創作料理研究会の携帯電話事情 Ⅱ
それは創作料理研究会の活動が始まってすぐのことだった。
「先生、先生の携帯電話を貸してよ」
「まりん、通話料だってタダではないのよ。自分のものを使いなさいよ」
「私は携帯電話を持たない主義なの。必要な時はヒロリンのものを借りているのだけど、そのヒロリンがサークル代表者会議とかいうつまらん会議に出席しているから仕方なく先生に頼んでいるわけ。遅くなるからと自宅に電話しておきたいの」
「サークル代表者会議って部長であるあなたが出なければいけないものではないの?……とにかく貸すけど手短にしてよ。はい」
そう言って麻里奈に自らの携帯電話を恩着せがましく貸した女性は童顔ではあるが、よく見れば麻里奈たち創作料理研究会部員たちよりかなり年長だった。
「あれ~先生はまだガラケーなの?」
「スマートフォンどころかガラケーも持っていないあなたに言われたくないわよ」
「まあ、私もガラケーだけど、それにしても先生の携帯電話はかなりの年代ものだよね。角が生えている携帯電話を使っている人がまだいるとは驚きだよ」
「わぁ~本当ですね。私もガラケーですが角……アンテナが伸びる携帯電話を初めて見ました」
「バカな橘は当然スマートフォンなど使いこなせるはずがないから、持っているのはガラケーだろう。もしかして、おまえの携帯も角が生えているのか?おっと、おまえの場合は角ではなくトサカだったな?」
「トサカ?なぜだ?」
「持ち主がチキンだけに」
「……ふざけるな!よく見ろ。トサカどころか角だってない北高男子の鑑である俺にふさわしい男らしい立派なガラケーだ○%×$☆♭♯▲!※」
こうして、最後の砦だった恭平も見事に撃沈し現在第二調理実習室にはスマートフォンが存在しないという驚くべき事実が判明した。
さて、今や天然記念物級珍獣ともいえる角の生えた携帯電話を所持している創作料理研究会の顧問だが、彼女がそれを恥じ入る様子などあろうはずもなく自身のポリシーを自慢げに語る。
「いいのよ。壊れないのだからお金をかけて新しいものに変える必要がないでしょう。とにかく、私はお金を使うことが大嫌いなのよ」
「先生はケチだから買い替えないのはわかる。だけど春香はなぜスマートフォンにしないの?」
「私があれを持たないのは気持ち悪いから」
「はあ?」
「絆とか、繋がりとか」
「あ~なるほど」
「私もなんとなくわかります。私の場合は無視とか嫌がらせですが」
「なぜ、そんなにくっつきたいのかが私にはわからないよ。スマートフォンを持っていなければそんなことに巻き込まれなくて済む」
「まあ、たしかに私も誰彼構わずくっつきたくはないな」
「そうですね」
「ちなみに立派な北高男子である俺はそのような陳腐で女々しい理由でガラケーを使い続けているわけではない」
「言ってくれるではないか。橘よ。ついでだ。特別に聞いてやるから貴様の人間として生きていけないくらい恥ずかしい理由を言ってみろ。ただし、つまらない冗談だったら殺すぞ」
「いいだろう。よく聞けよ。俺がスマートフォンにしない理由。それは……」
「それは?」
「ズバリ金がないからだ……どうだ○%×$☆♭♯▲!※」
それから数分後。
「……あらら。これはすごいな」
通話後、麻里奈は恵理子から借りた携帯電話のあるものを見て思わず声を上げた。
「……先生はずいぶん寂しい私生活を送っているみたいだね」




