それぞれの事情
今から半年ほど前となる麻里奈たちの中学三年生の秋。
「ねえ、ヒロリン。……北高でもいいかな?受験する高校」
「……南高の特別推薦を蹴り飛ばしたので、私はてっきり一高を受験するつもりなのだと思っていました。なぜ北高に決めたのですか?」
「……恭平が北高を受験するらしい」
「たしかに恭平君の学力レベルでは一高は厳しいですね。わかりました。どういう理由があるのかは知りませんが、まりんさんがどうしても恭平君と同じ高校に行きたいというのであれば私は北高でも構いません。ですが、肝心の恭平君は北高ならなんとかなるのですか?」
「本人はこの前の模擬試験では北高がA判定だったと自慢していた」
「さあ、それはどうでしょうか?実際の合否にはまったく関与しないものを見て浮かれた挙句に本番で失敗などしたら目も当てられません」
「あのバカの場合はそういう可能性が十分あり得るな。なにしろ受験まであと三か月以上もあるというのに『これで俺は春から名門北高生だ』とほざいていたから」
「相変わらずですね。過去の失敗をまったく糧にしない恭平君らしいです」
「まったくだ。だから、気を引き締めて勉強するようにクラス全員の前で力いっぱい気合を入れてやった」
「それはいいことをしました」
「うん。恭平も泣いて喜んでいた」
「ところで、まみたんには北高を受験することを伝えたのですか?」
「してないよ。する必要もないし」
「いやいや、絶対にあります」
「だって、まみたんは南校に入学したら授業料が免除になるらしいよ。それだけではなく通学費も全面補助になるとか。それを放り出したらもったいないじゃないの」
「それを言うのならまりんさんだって同じだったでしょう。まみたんはまりんさんと同じ高校に行きたいと思っているはずですよ。黙って違う高校に入学したらまみたんはショックで死んでしまうかもしれません」
「不吉なことを言わないでよ。とにかく、いつかは別れが来るわけで……それが十五の春である高校受験のときでもいいと思う」
「今の言葉は詩的で笑えます」
「うるさい。渾身の力作にケチをつけるな。それよりも、ヒロリン。一回くらい本気で模擬試験を受けておいたほうがいいと思うよ」
「私はいつだって本気です。名前の書き忘れをしていないかを試験時間のすべてを使って何度も確認しています」
「私が言っているのは中身の方だよ」
「そちらの方は零点から満点まで好きな点数が取れますからご心配なく」




