エピソード ゼロ Ⅳ
ゴジマ。
有名なあの怪獣のような名だが、もちろんこれは怪獣のものなどではなく、れっきとした人間の、もう少し詳しく述べれば千葉県立北総高等学校通称北高の世界史を教える教師につけられたあだ名である。
ところで、あだ名というものはその人物の特徴や名前の変化させたものが多いのだが、この人物の場合は少し違っていた。
表面上では捻りというものがまったくないのである。
この人物の名は五島祐一と書き、「ゴジマ ユウイチ」と読む。
つまり苗字そのままなのである。
それでは単なる呼び名であって、あだ名とは呼べないのではないかと思われるかもしれないのだが、そういうわけでもない。
なぜか?
ここで重要なのが五島ではなくゴジマというところである。
そうなのだ。
彼のあだ名は五島とあの伝説の大怪獣ゴジラを掛けているのである。
理由は言うまでもない。
怪獣のように吠えるのである。
だが、体育ならともかく、そろそろベテランと呼ばれる領域に足を踏み入れる年齢となる五島が教える世界史という教科と吠えるというその行為を結びつけて考えることは容易なことではない。
しかし、五島には風紀違反に厳しく、生徒たちに「生徒の校則違反を取り締まることを生業としている」と陰口を叩かれるもうひとつの顔があった。
彼はそこで吠えるのである。
盛大に。
彼がおこなうその取り締まりの厳しさは有名で、そのあまりの苛烈さに校長は二年前に自らのクラス以外の生徒の取り締まりをしないようにと厳命したうえ、クラスを受け持たせないというウルトラCともいえる荒業でそれを封印したのであった。
ところが、この四月突如その封印が解かれ彼は急遽一年のあるクラスを任せられる担任となった。
五島はようやく自分の出番がやってきたと喜び、担当クラスを乱れ切った風紀を正す綱紀粛正の見本にすると息巻いていたのだが、校長がこの封印を解いた理由は別にあった。
それは春休みのある日、彼のもとに中学三年のクラス担任だったという人物からある新入生に対しての注意を促す手紙が届くところから始まる。
曰く、「アレの見た目の良さに騙されてはいけない。アレの本質は悪であり、息をするたびに伝統と秩序、そして常識と礼儀を破壊し混乱をもたらす。名門校の名に泥を塗らたくなければアレを独房に閉じこめ鎖で縛り厳しく管理することをおすすめする」
そして、それと前後してその言葉を信じざるを得ないような理不尽なうえに拒否権がない不当な圧力が彼のもとを訪れた。
実はその圧力は、手紙に書かれていた人物ではなく、常にその隣を歩く地味顔のメガネ少女の差し金によるものだったのだが、その人物の仕業だとまったく疑わなかった彼はある決断をする。
「毒も持って毒を制す。これしかない」
それが今回の封印の解除の真の理由だった。
「とりあえず副作用は大きいが最善の一手は打ったことになる。さて邪神と魔獣、どちらが勝つか。私としては共倒れが望ましいのだが。どちらにしても長い戦いにはなるのだろうな」