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House of Cards 6

 多数の私兵に守られてふたりの大人とひとりの女子高校生がやってきたのは、少女が住む千葉から都心を抜け都内ではあるがやや牧歌的な雰囲気を残す場所であった。


「要塞ですね。さすが日野さんが住む家だ」


 目的であるその建物を見たふたりの大人のうちのひとりである男はそのような感想を口にしたが、蔑むようにそれを眺めていたもうひとりである女の方はそれを即座に否定する。


「建築物に興味のあるあなたにはそう見えるかもしれないでしょうが、私には趣味の悪い墓石にしか見えないわね。そんなことより、これはどういうこと?出迎えもないとはまったく失礼な年寄りですね」


「いやいや、出迎えなどあるわけがないでしょう。日野さんにとって私たちは招かざる客ですから」


「しかし、我々だけでなくお嬢様も来られているのですよ。私がこれだけ憤慨しているですから、お嬢様直属の部下たちは黙っていないのではないですか?」


「そうなればお金のかかったこの建物が無残に崩れ落ちる素晴らしい光景が見られて、ここ数日のうっ憤が晴らせるというものですが、おそらくそうはならないでしょう」


 男の言うとおり、少女を囲む男たちは隠し持っている銃に手はかけてはいるものの、特に怒り狂っているという様子はない。


「私たちと一緒にお嬢様が来ることは伝えていませんから、当然日野さんはそれを知らないわけです。モニターで監視している者の中にお嬢様を知る者がいれば今頃この建物中が大騒ぎになっていることでしょうが、どうやら誰も気がついていないようですね。これはこれで楽しいのですが」


「……あなたは何を企んでいるのですか?一の谷」


「何も。なにしろこれはお嬢様のご指示ですので」


「どういうことなのですか?」


「わかりません。それこそあなたの専門分野ですので、私があなたに聞きたいくらいですよ。いったいお嬢様はどのような意図をもって私にそう指示をされたのでしょうか?」


「……意図といわれても……まず考えられるのはこの非礼を詰問して優位に立つということですが、お嬢様にはそのようなことは不似合いです」


「……たしかにそうですね」


「ほかに考えられることといえば相手をビックリさせる目的というぐらいでしょうが、相手が相手だけにそれで交渉が優位に進むことはないでしょう」


「要するにわからないということですね。では、どのような意図があるのか、じっくり拝見させてもらうことにしましょう」


 ふたりが持つ多くの疑問が氷解するのは建物の会議室に通されて数分後のことである。




 その部屋には怒りをかろうじて抑えている日野と、テーブルを挟んで向かい合う長椅子に座る日野の威圧感を必死に耐えている大人ふたりと彼らの間に座る笑顔の少女の姿があった。


 不機嫌そのものという顔の日野の口が開いた。


「一の谷、そして墓下」


「何でしょうか?」


「おまえたちは恥という言葉を知っているか?」


「それはもちろん」


「知っているならそれを実践しろ。この恥知らず」


「お言葉ですが、そこまで言われなければならないようなことを我々はしておりません」


「わからないようだな。では、おまえたちがどれほどの恥知らずかを教えてやる」


「……」


「一の谷、おまえはこのプロジェクトのリーダーだな」


「そのとおりです」


「墓下、おまえは交渉人だな」


「はい」


「それならば、一の谷は私が参加したいと思うような計画を作成し、墓下は自らの言葉で私を納得させればいいだろう。それを交渉の席に無関係の博子を引っ張りだすとは何事だ。そのような小細工を弄して私に仕事を押しつけようするとは『テリブル・ツインズ』の名が泣くというものだ」


「……」


「博子も博子だ。どうせ、こいつらに泣きつかれたのだろうが、つまらない仕事を私にやらせようとしているこいつらの片棒を担ぐとはどういうことだ。それに博子、学校はどうした?」


「休みました」


「なんと嘆かわしいことだ。……だが、わざわざやってきたおまえがこのまま黙って帰るはずがないのは知っている。言いたいことがあるなら聞いてやるから言え」


「はい。実は彼にこの仕事を依頼したのは私です」


「……何?どういうことだ」


「つまり、今回のプロジェクトの依頼主は私ということになります」


「何だと……それは……それは本当か?」


「はい」


「……そうか。なるほど」




「それにしても、驚きました」


「まったく。あの日野さんがね」


「でも、そのおかげであなたの仕事は根本からひっくり返されることになりました。ご気分はいかがですか?」


「晶さん、うれしそうに嫌味を言わないでください。たしかに、私がつくったプランを安物と言われた時にはプライドが少し傷つきましたが、日野さんが仕事を引き受けてくれたことに比べれば私のプライドなど些細なことです。そうだ。日野さんとの交渉もなくなり暇になったわけですから、あなたには私がリストアップした店舗との交渉でもしてもらいましょうか」


「そうですね。私もお嬢さまの御恩にお返しなければいけないと思っていました。それくらいのことでよければ喜んでさせてもらいましょう」


 一の谷も墓下は帰りの車中で今日目の前で起こったことを思い出し、改めて自分たちの依頼主である少女の偉大さを噛みしめながらそのような言葉を交わしていた。




 そこでいったい何が起きたのか。


 それを知るには半日ほど時間を遡らなければならない。




「……ということは、私が博子の関わる建築を指揮するということになるのか?」


「そうです」


「……素晴らしい」


「えっ?」


「素晴らしい。本当に素晴らしいことだ」


 それはそれまでの仏頂面が嘘のような笑顔だった。


「おい、一の谷。何をしている。早く出せ」


「……何を、でしょうか?」


「資料に決まっているだろう。気が利かないやつだ」


「ということは、お引き受けしていただけるということですか?」


「もし、おまえがこの計画を私以外の者にやらせるつもりならば全力で潰す。とにかく早くみせろ」


 一の谷が差し出した分厚い資料をものすごい勢いで目を通した日野が一の谷を睨みつける。


「博子が通う高校の敷地に巨大な食堂と物販店をつくる。概要はそういうことか?」


「そのとおりです」


「博子のためか」


「そうです」


「それでこれか?おまえは博子のためにこんなものをつくるつもりなのか?」


「……はい?」


「甘い」


「日野さん、具体的にはどの辺が甘いのでしょうか?」


「すべてだ。橘花からの資金リミットは?」


「上限は気にするなと言われております」


「橘花の資金を投入してこれか。すぐにやり直せ。いや、おまえななどに任せられん。私がやる」


「しかし、二か月後に完成させるには日野さんの力をもってしてもこの辺がギリギリだと思いますが」


「私の力を侮るな。しかも、資金の上限がないということであれば、おまえが企画したこの程度の安普請なら日本中から人も資材もかき集めてあっという間に完成させてやる。だが、それでは面白くない」


「と、言いますと?」


「巷に溢れる金儲けと効率性ばかり追求する安っぽいショッピングモールとは一線を画すものをつくる。おまえは入る店と集客方法だけを心配していろ。いいな」




「まさか、あの頑固な年寄りを落とす魔法とはお嬢様自身だったとは思いませんでした」


「まったくです。それにしても日野さんがあれほどお嬢様を溺愛しているとは驚きです」


「あそこまでいくと、もう溺愛というよりも崇拝に近いです。しかし、あの年寄りには子供も孫もいますよね」


「いますよ。もちろん実のお子さんもお孫さんも愛されているはずです。ただ、残念ながら日野氏の才能はまったく受け継がなかったようです。日野さんの才能は言ってしまえば奇才というものですから、そのようなものを引き継がないことは色々なことを考えれば悪いことではないと私には思えるのですが、日野さんはそう思っていなかったようですね。今日の日野さんを見てそう思いました」


「真に才あるものは、自らよりも才あるものを愛す。ということですか」




 ……日野が仕事を引き受けたらしい。


 ……難攻不落も陥落させるとはさすが無敵女神。


 ……いや、一の谷の話ではあの男を落としたのは博子らしい。


 ……あの頑固爺さんの唯一の弱点を突いたのか。一の谷は知っていたのか?


 ……博子自ら乗り出したらしい。


 ……まあ、あいつのわがままで始めたものだから出ていくのも当然か。だが、これで金はどれほど出ていくかわからなくなったな。


 ……金を落とす。これも我らの仕事のひとつであるから構わないだろう。


 ……親父がそこまで言うなら俺はもう止めん。

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