The Dark Side of The Moon 5
「こんにちは」
麻里奈たちと別れた春香がコンビニエンスストアで雑誌を立ち読みしているところでその声はかけられた。
まみと麻里奈という飛びぬけた美人と行動をともにすることが多いために普段はふたりに隠れてあまり目立たない春香だが、実は十分に「かわいい」という部類に入る美少女であり、このように校外で声をかけられることは珍しいことではなかった。
当然そのような輩のあしらい方は心得ている。
春香はその相手を確認するように一瞬だけ目をやっただけで、まじめに相手にするのすら面倒だと言わんばかりに雑誌を眺めながら答えた。
「悪いけど私はあなたを知らない。人違い?それともナンパ?もしナンパなら遠慮しておくよ。残念だけど私の好みじゃないから」
春香の言葉に軽く傷ついた様子も見せたものの、その男はさらに食い下がる。
「冷たいな。でも、僕は大事な話がしたいだけで君をナンパしたいというわけではない」
「大事な話?」
「そう。小野寺麻里奈について」
「まりんの話?そう言うからには私を誰だか知っているということ?」
「もちろん。北高で小野寺麻里奈と同じクラブで活動している馬場春香さんだろう」
ここでようやく春香は読んでいた雑誌から目を放し、高校の制服を着た相手に顔を向けた。
「なるほど。でも、真面目な話し合いをしたいというのなら、まずは名乗るべきだと思うよ」
「失敬。まったく君の言う通りだよ。僕は片山恭。小野寺麻里奈や松本まみと同じ中学校出身で今は一高に通っている」
春香の指摘に男はそう言って仰々しい仕草とともにうやうやしく頭を下げたものの、それは形だけであることは明白だった。
「ちっ」
それに対して、春香は相手によく聞こえるように大きく舌打ちし、その無礼な態度のお返しとばかりに瞬時に選び出した彼が一番好まない単語を加えた強烈な嫌味を投げかけた。
「一高に通うその片山恭さんがまりん絡みの話で私にどのような用件があるのかな。もしかして、まりんとの仲を取り持って欲しいとか?でも、まりんの男嫌いは筋金入りだよ。あなた程度じゃ到底まりんの心を掴むのは無理だと思うよ」
「そ、それはもちろん知っているし、……いや、知っているというのは小野寺麻里奈の男嫌いというところで……とにかく間違ってもそのようなことではない」
どうやら、その言葉は絶大な効果があったらしく、すっかりペースを乱された恭は時間をかけて呼吸を整えなければならなかった。
「……さて、話を始める前にまず確認しておきたいのだが、噂によれば君は小野寺麻里奈に不当な扱いをされたうえに金を毟り取られているそうだが本当なのかな」
その瞬間、春香の目がスッと細くなる。
……いよいよ来たな。まさにヒロリンの読みどおり。
春香は心の中でそう呟くと、あらかじめ用意していたその言葉を口にした。
「よく知っているね。じゃあ、私が心の中でまりんをどう思っているかも知っている?」
「おそらく、よく思っていない。違うかな」
「そのとおり。まったく嫌な女だよ。見てくれはいいけどわがままで傲慢。しかも金にルーズ。他人の金をアテにして浪費を繰り返す。まみたんを含めてあんなのを追いかけまわす女どもの気が知れないよ。私は」
「僕もその点では同意見だ。そこで君に迷惑をかけ続けている小野寺麻里奈を君に代わって僕が徹底的に懲らしめてやってもいい。もっとも少しばかり君にも手伝ってもらうことにはなるのだが。それで……」
「いいね。乗った」
彼女の言葉にまさに「我が意を得たり」という表情で饒舌になった恭はあの計画を打ち明けかけたところで、春香の言葉がそれを遮った。
「……あ、ああ。それはすばらしい。それでは立ち話というわけにはいかないから、場所を変えて話の続きをしようか」
「じゃあ、駅前の『ネフェルネフェル』がいい。あなたのおごりで」
「……もちろん」
……軽いものさ。所詮小野寺麻里奈の取り巻きなどこの程度のものさ。
それから三時間後。
……ヒロリン、春香だよ。来たよ。ヒロリンが言っていた片山なんとか。聞いていた以上に傲慢で性格の悪いゲス野郎だ。もう少しで殴りつけてやるところだったよ。ところで、あいつは本当に一高生なの?自慢げに一高の制服を着ていたけど、橘以上のバカにしか見えなかったよ。
……恭君は以前から自分の言葉に酔うところがありましたが、確かに一高生です。ところで、恭君がもう少し動くまでまりんさんには黙っていましょう。その方がおもしろいことになりそうですから。
……ラジャー。でも、まみたんや橘には話をしておいたほうがいいのでは?
……ふたりにも言わない方がいいでしょう。
……ヒロリンがそう言うならそれでいいよ。とにかく、あの男の泣きっ面を早く見たいね。
……安心してください。すぐに見られます。最高の形で。




