The Dark Side of The Moon 4
恭平と別れ、恭がそこから少し離れた場所に待たせていた車に乗り込むと、車内で待っていた彼より十歳ほど年長の男は薄ら笑いを浮かべながら助手席に座った制服姿の高校生に声をかけた。
「交渉は成功ですか?」
「当然だよ。恥ずかしげもなく、いまだに小野寺麻里奈の腰巾着をしている頭の悪い単細胞動物を手玉に取るなど、僕にとっては交渉とも呼べないくらい造作もないことだよ」
「なるほど。ですが、たとえどんな相手でも用心はすべきでしょう。お父上が依頼した男たちの件もありますから」
「わかっている。それにしても小野寺麻里奈もチビメガネもそこまで強いとは思えないけどな。それで、高額の報酬を受け取りながら依頼を失敗しただけでなく、逃亡までした恥知らずどもがどこに行ったかはわかったのかな?」
「いいえ。警察にも裏から手を伸ばしたようなのですがサッパリのようです。もっとも、こちらの依頼した内容が内容ですので、あまり大げさに調査もできないのも事実ですが」
「いいよ。あっちに関しては親父がなんとかするだろう。小野寺麻里奈と子分のチビメガネが素っ裸にされて泣きながら何度も辱められる映像が見られなかったのは残念だけれども、逆に自らがそれをおこなえると思えば、悪いことばかりでないかもね」
「……そうですね」
自分の言葉に酔っていた彼は気がつかなかった。
目の前の男から一瞬だけ強烈な殺意が漏れ出していたことを。
だが、すぐにそれを隠した男は何事もなかったかのように笑顔をつくり直して自分のかりそめの主人である少年に訊ねる。
「次はいかがいたしましょうか?」
彼が渡したのは三人の少女の写真だった。
「残りは三人か。いや松本まみは除くから残りふたり。ふたりのうちチビメガネは正真正銘の小野寺麻里奈の子分。ということで、まずはこの馬場春香を次のターゲットにしようか。彼女についてわかったことはある?」
「はい。まず地元の有力者のひとり娘だそうで、個人的にもかなり金持ちだそうです」
「個人的にも金持ち?」
「なんでも、中学生の頃から資産運用をして資産を増やしていたそうで、彼女は小野寺麻里奈がつくった同好会のスポンサーでもあるようです」
「ふ~ん。写真で見ると松本まみには数段落ちるが、結構かわいいじゃないか。それに金持ち。いいね」
「……」
「ちなみに、君はどれが好み?やっぱり松本まみかい」
「いいえ。こちらの知的で美しい女性以外には考えられません」
「それは悪趣味の極みだよ」
「……そうでしょうか」
さすがに再び漏れ出した殺意に気がついた高校生だったが、今度はその殺意の根源を完全に勘違いをした。
「まあ、蓼食う虫も好き好きとも言うし、これ以上他人の好みを批判する気はないよ。話を戻そう。その金持ちの娘がなぜ性格破綻者の小野寺麻里奈に従っているのかな。またあの忌々しい『麻里奈教』ということかな?」
「いいえ。彼女自身は麻里奈教徒を笑いのネタにしているとのことなので、おそらく違うと思われます」
「そうなると、なおさら意味不明だ。だが、その辺が狙い目なのかもしれないね。ところで……」
「何でしょうか?」
「この馬場春香のスカートは随分短いな。パンツが見えそうだよ」
「それが彼女のトレードマークだそうです。仲間内でパンツを見せながら階段を上ると揶揄われているようです」
「へえ。……それにしても、君は小野寺麻里奈の周辺についてずいぶん詳しいね。もしかして北高に知り合いでもいるの?」
「いえいえ。先日不慮の事故で亡くなられたこの計画の準備を担っていた前任者に負けないように努力をした成果とお考えください」
「そう。じゃあ、これからも期待しているよ」
「はい」
「鎧塚はガキに取り入ることに成功したようです」
「前任者を事故を装って葬り後釜に入ったことは……」
「まったくバレていないので心配ございません。ところで、お嬢様にお伺いしてよろしいですか?」
「どうぞ」
「なぜ、橘恭平には護衛をつけて、馬場春香には護衛をつけないのですか。馬場春香にはそれだけの価値がないということなのですか?」
「ハルピは単純な正攻法しかできない恭平君よりもこういうことへの的確な対処ができるからです。しかも、あなたも知ってのとおり、私たちが護衛をつけなくても彼女には自前の兵がついているでしょう。もちろん、あなたたちよりも格段にレベルは低いです。ですが、本来高校生の行き帰りの見張りなどあの程度の兵で十分なのです」




