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House of Cards 1

 東京のとある一角。


 とても都心にあるとは思えない多くの木々に覆われた広大な敷地に建つ黒レンガ造りの洋館。


 その館の一室で、この館の主は彼が溺愛する孫娘と会話をしていた。


「……博子。おまえが呼ばれないでもやってくるなど珍しいことだと思ったが、そういうことか」


「いけなかったでしょうか?」


「いや、そのようなことはない。むしろうれしい。……それがおまえの通う高校の制服なのだな。よく似合っているぞ」


「ありがとうございます。わざわざ制服を着てきた甲斐がありました」


「俺はそうは思わないぞ。来るなら連絡のひとつも入れろ。それが礼儀というものだ」


 ふたりの会話に割り込むようにそう口を挟んだのは、この館の主の息子であり、少女の父親にあたる男だった。


「博子よ。おまえがあの高校に入れ込むのはかまわないが、それをこちらに持ち込むな。高校の敷地に寂れた商店街を移転させるような話を簡単にゴーサインなど出せるわけがないだろう。酔狂が過ぎるぞ」


「商店街を移転させる?それはいいアイデアですね」


「いいわけがないだろう。親父、ここはビシッと言うべきところだぞ。当主の威厳をみせてやれ」


「そうか。では、言おう。……おまえは黙っていろ」


「アハハ」


「博子は笑うな。親父もビシッと言う相手が違うだろう」


「おまえはとにかく黙れ。それで、博子よ。おまえが通う高校には購買部も学食は備わっているのだろう。そこになぜ新たな購買部や学食が必要なのだ。しかも、客が生徒だけではせっかく開店しても店の経営は成り立たないのではないのか?それに、おまえの言う、その……」


「フードコートです」


「うん。そのフードコードの座席数の最低五百というのはあまりにも多すぎると思うのだが」


「ちなみに、おまえの高校の生徒数は何人だ?」


「千人弱というところでしょうか」


「多すぎる」


「私も多すぎると思う。なぜ、五百席も必要なのだ?」


「生徒だけを考えれば、五百席なら千人の生徒全員でも二回転で捌けます」


「それはたしかにその通りなのだが、それではやはり商売としては成り立たない。しかも全生徒がフードコートに来てしまったら、今の学食は困るだろう」


「親父の言うとおりだ」


「そうは言っても、せっかく博子が千葉の田舎からやってきたのだ。手ぶらで帰すわけにはいかない。百席程度のフードコートやらとおまえの好きな本屋はつくるように手配しよう。もちろん建設経費はこちら持ちだ。それでいいか」


「いいえ。ダメです」


「博子、調子に乗るな。親父も今度こそビシッと言ってやれ」


「博子がそこまで言うのなら、何か壮大な計画があるのだろう。まずは、その全貌を聞こうではないか」


「……親父は本当に博子に甘い」


 息子のよく聞こえる独り言を無視して館の主は孫娘に話しかける。


「では、博子。聞かせてもらおうか。その計画の全貌を」


「はい」


「待て、親父。これは博子の口車に乗ってひどい目に遭ういつものパターンだぞ。ここは博子の戯言など聞かずに門前払いすべきだ」


「黙っていろ」


「俺はどうなっても知らないぞ」


「構わん」


 息子を黙らせた父親は、彼の孫が語るその計画を聞き始めたのだが、彼女のアイデアにある利点が含まれていることに気づき即座に計画を了承した。


 だが、それに気づかない彼の息子が猛反対する。


「親父。もう一度言う。これを始めたら建設費だけでなく最低でも博子が卒業するまでの約三年間資金を投入し続けることになる。たしかに我々にとってはたいした金額ではないが、それでもムダ金を田舎の高校などに垂れ流す必要はないだろう」


「……視野があまりにも狭い。それとも格の違いか」


「何?」


「博子とおまえでは圧倒的に格が違うと言ったのだ。それだからこそ、次期当主がおまえではなく博子になったのだが」


「博子の言っていることはどうみても砂上の楼閣だろう。実現不可能なその妄想の産物を否定したら、評価されるべき否定したほうが格下だというのはあまりにもひどいだろう。だいたい親父は博子の妄想の産物であるこの砂上の楼閣のどこに成功の可能性が見出したというのだ」


「博子がまだ隠し玉を持っていることをわからないのか?それとも、わからないふりをしているのか?まあ、おまえが私や博子相手に駆け引きをするはずがないのだから、本当にわかっていないのだな」


「わかるわけがないだろう。何度でも言ってやる。これは机上の空論だ。しかも無用の長物というおまけつきだ。だいたい数か月などという短期間でそのようなものができるはずがない」


「できます」


「無理だ。妄想から生まれた赤字を垂れ流すだけのおまえの計画を実行可能なマシなものにするだけでもかなりの労力を要するというのに、そのうえ法的な枷も数多くある。このような条件下でそれを可能にする魔法のようなアイデアがあるというなら言ってみろ」


「テリブル・ツインズを動かします」


「……テリブル・ツインズ?関わるものすべてを金が涌く泉にする現代のミダス一の谷和彦、どのような交渉でもまとめてくる無敵女神墓下晶。橘花グループの至宝であるあのふたりを使うというのか」


「そうです。お爺様には入学前に必要であれば東京の人材を好きなように使ってよいと許可を得ています」


「たしかに言った。だから、それも許可する。」


「しかし、たかが学校に食堂や売店をつくるために貴重な人材を投入するなどありえない話だとは思わないのか」


「何でも常識で考える。おまえが博子に及ばぬ点がそれだ」


「何とでも言ってくれ。とにかく俺は金と人材と時間を浪費するだけのこの計画には反対だ」


「しかたがない。視野の狭いおまえに私がわかるように教えてやる。いいか、よく聞け。これは単に見た目の損得だけの話ではない。たとえば博子が通う高校の敷地に我々の関係会社が事務所を構えることができたらどうなる」


「まさか……」


「わかったか。博子の護衛スタッフが高校に自由に出入りできるようになる。さらに出入りする人間のチェックができる。このふたつを手に入れられるならば投入する資金など安いものだ。だから計画を許可すると言ったのだ。しかも、一の谷たちが関わるのだ。建設費はともかくランニングコストくらいは取れるものができあがるだろう。それどころか、過去の実績を考えれば、歴史に名を残すくらいの施設が出来上がることだって考えられる。まったくこの程度のこともわからぬとは情けない」


「……もういい。よくわかった。そういうことなら俺も賛成だ。これでいいか」


「もちろんだ」


 敗北感に打ちのめされ、うなだれるようにソファーに身体を埋める父親に代わりに身を乗り出した彼の娘が満面の笑みを浮かべて祖父との感想戦を始める。


「私が交渉の最終手段として残しておいたものまでお見通しとはさすがです」


「まあ、私はおまえの爺さんだからな。それに、これくらいのことがわからなければ、おまえから相手にされなくなってしまう」


「すてきです」


「博子にそう言ってもらえるのが元気の素だ。あとは一の谷たちに話をするといい。彼らには私から話をつけておく」


「ありがとうございます」


 こうして少女たちのたわいのない会話から飛び出したあの計画が動き出すことが決まった。


 もちろん一方の当事者である北高やその他多くの関係機関はまだその計画の存在すら知らない。


 だが、この組織が関わることについては彼らがそうと決めた時点でそれが決定事項になるというのがいつものことであり、今回もその前例を完ぺきに踏襲されることとなる。

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