奇跡の生還者
あの日からしばらく経ったある日の小野寺家。
「ねえ、ヒロリン。本当にこれをヒロリンがつくったの?」
「つくったというほどではないです。というより作業自体は実に退屈でした」
「いや。それでも……」
自称天才料理人作のそれを見せられた麻里奈は思わず唸った。
普通なのである。
見た目が。
「私に言わせれば、このようなものは料理のうちには入りません。なにしろバターだのマヨネーズだのを塗りたくったパンにハムとチーズを挟んで端を切り落とすだけですから。私のアイデアを生かす場所がひとつもありませんでした」
「……使用したそのパンとかバターとかマヨネーズはヒロリンの自家製なの?」
「違います。せめてそこだけでも私がつくればよかったのですが……」
どうやら、つくった本人は大いに不満があるようである。
だが、これからそれを食す麻里奈にとってそれは朗報以外のなにものでもなかった。
……だが、まだ油断は禁物だ。
「それで、ヒロリンは食べてみたの?」
「もちろん食べてみました。グルメな私的にはCランクの出来ですね」
「……食べた後には何も起きなかった?……たとえば記憶がなくなるとか……その他色々」
「何ですか、その失礼な言い方は。恭平君のような物言いですよ、まりんさん」
「……ごめん」
……おかしい。
……実におかしい。
……これはどうみても普通のサンドイッチだ。
……だが、相手はヒロリン。
……それはありえない。いや、それだけはありえない。
……ということは……。
……もしかして、ヒロリンは新たな境地を開拓したのか?
……見た目は普通、味は凶器。まさにブービートラップ。
……それとも、これは夢なのか?
「……ちなみに、あいつはこれを食べたの?」
「もちろん食べました。『これは究極の逸品だ』と絶賛し、それから『他人はともかく自分のためにつくるときには、この完成された味を崩さないためにこれ以外の材料を加えてはいけない。もちろんこれ以外の材料を代用品として使ってもいけない』と言っていました。本人がそれほど気に入った味だと言うのであれば、仕方がないのでこれからもそうするつもりでいます」
……ん?もしかして。
「ねえ、ヒロリン。これの材料を用意したのってあいつじゃないの?」
「そうですよ。間違って買ってきたのでこれを使ってくれと言われたので仕方なく使いました。それでこれが完成したのですから偶然とは本当に恐ろしいものです」
……なるほど、そういうことか。
……あいつがさっき言っていたのはこれのことだったのか。
「俺とおまえの格の違いをたっぷりと味わって食え」
「どうですか?」
「いや、なんというか、あまりの美味しさに感動して涙が出てきた」
「それはいくらなんでも大げさですよ。まりんさん」
「いや、本当に。……この感動を恭平にも分けてあげたいよ」




