画に引き入れた人物を呼びつけていた。
「おい、一の谷。これは何だ」
男がやってきたその人物のもとに放り投げたものは、現在彼が携わっている入居予定の店舗について書かれたファイルであった。
「おまえは建物には博子が快適な高校生活を送るために必要な施設が入ると言わなかったか」
「そのとおりです」
「では、訊ねる。保育施設を博子がどう利用するというのだ。まだある。太陽光パネルは私も考えていたのでよしとしよう。だが、二機分のヘリポートというのは何だ。しかも、このサイズはドクターヘリではなく大型の軍用ヘリが着陸できるものだぞ」
「本当にわかりませんか?日野さん」
「もちろん、おまえの考えていることくらい想像はつく。それをおまえの口から聞くために呼んだのだ」
「なるほど、そういうことですか。承知しました。では、ご説明いたします。まず二か所の保育施設についてはいわばここの集客施設のひとつです。ちなみに一か所は幼稚園です」
「それを一か所ではなく二か所にした理由は?」
「それこそ日野さん得意の『ゼロ戦理論』で説明できるのではないですか」
「必要最低限ではなく将来どれだけ需要が増加しても対応できるだけの余裕を持ったものをつくるということか。だが、需要はあるのか」
「それは心配ないです。良いものを安く提供する。簡単なことです」
「ヘリポートも集客施設ということか」
「この周辺で専用ヘリポートを備えた施設などありません。しかもトンボに毛が生えたようなヘリなどでなく五十人乗りの大型ヘリが二機同時に下りられる施設があるとなれば、地域の防災拠点に指定されるのは確実でしょう。これらは日野さんの好みにあっていると思うのですが」
「将来のことなど考慮せず規格ギリギリのものしかつくらない木っ端役人や金儲けばかり考えている守銭奴どもには絶対できない発想だ。たしかに私好みといえる」
「喜んでいただけてて光栄に思います。携帯電話の基地局も設置する予定です。費用はこちら持ちといえば喜んで承諾することでしょう。あとは各種病院にガソリンスタンド、娯楽施設としては映画館も予定しています」
「基地局については別の目的もあるのだろうが、まあいい。ガソリンスタンドは緊急時に自家発電用の燃料を確保するためというところか。それから入居店舗からチェーン店を排除したのはどういうことか」
「それはお嬢様からご要望です。お嬢さまは駅前を中心とした商店街から誘致したいとのこと。もちろん厳選したところになります。こちらの交渉は晶さんがおこなっています」
「地元商店の誘致とは博子らしい。だが、博子が望むレベルの古書店を地元から八軒揃えるのは難しいのではないか」
「そのとおりです。ただし、こちらについては晶さんより適材が推薦されていますので、心配いらないと思います」
「……もしかして、あの引きこもり女か」
「そのとおりです」
「それは面白い。おまえがどうやってあの引きこもりを自分の手札に加えられるか、お手並み拝見といこうか。それにしてもアーケードはやはりいいな。同じ商店街でも車が行きかう道路にへばりついているものなどとは比べものにもならん」
「はい。しかも、こちらがデザインして建設し店子が入る方式ですので、アーケード全体がヨーロッパのもののように統一されたものになりますし、屋根なども丈夫で凝ったものがつくれます」
「私は混沌としたトルコのスークやアメ横が好きなのだが、今回は博子たっての希望だから仕方がないな」
「さながら突如現れた異空間といったところでしょうか」
「とにかくわかった。おまえの回答は十分に満足できるものだったので、仕事に戻ることにしよう。六月下旬には工事が始まる。そこからは休みなしの二十四時間体制だ」
「ありがとうございます。それでお嬢様が気に入るようなものは出来上がりそうなのですか?」
「博子が気に入るかどうかは知らんが、少なくてもおまえが考えているものよりは遥かによいものが出来上がることは保証しよう」
「……それにしても、お金を使う側である私が言うのもおかしいのですが、橘花の財力というのは本当にたいしたものですね」
「そうだな。立花家には打ち出の小槌があるからこういう芸当もできるのだろう。それに、立花家の人間は金を目的のための手段と割り切って必要と判断した場合はそれがたとえ利益を生み出さないものでも出し惜しみをすることはない。そこが巷に溢れるコストだの費用対効果ばかり気にして日銭を稼ぐことを生涯の目的としているチンピラ成金とは違うところだ。そして、それが私が今でも橘花にとどまっている理由でもある」




