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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
第十章 その祭典の幕は上がる
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あの日に起こった色々なできごと

 それは、あの日と同じ雨の日のことだった。


 あいにくの雨にもかかわらず、早朝からそれを求める人によってつくられた長い行列はこの店のアップルパイがいかに人気のあるものなのかを示す証左といえるものであろう。


「今日に限って雨が降るとはついていない」


「まったくですね。昨日までは晴天続きだったのになぜ雨が降ったのでしょうね。この中に雨男がいるのかもしれませんね」


「……俺たちがここにいる原因をつくったのはたしかに俺だが、天気に関しては断言する。俺はこう見えても晴れ男だ。だから雨が降ったことまで俺のせいするのはやめてもらおうか。ん?もしかして、おまえの言う雨男とは実はおまえ自身ではないのか?」


「僕だって違いますよ。仲間内では有名な晴れ男ですから。……ということは……」


「君たち、その消去方的雨男の決め方はひどいじゃないか。そもそもこれだけ多くの人が並んでいるのに、雨男をこの三人から選ぼうというのはどういう了見なのだい」


 本気とも冗談ともわからぬ微妙な会話を続けながらその列の最後尾に並んでいたのは北高教師高山晋と北高文化祭実行委員長の市川悠輝、副委員長の石井紀喜の三人だった。


「それで、これは本当に先生の自腹でいいのですか?」


「市川君が小野寺麻里奈に約束してしまった以上は今日という日を無事乗り切るためには何としてでもこの店のアップルパイを手に入れなければならない。だが、文化祭実行委員会の予算にはそのようなものを買う経費は計上されていない。そうなれば担当教師であり唯一の大人でもある僕が出すしかないだろう。それとも連帯責任ということで割り勘にするかい?」


「……とりあえず領収書をもらって会議費をやり繰りして捻出できるようにもう一度交渉してみましょうか」


「会計はあの居藤だぞ。無理に決まっているだろう。罵声を浴びせられて最後に殴られるのがオチだ」


「……北高の女子はみんなこわいですね」


「そこは否定しないが、とりあえず今回は居藤君が正しいだろう。なにしろこれはあのふたりだけに食わせるものなのだから」


「……俺はあの時になぜあんなことを言ってしまったのだろう」


「気にするな、市川君。僕もあの状況なら同じことを言ったと思うよ」


「やはり、男らしく『小野寺麻里奈。おまえのそれは不当要求だ。用意などできない』と突っぱねるべきだった。あ~恥ずかしい。あの時に戻ってやり直したい」


「まあ、やり直したいという気持ちはわかるが、もしあそこで君がそのような変な男気を出して小野寺麻里奈の要求を突っぱねていたら、君は今頃病院で唸っていたと思うよ」


「それはあの柔道部主将みたいになっていた。ということですか?」


「そうだ。なにしろ小野寺麻里奈は自分に楯突いたものは絶対に許さない。君たちは実際にあれを見たのかは知らないが、僕が見たときには田代君はすでに色々な意味でボロボロだった。柔道部のエースをあそこまで叩きのめしたのもすごいことなのだが、その後にやったことはもっとすごい。しかも、あれだけのことをやりながら小野寺麻里奈はお咎めなしで、逆に被害者である田代君が処分を食らった。わかるだろう。小野寺麻里奈に逆らっても百害あって一利なしなのだ。だから平穏無事に今日の会議が終了するのならこの四千円など安いものなのだよ」




 さて、いわくありげなこの三人組が人気洋菓子店ファイユームのアップルパイを購入するための行列に早朝から並んでいる理由だが、それはこの日から三週間ほど遡ったあの日に起こっていた。




 ……第一回文化祭参加団体代表者会議終了後。


「委員長さん、すいません。少々お訊ねします。……私たち創作料理研究会の顧問である上村先生はこの会議にはファイユームのアップルパイが出るとおっしゃっていたのですが、今日はなぜ出なかったのでしょうか?」


「今、何が出ると言ったのかな?」


「……ファイユームのアップルパイです」


「ファイユームのアップルパイ?」


「……はい」


「上村先生がこの会議にはあの『難攻不落』が出ると言ったのですか?」


「……はい。昨年は出ていたので今年も絶対に出ると。……それから昨年は紅茶かコーヒーも出ていたとか。それを聞いて楽しみにしていたのですが……」


「……おかしいですね。残念ですが、この会議では昨年どころか今までに一度だってそのようなものを出たことはないですよ」


「……そうですか。そうですよね。わかりました。きっと上村先生が勘違いをしたのですね。……それからもうひとつ確認したいのですが、次回の会議にはファイユームのアップルパイが出る予定はありますか?」


 最後に博子はそれまで以上に聞きづらそうな顔でそう訊ねた。


 もちろん博子は諸般の事情により形ばかりの質問をしただけであり、答えが「NO」であることも知っていた。


 だが、博子の背後にいる麻里奈の暴発寸前のような不機嫌な顔が見えている市川には博子がただ訊ねただけだったそれが「YES」以外は絶対に認めない自分に対する強要に聞こえた。


「……そ、それは」


「……出るわけがないですよね」


 そして、博子が確認の意味で口にしたこの言葉が決定打となった。


 博子の、いや、おそらく麻里奈のものであろう、この不当要求を拒否すればこのあとに自分の身に恐ろしいことが起こり、彼女のあらたな武勇伝に被害者役として強制的に登場させられると恐怖した市川は思わずその言葉を発してしまう。


「じ、次回は必ず用意しておきます。今回は気配りが足りず誠に申しわけありませんでした」




 だが、この話にはさらに続きが、正確には前段があった。




「これはどういうことなの?ファイユームのアップルパイどころか、お茶の一杯も出なかったじゃないの。これは私たちに対する嫌がらせ?……でも、今まで出ていたものが出なくなれば、ほかの連中からも文句が出るよね。ということは」


「ということは?」


「決まっている。あの強欲守銭奴教師が私を騙した以外にないでしょう。おばさんの分際で本当に生意気なことをする。あの幼児体形は」


「……アハハ。そうですね。本当にどうしようもないおばさんですね。恵理子先生は」


 一瞬にして真実に辿り着きプリプリと怒る麻里奈の言葉に博子が気のない返事をしていたのには理由があった。


 実は今回の一件を仕組んでいたのは彼女自身だったのだ。


 あの時、顧問の恵理子に相談された博子はこう答えていた。




「……たとえば、会議にはまりんさんが大好きなファイユームのアップルパイが出ると耳元で囁いてみるのはどうでしょうか?まあ、会場に行けばすぐにバレることですが、とりあえずまりんさんを会場に送り込むことはできると思います」




「それはそれとして司会をしていたあのゲス野郎には今回の不祥事の責任を取ってもらう。一、二発殴りつけたあとに正門前まで連れて行き土下座をさせよう。もちろん次回の会議でファイユームのアップルパイを出すという確約が取れるまで奴の土下座は続く。その前にまず真相をすべてゲロさせる必要があるな。当然子分どもも同罪だ」


「まりんさん、落ち着いてください。とりあえず……とりあえず私が実行委員会の方に確認しますから……」


 すべてを知る博子は憂さ晴らしのために実行委員会の面々に制裁を加える気満々の麻里奈をなんとか宥め倒すと、麻里奈の気が変わらぬうちに決着をつけるためにすぐさま自分が蒔いた種の回収に向かった。


 もちろん博子の本来の実力を考えればそれはそう難しいものではなかったのだが、諸般の事情と諸々の不運と誤解が複雑に絡み合って辿り着いた結果が彼女の希望とは月と鼈くらいの差があるあの悲しい結末だった……。




「さすが、まりんさん。まさに『死せる諸葛生ける仲達を走らす』です。……いや、どちらといえば、『富士川の戦い』でしょうか」


「何の話をしているの?だいたい、私は死んでいないし」


「独り言ですから気にしないでください。それにしてもさすがにおいしいですね。ファイユームのアップルパイは。私たちのためだけに早朝から並んでまでこのアップルパイを買って来てくださった実行委員会の方々に感謝です」

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