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House of Cards 4

 千葉の田舎にある広大な敷地に建つ「幽霊屋敷」という異名でも呼ばれる古びた洋館の一室。


「……あれを相手にわずか一回の交渉でケリをつけろとは、私の経歴に泥を塗ることが目的ですか?一の谷」


 女の怒号のような叫び声が響く。


「そういうわけではないですよ。晶さんがもっと歯ごたえのある相手と交渉がしたいというから見つけてきたというか……喜んでもらえると思ったのに」


「喜ぶ?そのようなはずがないでしょう。あれを相手にわずか一回の交渉でこちらの条件を百パーセント飲ませろというこの話と、国会議事堂の外装をピンクに塗る交渉のどちらかが楽かと聞かれたら、まちがいなく後者でしょう」


「無敵女神と呼ばれる交渉人であるあなたをもってしても日野さんと交渉は厳しいのですか?」


「白々しいことを言わないでください。あなただってあの爺さんの為人は知っているでしょう。わかりました。あなたは私の経歴に傷をつけて自分が唯一の存在になろうという魂胆ですね」


「……では、下りますか?」


「この私に戦わずに撤退という選択肢はない。だが、失敗した場合は……」


「失敗した場合は?」


「もちろん、私は罪にふさわしい責任を取ります。しかし、責任は無謀な計画を立案したあなたにもありますので、当然あなたも私と一緒に死ぬことになります」


「その件はもちろん了解しました。しかし、あなたでも承知させるのが難しいということはまったくの予想外です。困りましたね。このプロジェクトを成功させるには日野さんをトップに据えるということが前提でしたので」


「こうなったら孫を攫って人質にでもしますか?」


「あなたらしくもない荒業ですが、あの人には逆効果でしょうね。ところで知っていますか?ひどい目に遭った役人たちが呼んでいるあの人の別名を」


「難攻不落でしょう」


「そのとおり。その日野さんを橘花グループに留めている。それだけでも私は当主様の偉大さを感じますよ」




 その組織で「テリブル・ツインズ」と呼ばれる一の谷和彦と墓下晶が頭を抱える彼らのプロジェクトに立ちはだかる難題。


 人間の形をしたその難題の名は日野誠といった。


 建築にかかわるすべてに精通し、彼の配下にある部下たちもそれぞれの分野のエキスパートであるため、彼のチームが関わるというだけでその事業は成功が約束されるといわれるくらいの男である。


 だが、彼にはひとつ問題があった。


 とにかく命令されるのが嫌いなのである。


 それは相手が自分の主である立花家の人間であっても変わらない。


 先日の博子の父が「無理」と言ったのもそれがあったからだった。


「そろそろ日野さんを承知させる良い手だては浮かびましたか?」


 悩むふたりの大人に声をかけるのはまだ十代なかばの少女である。


「お嬢様、お見苦しいところをお目にかけて申しわけありません。残念ながら、その糸口すら見つかりません」


「ここまですべて順調に進んでおりましたが、今回ばかりは成功する自信がございません。もちろん全身全霊を傾けて交渉いたしますが、相手があの日野誠となれば、成功どころかどこまで話ができるかさえ見当がつきません」


「しかし、もし彼女が日野さんをリーダーに据えることに失敗するようなことになれば計画は頓挫するのは確実になります。もちろんそうなれば、私はプロジェクトの失敗と、これまで大言壮語を吐いた責任を取ることになります。明日プロジェクト参加を日野さんが承知しなかった場合には、私と墓下はその場で自らの命を持って罪を贖うことになりますが、お嬢様にはこの場で謝罪をしておくことにいたします」


 ふたりの暗い顔に反して、その言葉を聞く少女の顔には交渉の成功を確信しているかのような明るい笑みが浮かぶ。


「どのようなものでも相手があることだし、百戦百勝というわけにはいかないでしょう。それにひとつの敗戦はひとつに勝利で贖えばよいという言葉もあります。たとえ日野さんとの交渉に失敗しても命をもって償うなどということなど考える必要はありません」


「ありがたいお言葉ではありますが、私も墓下も橘花の人間という誇りがあります。しかも、お嬢様の顔に泥を塗るような事態を引き起こしてのうのうと生きるなど考えられません。自裁の許可をいただきたく存じます」


「私からもお願いいたします」


「わかりました。では、残念な結果になった場合にはあなたたちの信念に基づいて行動してください。しかし、それはすべてが終わってからです。始まってもいないうちから失敗を前提に話をするなど有名な『テリブル・ツインズ』らしくありません」


「申しわけございません。お嬢さまの言われるとおりでございます。成功のために全力を尽くします」


「そうしてください。つけ加えれば、明日あなたたちが責任を取るという場面はやってきません。絶対に」


「しかし……」


「もしかして、お嬢様にはあの難攻不落にこちらの条件を飲ませる秘策がおありなのですか?」


「あります」


「どのような?どうか無能な私たちにその方法をご教授していただくようお願いいたします」


「それは明日の交渉の場で披露することにしましょう。ということで、明日の交渉には私も同行しますので手配をしてください」

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