Neferneferu
その日の放課後、創作料理研究会の部員と顧問が現れたのは、このクラブの第二の部室ともいえる全国展開しているチェーン店グループに所属するハンバーガーショップ「ネフェルネフェル 渡海駅前店」だった。
これから一か月後には、さまざまなローカルルールによって異次元世界に変わることになるこの店も、この頃はまだまだ普通のハンバーガーショップの体裁が整えられていたのだが、ひとつだけ他店にないサービスが実施されていた。
それがこれである。
「予約された席へどうぞ」
のちに「ホーリー・オブ・ホーリーズ」と呼ばれることになる創作料理研究会関係者のお気に入りであるあの席を予約できる特典が麻里奈たちに与えられていたのだ。
「もちろん建物のオーナー様の娘さんである春香様に対する忖度です」
理由を問われた店長の小峰は笑いながらそう答えた。
だが、それは表向きのことであり、彼が忖度していたのは彼女とは別の人物であった。
「……いらっしゃいませ。お待ちしておりました。お嬢様」
では、話を始めよう。
「勢いで今日もこっちに来たけれど、せっかく買った道具を私たちが使わないうちに料理研が勝手に持っていったりしないの?」
全員が席に座ると真っ先に口を開きそう訊ねたのは、この店が入る建物のオーナーの娘である自称お嬢様馬場春香だった。
「それは大丈夫だよ」
「なぜ?」
「校長たちが鍵を全部差し出して部屋どころか旧校舎の管理まで私たちに土下座して泣いて頼むから、仕方なくお願いされることになった。だから、私たちがここにいても部外者は部室どころか校舎にだって入ることができない」
「なるほど」
ということで、ここで早くもの麻里奈が自らの悪事をカモフラージュする時に常套句として使用する「土下座して泣いて頼まれた」の登場である。
もちろん今回もそのような事実はないのだが、麻里奈に続いて登場する残り二人も悪事を働いてきた創作料理研究会関係者も好んで使用するこのセリフを口にして、自らが麻里奈の同類であることを晴れ晴れとした表情で自慢した。
「まあ、校長先生たちに土下座して泣いて頼まれてしまっては仕方ないです。ここはやってあげるしかありません」
「そうそう。土下座して泣いて頼まれてしまってはやらないわけにはいかないよね。仕方がないからやってあげましょう。もちろん無料とはいかないけど、かわいそうだから少しは割引しましょう。ちなみに、鍵は私とまりんが持っています。ということで、あの部屋は私のものになりました」
「なっていません」
守銭奴教師の妄言は脇に置くとして、なにしろ交渉をまとめてきたのがあの麻里奈である。
「校長に頼まれた」という最終結果も十分に疑わしいものなのだが、その過程にはさらに多くの疑惑があった。
この男でもわかるほどに……。
「麻里奈よ、そこのふたりとどのような悪事を働いてきた○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※」
「悪事とはまったく失礼な恭平だね。でも、そう言うということは詳しい話を聞きたいということだよね?では……」
「ストップ!」
麻里奈が恭平の問いにこたえるように今回の悪事の全容を誇らしげに語り始めようとしたところで春香が再び声を上げた。
「せっかくだから、まりんや先生がどうやって第二調理実習室の強奪を校長たちに認めさせたのかを予想してみない?どう、まみたん」
「面白そうですね。やりましょう。ねえ、橘さん」
「……そうだな」
いつもは麻里奈の隣に座るだけで満足し、悪人たちの会話にはほとんど加わらずにこにこしながら聞き役に徹している常識人のまみが珍しく春香のどうでもいい話に乗ってきたので、たいして考えなくても麻里奈たちが校長たち相手にろくでもないことだけをやってきたことは想像でき、最近強欲守銭奴教師を加えて「悪のツートップ」から改悪して出来上がった創作料理研究会の「悪のスリートップ」の犯罪自慢などまったく聞きたくもなかった恭平も渋々それに同意することにした。
それではいってみよう。
まずは、創作料理研究会の唯一の常識人である松本まみ説。
「きっと、まりんさんたち三人がすてきな笑顔で一生懸命お願いをしたから、校長先生たちが皆さんを信用されたのですよ。よかったですね」
……そんなことは間違ってもあり得ない。だいたい北風と太陽の話でいけば、間違いなく北風役であるこの三人が見せる笑顔には、全世界の人間を不幸にする成分なら必要とする一億倍の量が各種猛毒とともに濃縮され詰まっているだろうが、人々に安らぎを与える天使の微笑みのような要素など、まみ本人ならともかく、この三人のそれには一ミリグラムだって含まれているはずがない。
というのが、その後の報復が恐ろしくて口に出しては言えなかったために心の声になってはいるが、まみ説を聞いた恭平の率直な感想である。
まみ説に続いて、恭平曰く「このろくでもない企画の発案者」である自称お嬢様で創作料理研究会の歩く銀行と称される馬場春香説である。
「金を積んだ。どうせ私のお金をあてにして金を掴ませてきたに違いないよ。でも、それってワイロじゃないの?捕まるよ。両方」
実は、この発言者馬場春香は今回の一件の裏事情のすべてを知っているというか、麻里奈たちがおこなってきた悪巧みに最初から深く関わっていたのだが、そのようなそぶりなど微塵も見せないところは、さすがは「創作料理研究会の悪の三巨頭」のひとりだと言えるだろう。
一方、そのような裏事情があることなど知りもしない恭平は心の中で大いなる期待を込めたこのような感想を呑気に語っていた。
……金を掴ませるなど高校一年生の少なくてもお嬢様と自称する女の子が言うセリフではないが、金持ちで、しかも性格の悪いコイツが言うとどうもリアルだな。だが、この際だ。この資金提供者も含め全員捕まって牢屋送りになってたっぷりとお仕置きをされればいいのだ。ついでに、そのまま全員さらし首にでもなれば、治安維持や公序良俗その他すべての面で社会が今よりよくなるわけで、そうであれば巻き添えを食ったことになる校長たちの犠牲も決して無駄ではないぞ。
「おい、橘。最後は貴様の番だ。気持ちの悪い顔で妄想にふけっていないでお前の愚かな考えを披露しろ」
「○%×$☆♭♯▲!※」
ということで、最後にあくまで自称ではあるが、まみとともに創作料理研究会の数少ない良識派で、自分は名門北高男子にふさわしい、男らしく、そして誰からも後ろ指を指されることはない清く正しい立派な人物と自慢する橘恭平説である。
「交渉におこなったのは麻里奈だぞ。考えなくても校長の弱みを掴んで脅したに決まっているだろうが。だいた○%×$☆♭♯▲!※……」
「見事な一撃」
「実にいい音でした。でも、痛そうです」
「橘さん、大丈夫ですか」
「……いや、あまり大丈夫じゃない」
発表の途中だったのだが、恭平説は麻里奈から脳天を直撃する拳とともに強烈な不合格判定が下され、その見事な一撃には春香と博子から大きな拍手が送られた。
「失礼だね。恭平の話はハズレだし、なによりも、つまらないから却下。正解は私たちの色香で落としてきたに決まっているじゃない。主に私。私の色香」
「いやいや、ここはやはり私の大人の色香でしょう」
「先生の体のどこを探しても、そのようなものは存在しません」
「ヒロリンにだけは言われたくないわよ」
お洒落やかわいらしさを徹底的に排除したらしい黒縁メガネをかけた地味顔の女子高校生と、それと同じくらいに体のある部分が非常に地味な二十四歳の女性教師の恥ずかしい言い争いはひとまず脇に置くことにして、とりあえず麻里奈の話す内容はとってもとってもまずい話である。
それはまず三人のうち二人は未成年者であり、「男など愚かで下等な生き物」などと言って男子をあからさまに見下し、当然のように「下等生物である男子がわずかでも喜ぶようなことは絶対しない」と広言する彼女のこれまでの言動からは想像できず、突如宗旨換えをおこなったのでなければ二百パーセントありえないことなのだが、自分の色香で学校幹部を篭絡したと主張する十五歳の麻里奈の話が本当であれば、その時点で校長たち学校幹部三人は聖職者から「性犯罪者予備軍」または「異常性癖を持つロリコン教師」と分類される変態にジョブチェンジしたことになる。
さらに、これはあくまで恭平が主張する説ではあるのだが、少なくても年少の二人には食い気はあっても色気などというものは存在せず、そのような二人のいったいどこにあるかもわからないような色香、百歩、いや千歩くらい譲ってその魅力と言い換えても、そのようなものに惑わされたということになれば、それはよほど変わった趣味の持ち主か、どうしようもないほど女性を見る目がないか、その両方を兼ね備えた稀有な人物ということになる。
もっとも麻里奈は、その残念な性格はともかく、中学生時代には「見た目だけなら松本まみと並ぶ我が校のツートップ」、「立っているだけなら学校一の美人」などと称されていたほどだから、外見だけなら学校一のモテモテ女子高校生松本まみにも負けておらず、地味顔の博子も胸の大きさだけなら、顧問である恵理子を含めても創作料理研究会の女性陣随一の魅力度を有しているのだから、恭平が主張するこちらの説はこの二人に対する彼個人の深い恨みに基づいた非常に偏ったものであると言えなくもない。
「本当はコレを使ったのよ」
「……あっ、それ」
自分の色香などと言ってはみたものの、自分でも相当恥ずかしかったらしく、わざとらしい咳払いで完璧な仕切り直しをおこない、それからいつもの黒い笑いを浮かべ直した麻里奈が胸のポケットから見せるコレには恭平は見覚えがあった。
「……私の写真ですよね」
コレを見たまみがボソリと呟いたとおり、麻里奈が持つコレとは、まみの写真であり、少し前に恭平をこの悪の組織に誘い込んだ麻里奈の切り札であるアレのお仲間でもある。
恭平もここでようやく理解した。
校長たち三人の大人相手に今回の大戦果を挙げてきた正体が何かということを。
「三人にまみたんの激レア写真をあげて、バレンタインデーの時にはまみたんの手作りチョコを必ず渡すからと言ったら二つ返事だった。軽いものだよね」
「私の激レア写真ですか?」
「まみの激レア写真だと……」
万人の予想を裏切ることなく、今回も肖像権を持つ関係各所の了解も得ぬ、いわゆる無断使用でまみの写真をペテンの道具に利用してきた犯罪集団の頭目が自慢げに自分の犯罪行為を語り、その子分もこの場にいない被害者たちを嘲笑するように同調する。
「そうそう、それまで頑として拒否していたというのに驚いてしまいます。まったく手のひら返しとは、あのような恥ずかしい行為のことをいうのでしょうね。ちなみに先生の写真には校長先生たちはまったく反応しませんでした」
共犯であるエセ文学少女が最後に小さな裏話を披露すると、実はその写真の関係者のひとりである春香は大爆笑し、先ほどの麻里奈の言葉にあった「まみたんの激レア写真」なるものがいったいどのようなものかを「あっち方面」で妄想するのに忙しかった恭平や、捏造されて出来上がったそのセクハラ写真の被写体であるまみも思わず苦笑してしまったのだが、どうやらエセ文学少女のその一言は、悪のスリートップに構成するもう一人のプライドをいたく傷つけたらしく、すぐさまささやかな訂正要求がおこなわれた。
「ヒロリンは失礼なことを言うわね。少しはするわよ。するはずよ。というか、もしかして校長先生たちが受け取りを拒否したあれは私の写真だったの?」
「そうだよ」
「『微動だにしない』とはあのようなことを言うのだと思います。私は校長先生たち三人がお地蔵さんになったのかと思いました」
「たしかに三人は石化していたな。私はあのとき、先生が実はメドゥーサではないかと本気で疑ったよ」
「違うわよ」
学校一のモテモテ女子高校生まみに絶対に勝ち目のないモテ度での戦いを挑んだものの、麻里奈と博子の「悪のツートップ」の挟撃にあっという間に撃沈されてしまった二十四歳の顧問の悲しい現実はさておき、恭平曰く食い気は人一倍あっても色気はゼロである二人の証言によって、同年代だけではなく、かなりの年長者にも絶大な効果を発揮することが証明されたまみの圧倒的破壊力はこの後も各地で華々しい戦果を挙げ続け、「ねごしえーしょん」と自称する麻里奈のペテンとともに「創作料理研究会の双璧」と呼ばれる武器となっていく。
「……とにかく、模擬店で販売したら売れそうだね。まみたんの手作りチョコ。文化祭でうちの部の売り物にしたらいいと思うよ」
「なるほど。それはいいアイデアだね。本当によく売れそうだ」
中学時代のまみのバレンタインデーチョコ伝説を知らなかった恵理子がまみとのモテ度対決に惨敗した悔し紛れにそう口にすると、麻里奈もすぐに同調した。
「まみたんのバレンタインデーチョコは毎年高額プレミアがついていたよ。なにしろアホな男子どもは小遣い全部叩いて買い取っていたりしていたから」
「それはすごいね。そんなに儲かるなら個人的に商売しようかな。え~と一枚五十円でまみたんから仕入れて、それを消費税込み二千ニ百円で売れば……」
「では、企画持ち込み料として売り上げの三割はもらおうかな」
「じゃあ、消費税込み五千五百円にしよう」
「随分高いね。というか、食品にかかる消費税は八パーセントだよ。まあ、それでも買うのがアホな男子。きっと行列ができるよ」
「それは楽しみ」
すぐさま捕らぬ狸の皮算用を始める恵理子を相手に調子よく中学時代のまみのチョコレートネタを語っていた麻里奈だったが、ここでまみから思わぬカウンターパンチをもらう。
「もうやめましょう。その話は。それよりも、まりんさんは毎年バレンタインデーに学校中の女子からチョコレートをもらっていたのですよ。二百個くらい。そっちの方がすごいと思いませんか?」
「ウギャー」
それはまみが放った一撃が無敵に見えた麻里奈の唯一の弱点に直撃した瞬間だった。
「……まみたん。それは日の当たる場所ではしてはいけない話だよ。思い出したくないものまで思い出して変な汗が出てきた」
男は愚かで下等な生き物などと同級生どころか男性教師の前でも堂々と言い放つ麻里奈にとっては、軽蔑している男子にまったくモテないことなど恥どころか、むしろ名誉なくらいなのだが、自身はまったくそのような感情は有していないため、女子の恋愛対象になるというのはどうも居心地が悪く、バレンタインデーに机の上に積み上げられた彼女たちの熱烈な愛がこもったチョコレートの山は麻里奈にとっては触れてもらいたくない中学生時代の黒歴史の象徴のようなものだった。
しかし、恵理子はもちろん、違う中学校出身である春香にとってそれは初めて聞くおもしろそうな話なうえに麻里奈のこのリアクションである。
麻里奈が望む放置など到底ありえず……当然こうなる。
「お~。なんじゃ、それは」
オーバーアクションとともに大声を上げるあまりにもわざとらしい恵理子の驚きに春香も続く。
「確かにそれはすごい数だよ。だけど、それが全部女の子からというのはどうなのかな。前から薄々感じてはいたけど、まりんってあれなのかな。ねえ、先生。まりんは絶対あれだよね」
「何があれじゃ。私はあれでもそれでもない」
「いや~困りました。これまで私は毎日まりんにそのような目で見られていたということでしょうか?夜道でまりんに突然迫られたらどうしましょう。本当に困ってしまします。これは心の準備が必要です」
「先生はちっとも困った顔をしていないじゃないですか」
「むしろうれしそうです」
「私は夜道どころか昼間だって先生になど絶対迫らん。よって心の準備も必要ない。この話はこれで終わりだ」
「そうはいかない」
「そのとおり。終わらない」
「永遠に続きます」
ということで、麻里奈が珍しく鎮火に大失敗し延焼どころか誘爆を起こしたと表現した方がよさそうな状況となり、彼女が女子生徒たちからいったいいくつのチョコレートをもらい、そのもらった大量のチョコはどこに消えたかという話題で全員が大いに盛り上がった。
……この話題のすぐそばに火薬庫を抱えていた恭平を除いて。
一方、まみは盛り上がっていた自分のチョコネタを話をすり替えることで見事に終了させ、この話はここで完全に終わったかに見えたのだが、実は火種は残っていたことがのちに判明する。
そして、麻里奈が形を変えて九月の文化祭に登場させたそれは、男性限定で多くの被害者を生み出すことになるのだが、文化祭で心に深い傷を負った多くの男性たちとっては麻里奈に入れ知恵を授けたようなこの時の恵理子の一言は本当に余計なものだったと言えるだろう。
さて、麻里奈のもとに届いた大量のチョコがどうなったのかという肝心の話だが、相手へのお礼の手紙を必死に書く麻里奈の脇で小野寺家に毎日やってきた博子がその大部分を口に放りこんでいたという衝撃の事実が明らかになる。
そして、ついに恭平がもっとも恐れていた事態、すなわち腹に隠し持っていた火薬庫に火が回る瞬間がやってきた。
「実はですね。恭平君は……」
博子のその証言によって、バレンタインデー本番では麻里奈由来の諸事情によりたった一個の義理チョコにさえ無縁となっていた恭平が家族に見栄を張るために麻里奈に泣きついてバレンタインデーチョコを分けてもらっていたという男としてはもちろん人間としても実に恥ずかしい事実だけでなく、その際にまみの本命チョコも裏口からゲットしようと麻里奈に必死にお願いしていたなどという同級生たちがそれを聞いたら間違いなくその場で即公開処刑になる重要案件までが発覚した。
「……実に恥ずかしい。恥と言う言葉では言い表せないくらいこの変態の行為は恥ずかしすぎる……それで、結局まみたんの本命チョコは橘のアホが食べたの?」
「まさか。まみたんのチョコレートケーキは私とヒロリンと兄貴で食べたよ」
「そうです。三人でおいしく食べました。ちなみに、恭平君が持ち帰ったチョコはすべてお兄さん宛のものです」
「さすがに私がもらったチョコを恭平にやるのは気が引けたからね。兄貴宛てに送られてきたチョコから適当に見繕った」
「ちなみに恭平君が見栄を張りたい相手というのは、小学校六年生の妹由佳ちゃんです。由佳ちゃんは、恭平君に大変厳しくて、私とまりんさんがあげたチョコはもらったうちに認めないって言っていました」
「……まりんさんのチョコ。羨ましいです」
「小学生の妹にあれだけ罵倒されている恭平を見ると、少々哀れになって、さすがの私でも恭平を助けたくなってしまった」
「……まりんさんのチョコ。欲しいです」
「まあ、恭平君は由佳ちゃんのパンツを見ようと玄関で転がっていたという恥ずかしい過去がありますから、軽蔑されても仕方がないのですが」
「……まりんさんのチョコ。食べたいです。ん?妹さんのパンツ?」
「橘、お前」
「橘君」
「たしかに、あれはひどいな。もうすぐ高校生になるという男が小学五年生のパンツを見て、何がおもしろいのか私にはさっぱりわからない。……ん。そういえば、いるな。似たような変態が」
まみの微妙な独り言が繰り返されてはいるのはさておき、恭平をこき下ろしているうちにある人物に行き当たった麻里奈はそう言ってチラッと博子を見た。
「ん?何ですか」
「そういえば小学生に興味を持つ変態高校生が私の近くにもうひとりいたなと思って」
「そうですか。私はそのような恥ずかしい人などはしり……あ~なるほど。たしかにいますね。ですが、その人の名誉のために言っておけば、その人は今も昔も恭平君と違って小学生のパンツには興味ありません」
「うむ。たしかに恭平のように小学生の妹のパンツがこの世で一番好きというわけではないな」
「おい、麻里奈。ちょっと待て」
これまでの内容はすべて事実のために反論ができずお白州での咎人のごとく頭を下げ、早く次の話題に移るようにだいたいのことはやり過ごそうとじっと我慢をしていた恭平だったが、憧れのまみの前ということもあり、さすがにこれ以上この話題で盛り上がることを放置するわけにはいかず、小学生の妹のスカートの中を覗いたなどという、あまりにも恥ずかしすぎる疑いを晴らすために猛烈な自己弁護を始める。
「それは違うぞ。あれは玄関が涼しかったので転がって昼寝していた俺の上をアイツが跨いで、いや、アイツが俺の顔を踏みつけた時に偶然見えただけだ。それをアイツが見られただの、覗いただのと騒いでいるだけであって、あきらかな不可抗力というか、俺こそが見たくもないものを見せられた被害者だろう」
実はこれに関しては恭平の言葉が正しかった。
だが、その正しい事実も、真実よりもおもしろさを優先する恐ろしい相手の登場に蜘蛛の子を散らすように逃げていき、その場に残ったのは「恭平が小学生の妹のパンツを見た」という一点だけだった。
「恭平君、小学生のパンツ覗き魔の見苦しい言いわけなど聞きたくありません」
「まったくだ。橘、お前がロリコンの変態であることは明々白々であろう。しかも、妹に顔を踏まれて喜んでいたというのは、お前はどこまで変態なのだ。顔を踏みつけられながら見る小学生のパンツは最高だと思っているお前のような変質者がまみたんに近づこうとは一億年早い。死刑になって出直せ」
「まったくそのとおりです」
こうして憧れのまみの目前で、恥ずかしいすぎるロリコン疑惑により見事断頭台の露と消えた哀れな恭平であったのだが、彼の悲劇はまだ終わらない。
「恭平君のおもしろい話はまだあります」
「山ほどな」
「聞きたいな。今後のために」
その後も博子と麻里奈によって次々に恭平の恥ずかしい過去が披露され、それまでも決して高くなかったまみの恭平に対する評価はどこまでも下がっていくことになるのだが、のちに創作料理研究会の伝説となるこの「橘恭平 第一回 針の筵タイム」は、恭平にとって地球の裏側で起こった火事の火の粉が突如空間転移して出現し我が家を丸焼きにしたような想定外の出来事であった。
「こんなひどい目に遭うのは二度とゴメンだ」
これは厳しい「針の筵タイム」解放後の恭平による心からの叫びであったのだが、残念ながらそれは叶わぬ願いである。
なぜなら、あなたはそのために選ばれたのだから。
サブタイトルの「Neferneferu」は、古代エジプト第18王朝の謎の王アンクケペルウラー/ネフェルネフェルウアテンから。




