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The Dark Side of The Moon 3

「君、橘恭平君だよね」


 今日も麻里奈たちにひどい目に遭わされ心身ともにボロボロになってトボトボと家に帰る恭平を後ろから呼びとめる者がいた。


 振り返った恭平の前に立っていたのは、制服の襟に付くバッジの校章が違うことから北高生ではないものの、ほぼ同年代の男子高校生のようであった。


 ……ん?誰だ?


 大急ぎで頭の中にある薄っぺらの人名録の中から目の前にいる人物を拾い出そうと探し始めるが、元々登録人数が少ないうえに自分にとって都合の悪いものや興味のないものは優先的に削除されるというなんともすばらしいフィルター付きの彼のデータから目的の人物が見つけることなどできるはずもなく、検索結果は当然こうなる。


「たしかに俺は橘恭平だが申しわけないな。あんたは誰だ」


 恭平のその言葉に、「それだけはありえない」というように盛大にガッカリしたという仕草をしたその男子高校生だったが、実際にはその仕草ほどは落ち込んでいるわけではないようで、なんとも気持ち悪い笑みを浮かべながら再び口を開いた。


「卒業してからわずかしか経っていないというのに、学校一の有名人だったこの僕をもう忘れてしまうとは悲しいな。では、仕方がないので名乗るとしよう。僕は片山恭。君が通っていた中学校で生徒会長をやっていた者だ。それでもわからないようであれば『麻里奈教被害者の会』の会長もやっていたと付け加えておこう。ここまで言えば、いくら君の記憶力が貧困でも僕を思い出すと思うのだが、どうだろう?」


 ……思い出した。この他人を見下した話し方は間違いない。片山恭。麻里奈とヒロリンの次に嫌いなやつだ。


「ああ」


「ありがとう。さて、時間がないのでさっそく要件に入ろう。知り合いの話によれば、君は高校に入っても小野寺麻里奈にひどい目に遭わされているそうだが、それは本当かい」


「何かと思えばそのような話を聞きにわざわざ来たのか。あまり趣味がいいとは言えないが、わざわざ来た礼にとりあえず教えてやる。麻里奈のおかげで本当に毎日ひどい目に遭っている。今日だって……」


 そこまで言ったところで、何かに気がついた恭平は急に不機嫌になった。


 ……こいつにそのようなことを教えてやる義理は俺にはない。


「それにしても、潤いのない高校生活に足りない笑いを求めてここまできたのか。まったくご苦労なことだな」


 大量に心の声を練り込んだ恭平渾身の嫌味だったが、感銘を受けることも、もちろん傷つくこともなく、恭は自らに酔いながら要件を伝えるために話を続ける。


「いや。君と違ってバラ色の高校生活を送るこの僕がそのようなことのために、わざわざこんな寂れたところまで来るはずがないだろう。教えてやろう。僕は君を助けに来た。正確には君の手伝いに来たのだよ」


「手伝い?」


「そう。ちなみに君は小野寺麻里奈にやられっぱなしでいいのかい」


「……何が言いたい」


「君は本当に理解力のない男だな。君はこのまま小野寺麻里奈に踏みつけられたままでこれからの三年間を過ごすつもりなのかと聞いている」


「そのようなわけがないだろうが。いつか麻里奈にぎゃふんと言わせるつもりだ。そのために日々努力をしている」


「そう言うと思った。さすが僕が見込んだだけのことはある。そこで、その君にとっての朗報だ。君がこれまで小野寺麻里奈から受けた数々の屈辱を晴らすことができる完璧な作戦を用意してやった」


 ここで日頃は全く役に立たない恭平の危機感知センサーが鳴り出す。


 ……これは怪しい。こいつが麻里奈を嫌っているのは間違いないが、俺が知っているかぎりこいつが他人のために動いたことなどなかったぞ。何かある。絶対に。簡単にこいつの話に乗るわけにはいかない。


「それはありがたい話だが、なぜ俺だ。あんただって麻里奈に対していい思い出がないはずだ。だから、『麻里奈教被害者の会』をつくったのだろう。それだけ完璧な作戦なら自分でやればいいだろう。俺は安全な場所から応援してやるよ」


「君の言いたいことはわかる。実は僕自身もそうしたいところなのだが、それがそうはいかないのだ」


「なぜだ」


「僕は小野寺麻里奈に近づくきっかけがない。小野寺麻里奈が君程度の記憶力の持ち主なら近づくことも可能なのだろうが、残念ながら小野寺麻里奈の記憶力は相当なものだ。……まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、そういうことで僕は小野寺麻里奈に近づくことができない。ところが君はどうだ。どういうわけか、現在あの男嫌いの小野寺麻里奈が君を傍にはべらせているそうではないか。その点だけでも君は小野寺麻里奈の復讐者として計り知れないアドバンテージを持っている」


 ……いちいち癇に障る言い方だな。だいたい、何がはべらすだ。


「……言っておくが、俺は麻里奈にはべられているわけではない」


「そうかい。だが、君が小野寺麻里奈に深い恨みを持っていること。そして復讐するチャンスがこの世で一番あることは間違いない事実だ。そのような君にあと足りないものは何だ?」


 大げさのジェスチャーで片山恭は恭平を指さす。


 ……答えは、さっきおまえが言っただろう。だが、とりあえず聞いてやろう。


「何だ」


「もちろん計画だ。そして君などではとても考えられない僕が用意した完璧な計画がこれだ」


 恭の手には黒い表紙のファイルがあった。


「見てもいいか」


「もちろん」


「……何だ。これは」


 渡されたファイルをチラッと眺めた恭平は思わずそう呟いた。


 ……なるほど、そういうことか。いかにも、こいつが考えそうなものだが、ここまでいくと犯罪だな。


「要するに小野寺麻里奈を取り巻きと切り離して僕が指定する場所まで連れて来るまでが君の仕事だ。あとは別の者がやるので君は直接手を汚さずに小野寺麻里奈に復讐ができるわけだ。どうだい?」


「なるほど……いいな。完璧だ」


「やってくれるかい?」


「もちろん」




 ……お嬢様。例の男の息子が計画していた小野寺麻里奈の襲撃に橘恭平は愚かにも参加することを決めました。




「お嬢様、例のガキと加担を決めた橘恭平を処理してまいりましょうか?」


「いいえ。まだ早いです。それに恭君の思い通りには恭平君は動きません。彼は肝心な点を見落としていますから。それは遥か上から恭平君を見ている彼にはわからないことです。それに……」


「何か?」


「何でもないです。それから恭平君の周辺にひとり配置してください」


「すぐに橘恭平を処理できるようにということですか?」


「いいえ、護衛です。おそらく必要になるでしょうから」

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