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がーるずとーく Ⅳ

 千葉県の田舎にある千葉県立北総高等学校通称北高。


 その敷地の端にポツンと建つ古い木造校舎の一室では、この部屋を部室として占拠している関係者たちが日々唯一の男子部員の学習能力のなさを笑いものにしながらとりとめのない会話を楽しんでいた。


 それはまったく中身のないものである。


 しかし、彼女たちのことをよく知るすべての北高関係者は口を揃えてこう言う。


「部活動がおしゃべりをしているだけ?結構なことではないか。彼女たちがお菓子を食べて雑談しているだけで済むなら我々にとってこれほど幸せなことはない」


 彼女たちが属する組織。


 その組織こそ悪名高き創作料理研究会であり、それを統べるのが小野寺麻里奈なのである。


 さて、今回は麻里奈たちが根城にしている木造校舎の隣で始まることになるある大規模な建築工事の始まりとなった話である。


「ところで……」


 その会話の口火を切ったのは麻里奈だった。


「やっぱり、ここは不便だよね。購買部からも遠いし、自動販売機からだって遠い」


 もちろん麻里奈の言いたいことは、この木造校舎から早いとこ脱出し現在は名門料理研究会が使用している第一調理実習室を新たな根城にしようというものだったのだが、麻里奈のこの意見には理由はそれぞれ違うものの珍しく反対の声で次々と飛び出す。


「たしかに、ここは購買部からも自動販売機からも遠いのですが、飲み物は来る前に買ってくればいいわけですし、お菓子はハルピが用意した特大のお菓子箱がありますから困ることは何もないです」


 ……この方はとにかく古いものが大好き。当然年代物のこの木造校舎から離れたくない。


「そうですよ、まりんさん。食べたいお菓子があれば私がつくります」


 ……この方が好きなのは麻里奈。だから、誰にも邪魔されず麻里奈に対する愛を爆発させられるこの校舎を離れたくない。


「そうそう。私たちはここでいいよ」


 ……この方は元料理研の顧問であり、名門料理研を窮地に陥れた張本人でもあるため、これ以上のもめ事は起こしたくない。ちなみに、この方が好きなのはアレ。


「それに、そのための橘だろう。売店や自動販売機が目の前にあったら使い走りしかできないこのバカのこの部における存在意義がなくなるではないか。なによりも、それではちっとも面白くない。とにかく、こいつの根性を鍛え直すためにもできるだけ遠い方がよいに決まっている。私は今でも近すぎるくらいだと思っている。なあ、橘。おまえもそう思うだろう」


 ……そして、この方は……まあ、言うまでもないことか。


 そして最後に、部室の移転に賛成する唯一の人物である創作料理研究会ただひとりの男子部員となるわけだが、勇気もなければ意気地もなく見栄え以外はまったく取り柄のないこの男子生徒は、彼の人柄にふさわしく大勢が決まったこの時点でようやく声を上げる。


「理不尽にも毎日のようにつまらんものを買い出しに行かされる身から言わせてもらえれば、売店も自動販売機も近いほうがいいに決まっている。ついでに言えば土日閉店や午後にはほとんどの食い物が売り切れるなど論外だ。いつぞやの麻里奈が昼飯として食べるおにぎりふたつ買うために市内中を走らされた屈辱は今も忘れない」


 と、最近あらたに加わった自らの黒歴史を披露する。


 だが、結局彼が期待したことは何も起こらないどころか、いつもどおりそのまま坂道を転げ落ちるように状況は悪化の一途を辿る。


「あ~あれはなかなか面白かったな」


「まったくだ。あの時のまりんと橘の会話は傑作だったが、おにぎりの種類を確認してからその店に置いていないものを橘に注文するまりんは鬼に見えた」


「そうそう。しかも、最終的に注文したのはどこにでも売っているものだったというオチまであってみんなで大笑いしたよね」


「おい、それは本当なのか?」


「貴様は気がつかなかったのか?愚かだ。まったく愚かだ」


「まったくです」


「くそっ」


「ですが、よく考えると駅前までいかないとお店がないという現状はたしかに少し不便ですので、お店があるのはいいことです。しかも、この校舎の隣にはお店をつくってくださいと言わんばかりの広大な空き地があります」


「たしかにあるね」


「本当ですね。……それにしても、うちの学校は本当に空き地ばかりですね」


「この市の何パーセントかがこの学校の敷地らしいよ。おそらく北高が南高に勝てる数少ない項目だよ」


「まあ、昔はこの広さを活かして新しい校舎や立派な体育館をつくる計画もあったみたいだよ。落ち目になって計画が頓挫したようだけど……」


「よし。では、隣の空き地に私たち専用の商店街をつくろう。春香のお金で」


「そうしましょう」


「う~ん。連休明けからこの校舎の改装に手をつける予定だから、さすがに商店街をつくるのは少々厳しいな。とりあえず今日は隣にあってほしいお店を各自発表ということにしない?」


「いいよ」


「私もいいです」


「楽しそうなので参加します」


「考えるだけならお金がかからないから私も参加するね」


「俺もとりあえず参加しておくか」


「……おい、橘」


「何だ」


「おまえはいい」


「なぜだ。俺だってここの部員だ」


「貴様の希望は聞かなくてもわかっている。どうせエロビデオ屋かエロ道具屋だろう。まあ、変態である貴様なら自分専用お仕置き部屋やお仕置き道具専門店ということも考えられる。どっちにしても却下だ。それからついでに言っておく。百歩譲ってたとえ貴様がここの部員であっても、変態である貴様には発言権などない。話が終わるまで貴様は寝ていろ」


「○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※」


「……橘さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫でないから気絶しているのだろう。さて、我がクラブの評判を下げようとする悪企みが潰えたところで、そろそろ希望店舗を発表しようよ」


「そうしよう」


「いいですね」


「ヒロリンは、やっぱり本屋さんが欲しいの?」


「小さいものになるとは思いますが、本屋さんは必ずつくるつもりです」


「ヒロリンは本が好きだからね」


「はい。それからおいしいパン屋さんも出店予定です」


「それはいいよね。お昼に焼き立てパンを食べられるなんて憧れるよ。それで、まりんは?」


「私はケーキ屋。『ファイユーム』なら完璧だな。毎日あの店のアップルパイが食べられるなら、そこを天国と認定してやってもいい」


「さすがに、それは無理だな」


「一応聞いてみます」


「それで春香のご希望は?」


「学食かな。私は薄暗くて埃っぽい体育系クラブのたまり場みたいなあの雰囲気がどうも好きになれない」


「あ~今の学食はたしかにダメだな。私は一度行っただけだが汚いし、なにしろ美味しくない。しかも立ち食いとはなんだ。今時ないだろう。立ち食いは」


「そうですか?二百五十円の天ぷらうどんは結構美味しかったです。ただ、隣で恵理子先生が土下座して泣きながらおばちゃん相手に値引き交渉をしているのを見てからは私も行っていません。先生の仲間だと思われたくないもので」


「学食で安いメニューをさらに値切るなんて聞いたことないよ」


「まったくだ」


「二十分交渉してやっと二百四十円にしてもらったのよ。表彰状ものだと思うけどね」


「……そういえば、田代先生に恵理子先生の弱みを教えてくれたら千円を払うと言われていました」


「じゃあ、田代先生に今の話を教えることにしよう。私たちは千円がもらえて、先生は田代先生から褒めてもらえる。これぞ一石二鳥だ」


「うっ……それだけはやめて」


「新しい学食では値切り交渉禁止です。ただし増量要求は可とします。よろしいですね、先生」


「……はい」


「そうだ。こっちにつくるものは、まみたんが安心して行けるようなフードコートにしたらどう?」


「いいですね。フードコート。パスタ屋さんとかクレープ屋さんがあるといいですね。それから内装もかわいいものがいいです」


「女子受けするフードコートですね。了解です」


「先生は?」


「もちろん銀行。最低でもATMは欲しい。そうすれば、すぐに通帳に記帳できる」


「なるほど、通帳が唯一の友達である先生らしいです。しかし、ATMはあると便利ですね。わかりました」


「あとはコンビニ」


「……先生」


「何よ」


「パイが大きくないので、他の店に迷惑がかかるコンビニエンスストアの出店を認めません」


「仕方がないわね。じゃあ、安い飲み屋で我慢する」


「即失格」


「先生、ここは学校だよ」


「総菜屋さんならあります」


「安くておいしいお弁当が売っているならいいよ」


「売っています。二百八十円の唐揚げ弁当がオススメです」


「じゃあ、その総菜屋さんでいいよ。でも職員室までお弁当を届けて欲しいな」


「善処します」


 ひとりを除けば、小さな事故により発表会に参加できなかった恭平を含めてこの時それぞれの希望をたのしそうに語っていた誰もが、それをこの場かぎりのたわいのないものだと思っていた。


 だが、しばらくすると突如動き始め、それに合わせたかのように行く手を阻む厳しい規制が次々と解除されたこの話は短期間に実現へと突き進み、この学校とは縁もゆかりもない東京のとある企業が運営主体となり九月の始業式とともに正式に稼働したその施設は、その月におこなわれたあの行事において大きな役割を果たすことになる。

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