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聖なる館

 最初の部内会議がおこなわれた翌々日、その内容が麻里奈のいかがわしい目的からは想像の及ぶかぎりかけ離れており、「これはいったいどこの慈善団体のものなのでしょうか」と、それを書いた博子本人を含む部員全員が大笑いした創作料理研究会の壮大な活動目的が書かれた申請書が提出され、それからしばらくして創作料理研究会に学校から同好会としての活動認可を下りた。


 もちろん、申請書の内容はあきらかな捏造ではあったのだが、「自分が食べたいものを他人の金で買った食材を使って誰かにつくらせて食べる。もちろん後片付けは私以外の誰かがやる」などという麻里奈が語る活動方針をそのまま書いてしまえば、たとえ同好会といえども活動許可が下りなかった可能性が高かったため、普段はこのようなことに真っ先に反対する創作料理研究会唯一の常識人松本まみも今回ばかりは強く主張することはなかった。


 だが、そこにやってきたときに、まみは「やはり嘘をつくのはいけないことですね。反省します」とぼやき、春香も「まったくだ。今回は活動許可が出ただけでよしとするしかないな」と苦笑いした。


 学校から創作料理研究会の部室として割り当てられた「そこ」とは、広い学校敷地の端にポツンと建つ、現在は倉庫代わりに利用されている程度で、本来の目的では十年は使用されていないと思われる旧校舎にある「第二調理実習室」と札がかかる小さな調理実習室と付属する準備室だった。


「本当にここなの?」


「そうです」


「私たちをこんなところに閉じ込めるとは、校長たちはなにかよからぬ陰謀を巡らしているかも。いや、間違いなくそうだ。実は私たちを閉じ込めるためにこの違法建築物を何十年も残していた可能性だってある」


 もちろん、それは麻里奈の被害妄想の産物であり、歴代の校長にそのような意図があったという事実はないのだが、ではなぜ存在しているだけで諸々の経費がかかるこの古びた木造二階建ての旧校舎がこうして残されていたのか?


 鍵を受け取りながら、担当事務職員から博子とともにこの校舎の歴史についての説明を受けた麻里奈が自分流の解釈をタップリと加えて春香たち残りの部員たちに語った説明によれば、「さっさと壊してしまえばよかったものを、当時のケチで意気地のないバカ校長が壊しそびれてしまったために、引っかかってしまったなんとかという条例だかのおかげで保存することが決まってしまったので、我慢して残してやっている」というものがその理由であった。


 だが、そこで終わらないのが、創作料理研究会である。


「おもしろい。実に弄りがいのありそうな物件だ」


 まず、その言葉とともに、春香による無断改装が始まり、さらに二か月後ある人物がここを訪れたことがきっかけとなり東京の会社が改装工事を引き継ぐとそれは本格的なものとなり、夏の終わりに改装が終了した時、この校舎は外観こそ以前と変わらぬものの、それ以外はまったく別の建物に変貌していた。


 そして、異様な盛り上がりをみせたこの年の文化祭後には、生まれ変わったその建物は「あの創作料理研究会が入るにふさわしき高級ホテルをも超えるすべての設備が備わった驚異の建築物」と多くの雑誌で紹介され、受験生をはじめとしたこの高校を訪れる者が必ず立ち寄る人気スポットにまでなるのだが、これから起こるそのような面白すぎる出来事のことなどこの時点で知る由もないこの校舎の最初の入居者である某クラブの部長の怒りはそう簡単には収まらない。


「まったく、私たちをバカにするにも程があるというものよ。これじゃ島流しじゃないの。私たちに何か恨みでもあるって言うの!」


 その根拠など彼女の頭の中以外には存在しないのだが、自分たちが学校側から最恵国待遇を受けられるものと本気で思い込んでいた某クラブの部長である麻里奈は学校側の創作料理研究会に対する扱いに大いなる不満を抱き、そして実際に声に出してそう騒ぎ立てていた。


 もちろん学校側は設立条件を完璧に揃えて申請がされている以上同好会として認可しないわけにはいかないものの、麻里奈たちが使用を希望する第一調理実習室は名門料理研究会が毎日使用しているためどうしたものかと対応に苦慮していたところに、四月に赴任してきたばかりの森本という化学の教師から旧校舎に使用されていない第二調理実習室があるという情報がもたらされ、渡りに船とばかりに部室としてそこを貸し出すことを決定したというだけであり、麻里奈にも創作料理研究会にも特別含むところがあったというわけではなかった。


 だが、この日から約一か月後に起こったある事件後には校長ほか教職員一同、「あの時に活動する部室がないので認可できないと門前払いにすべきだった」と後悔をすることとなり、森本は「お前がすべて悪い」とほぼ百パーセント責任転嫁といえるバッシングを受けることになる。




「仕方がないです。こっちは出来たばかりですし、それに部員が五人しかいないのですから。ほら部屋は外見ほど古くないですし、いまどき木造校舎なんて趣があってたいへん良いではないですか」


「こういう古いものが好きなヒロリンにはいいかもしれないけれど、私は嫌だよ。それに向こうは顧問がいなくなったのだからもうすぐ廃部になるのでしょう」


 麻里奈の言う「むこう」とはもちろん第一調理実習室を利用している料理研究会のことであり、この名門クラブは一身上などというわけのわからない理由で顧問が突如辞任してしまったために部活動をおこなうための必須要件を欠くという緊急かつ大問題が勃発して現在大混乱中であった。


「それについては、本当に悪いとは思っているのよ。これでも」


 全部員の冷たい視線に晒されながらボソボソとそう言い訳をするのは、麻里奈たちより遅れてこそこそと第二調理実習室に入り、申しわけなさそうに麻里奈の隣に座ると、春香が持ち込みテーブルに広げられた大量のお菓子からミニチョコパイをそっとつまみあげている童顔ではあるがよく見れば麻里奈たちに比べて明らかに年長だとわかる女性である。


 もちろん彼女が麻里奈に騙されて料理研究会の顧問をやめ創作料理研究会の顧問となった上村恵理子であり、麻里奈と、それから入学式当日に一度会っている博子を除く三人の部員とは、ここで初めて顔を合わせたことになる。


「料理研の顧問をやめる必要はなかったと思いますよ。どうせ、こっちは何もしないのだし。それに麻里奈が先生にした約束だ○%×$☆♭♯▲!※」


「さすがは恭平君です」


「やはり、コイツは相当のバカだな」


「橘さん、大丈夫ですか」


「……いや、大丈夫じゃない」


「あらら、すごいのね」


 いいところを見せようしてつい口が滑りその人物の前では絶対に言ってはいけないことを口にしたうえに、それ以上に言ってはいけないあのことまで言おうとした愚かな男子高校生を口封じも兼ねて拳で黙らせると麻里奈のクレームが再開される。


「それにしても、ここは本当に備品が少ないよね」


 麻里奈に言われて一同が再度見渡すその部屋は備品が少ないというよりも何もないと言ったほうがより正確な表現と言える。


 なにしろ部屋に備えつけの年季の入った調理台、テーブル、イス以外で現在この部屋にあるものといえば春香が持ち込んだ大量のお菓子類だけだったのだから。


 もちろんそれは、この部屋にあった調理器具類はすべて調理実習の授業で使用するために新校舎の第一調理実習室へ運び出されていたからなのだが、だからといって突如出現したこの怪しげな団体が使用するためだけに新たな調理器具を買い揃える金銭的余裕など貧乏なこの田舎の公立高校にあるはずもなく、せっかく活動許可が下りて同好会として活動ができることになったのに使用する調理器具がないためにあえなく活動永久休止になる創作料理研究会であった。


 「完」


 と、なりそうなものなのだが、実際にはそうはならなかった。


 ここで登場するのが、麻里奈が資金提供役として入部させていた自称お嬢様の馬場春香である。


「なにもない。いいね。ということは、すべてこちらの自由ということだ。これはおもしろいことになってきた。必要なのをリストアップしてくれれば私が用意するよ」


 常識人であるまみは顔を顰めたものの、最初から彼女の通帳をあてにして創作料理研究会の活動していくつもりだった麻里奈と博子はもちろん、すでに春香の通帳を覗いて腰を抜かしていた恭平もその言葉を妥当なものと受け取っていたのだが、例外がひとりだけいた。


「必要最低限のものを揃えるにしてもすごくお金がかかるわよ。……最低でも百万円くらいにはなると思うけど、そのお金をあなたひとりが出すの?」


 それは、この場にいる唯一の大人からのものであった。


 言うまでもないことではあるが、百万円とは普通の高校生にとっては簡単に支払えるような金額でなく、目の前にいる馬場春香という少女が現代の錬金術師であることを知らない現状であれば彼女がその金額を春香ひとりで負担することに対して疑問を呈するのは極めて常識的かつ妥当なものといえた。


 一方のその現代の錬金術師であるが、「それが面白いかどうかが、すべてのことに優先する」という信条を行動指針としている彼女にとってそれはおもしろいことであるらしく、支出する気満々であり、当然のように答えはこうなる。


「そうだよ。それにその程度のお金なら全然心配いらない」


「本当に?」


「本当だよ。そんなに心配なら春香に通帳を見せてもらうといいよ。すぐに納得する」


 自分の疑問に対しての春香本人からの明快すぎる回答にも不安がまったく払しょくされない恵理子だったが、この後に麻里奈からのありがたい提案に従って春香の通帳を見て驚愕した彼女が思わず発した「創作料理研究会の歩く銀行」という言葉は、麻里奈や博子だけでなく春香自身も大いに気に入り自らの称号としても使用することになる。


「とにかく、そういうことだから、これくらいのお金なら春香の金庫はびくともしない」


「そういうこと。心配はいらない。ところで、この部屋にはエアコンがないからまずはエアコンをつけるべきだと思うのだけど、どう?」


「いいですね、エアコン。暖かくて涼しくて」


「それがいい。まずはこの部屋のエアコンだよね。それにしても、私たちが使うと決まっている部屋に事前にエアコンをつけておかないとは、なんと気が利かない学校だ……」


 博子に続いて春香の意見に賛同する麻里奈だったが、再び学校への不満が爆発し、この後もしばらくの間、力のかぎりに学校を罵り続けるのであった。




「とにかく購入備品リストだけは早く作成してよ」


「わかった。リスト作成だね」


「ところで何を買ってもらえばいいのでしょうか?」


「とりあえず欲しいものを書けばいいよ」


「わかりました」


 春香の催促の言葉にそう言って購入備品のリスト作成に張り切るのは部長の麻里奈とその子分である黒縁メガネをかけた地味顔の副部長。


 ……だけではなかった。


「私も頑張りますよ」


 白いブラウスの袖をまくり上げてふたりの話に割り込みテーブルにシールがベタベタと貼ってある真っ赤なノートパソコンを置いてインターネットで値段を調べながらリスト作成を始めるもうひとりは、名門料理研究会を廃部の危機に追い込んでいる元凶であり、先ほどそれについて少しだけ反省の意を示していた人物だった。


「料理研の人たちに申し訳がないので、先生はもう少し反省していてください」


 麻里奈を挟んでその人物の反対側に座るこのクラブ唯一の良識人であるまみが諭すようにそう言うものの、春香の通帳を見て急に気が大きくなったらしいその人物は止まらない。


「いやいや、私はこの創作料理研究会の顧問だから、絶対に私が頑張らくちゃいけないのよ。だいたい、あなたたちはどういうものが必要かわからないでしょう?」


「まあ、それはそうですが……」


「じゃあ、私に任せて。……それにしても本当に楽しいな。お金の心配をしないで出来る買物。ところでポイントはどうするのかな?どうせなら私がポイントカードを持っているお店で買ってほしいなあ。そして、ポイントは私に……百万円分のポイントは私のものじゃ~……」




 それからしばらくしたある日の午後、木造校舎の一室でおこなわれた賑やかな密談の成果がやってくる。


 春香を経由して麻里奈には連絡があったものの、肝心の学校には当たり前のように一切の連絡がないまま北高に突然やってきた大型トラックから降ろされた備品と食材は広いとはいえない第二調理実習室と隣の準備室どころか隣の教室まで埋め尽くし、あっという間にその備品は質量ともにライバルである料理研究会が使用する第一調理実習室のものを凌駕することになる。


 そして、こちらも当然のことのように備品の設置や各種設定を完了させ完璧な既成事実をつくり上げてから、麻里奈たちは図々しく何事もなかったかのように事後承認を得るために校長室に乗り込むことになるのだが、「校長たちにたっぷりと絞られ、麻里奈とメガネ、ついでにこの悪の組織に軍資金を提供したもうひとりも三年間停学にでもなればよい」という恭平の希望と期待に反して、麻里奈たちはこれまで無断でことを進めたことについてのお咎めが一切なかったばかりか、「搬入されたその備品を使用してクラブ活動に大いに励むべし」という驚くべき戦果を手にして笑顔で戻ってくる。


 だが、麻里奈が関わる交渉ごとには常に怪しげな後日談がつきまとう。


 むろん今回も例外ではない。


 戦果の証しである許可書を手に笑顔で校長室を後にする麻里奈、博子そして顧問の恵理子を薄ら笑いを浮かべて見送った校長、教頭、事務長は麻里奈たちとの打ち合わせが終わってからというもの、頻繁に気持ちの悪い笑みを浮かべるようになったことを多くの学校関係者が証言していることから、そこではいつものように一方にだけ都合のよい別名「ねごしえーしょん」と呼ばれるよからぬ話し合いがおこなわれたであろうことは十分に想像できるところである。


「もしかして交渉中に麻里奈に一服盛られたのか。まあ、なににしてもまったくかわいそうなことだ。校長たちも」


 すぐに学校中に広まったその話を聞き、他人事のように校長たちを憐れむ恭平だったが、それはあくまで麻里奈がおこなう悪魔の宴の準備でしかなく、真の被害者はいつも通り自分だったことに気づかされるのはそう遠くない未来のことである。

サブタイトルは、もちろんLed Zeppelinの5枚目のアルバムからの借用です。

なお、このアルバムの発売当時巷に溢れていたらしい「ジャケット天国、内容地獄」というフレーズは自分のお気に入りでありアレンジしてあちらこちらで使用しています。

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