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麻里奈と聡

 ここは麻里奈たちのクラスである一年A組。


 このクラスでは陰湿なイジメがおこなわれていた。


 被害者は中川聡という名の気が弱そうな男子生徒だった。


「中川、今晩もゴジマとメイク・ラブするのか」


「そんなことしないよ」


「無理しなくていいよ。中川は激しく責められるが好きそうだな」


「だから、あれはデタラメだから」


「これ、BLの漫画。今晩プレイするときの参考にしなよ」


「いらないよ」


「今年の文化祭に出品するから、中川とゴジマの激しい愛のパフォーマンスを撮影させろよ」


 このように、この男子生徒はあの日以来ことあるごとにゴジマことこのクラスの担任教師である五島祐一との男同士の関係をネタに弄られていた。


 もちろん、実際にはそのような事実はなく、そもそもこの男子生徒は同性愛とは無縁の存在だったのだが、麻里奈にクラス担任である男性教師の同性愛の相手である決めつけられてからというもの男子からは揶揄われ、女子からは汚いものを見るような蔑んだ目で見られるという悲しい日々が続いていた。




 ……せっかく入学した北高だけどもうやめたい。それもこれも小野寺麻里奈、すべてお前のせいだ。




 この日もいつもと同じように屈辱にじっと耐えながら嵐が過ぎるのを待っていたところで、その出来事が起こった。


「あんたたち、さっきから気持ちの悪いことを叫んで何をやっているの?これだから男は嫌いなのよ」


 聡を言葉の暴力で弄りまわしていた三人の同級生の背中にその声が刺さる。


 三人がふり返ると、そこには両手を腰に当て自分たちを軽蔑の眼差しで睨みつける麻里奈といつものヘラヘラとしか表現できない気持ちの悪い笑みを浮かべる博子が立っていた。


「……小野寺。何の用だ」


「聞いているのはこっちよ。私の質問に答えなさい。あんたたちは何をしているのよ」


「な、何って、こいつの変わった性癖を……」


「変わった性癖を?」


「……ちょっと揶揄っていた」


「ふん。まったくつまらんことをするものだ。そんなに暇なら、まず自分たちの気持ち悪い顔をなんとかしなさいよ」


「まったくです」


「何だと」


「だいたい、そいつは本当にゴジマとつきあっているの?本人は否定しているように聞こえたのだけど」


「何を言う。それを最初に言いだしたのはおまえだろう」


「私が言った?」


「そうだ。小野寺が最初に言ったのだろう。だから、俺たちも言ったのだ」


「そのとおり。俺たちはただおまえが言ったことに乗っかっているだけだ。だから、俺たちが言っていることに問題があるのなら、責任を取らなければならないのは最初にそれを言い出したおまえだ」


「そのとおり。おまえが責任を取れ」


「まったくそのとおり」


「……ほう。おまえたちは随分おもしろいことを言うではないか」


 三人が言ったその言葉に反応するように麻里奈の声が小さくなる。


「では、聞こう。私はそのようなことを言った覚えはないが、たとえ私が最初に言ったとしても、おまえたちはなぜ自分たちで真偽を確かめもせずにあれだけ毛嫌いしている私の意見に簡単に同調するのだ?それに、私自身が言ったことならともかく、おまえたちが言ったことにまでなぜ私が責任を取らなければならないのだ?」


「それは……」


「まあ、いい。とにかくおまえたちが私が言ったことを無制限に同調するというのなら、おまえたちについても言ってやろう。お前たちは小学生のパンツが大好きな恥ずかしいロリコンだ」


「何だと」


「どうした。おまえたちは私の意見に同調するのだろう。そういうことなら『僕たちは小学生のパンツが大好きなロリコンです。全校生徒の皆さん、変質者である僕たちをどうぞ軽蔑してください』と言ってみろ」


「言うわけがないだろう」


「そうだ。言うわけがない」


「言わないのか?」


「当然だ」


「なぜだ?」


「もちろん俺たちがロリコンなどではないからだ」


「私はおまえたち男子の言葉など信用しない。信用して欲しければ、おまえたちがロリコンでないことをここで証明しろ。もちろん、おまえたちがこの場でそれを証明できなければ、私が直々におまえたちが変質者であることを学校中に宣伝してやる。ありがたく思え」


 これは厳しい。


 ここはいわゆる悪魔の証明であると主張するのが最善の策だったのだが、すでにそう言うことを許さぬ空気が教室中に漂い、それではとても逃げ切れそうもない。


 まして、この場から逃亡などしたらロリコン疑惑はあっという間に確定事項になり学校中に広がってしまう。


 もうひとつ、拳で麻里奈の口を塞ぐという手段もあるにはあるのだが、これに関しては既に麻里奈と博子にそれをおこなおうとして返り討ちにあった多くの男子たちの哀れな末路を彼らも耳にしている。


 ということで、いわゆる万策尽きた状態となり、麻里奈が吹っ掛けた無理難題に立ち往生する三人の男子生徒だったが、ここで奇跡のような助け船が現れる。


「まりんさん、それはあまりにも厳しすぎます」


 麻里奈の隣に立っていた地味顔のメガネ少女が差し向けたそれは、まさに厚い雲間から差し込んだ陽の光のようであった。


 だが、それはすぐに消え再び暗雲が立ち込める。


「このようなものはどうでしょう」


 彼女が耳打ちすると、黒い笑みを浮かべて大きく頷いた麻里奈がその言葉を口にしたのだ。


「そうだな。ヒロリンの言うとおり、おまえたちの出来の悪い頭ではそれをおこなうのは難しそうだ。では、こうしよう。このクラスの女子で一番好きなのは誰だ。クラス全員に聞こえるように大声で言ってみろ。それで勘弁してやる。まずは、おまえだ」


「小野寺……」


 三人が歯ぎしりしながら呻くとおり、お年頃の男子高校生にとってそれは、ありもしないロリコン疑惑を晴らす代償としてはあまりにも大きいといえた。


 しかし、恥ずかしすぎるこの代案にすがる以外にこの場を乗り切るすべはない。


 麻里奈に指名された左端の男子は決心したかように顔を真っ赤にしてその名を挙げる。


「ま、松本まみだ」


「まみたんか。醜いくせに随分高望みだな。次」


「俺も松本まみ」


「次」


「松本まみだ」


「三人ともまみたんか。まみたんは人気者だな」


「しかし、順当は結果ではあります」


「では、今度はまみたんに聞いてみよう。まみたん、この陰湿で醜い顔の男どもは全員まみたんが好きだそうだが、まみたんはこいつらをどう思っている?」


 だが、肝心のまみは本物の麻里奈ラブである。

 

 その答えなど聞くまでもない。


 しかも、これまでの経緯を見聞きしているため当然こうなる。


「申しわけないのですが遠慮いたします」


「残念だったな。まみたんは別の男が好きならしい。さて、おもしろい余興も終わったところで改めて聞こう。これからも私の言ったことにおまえたちは同調するのか?」


「それはない」


「ということは、おまえたちの言葉はおまえたち自身が責任を負うということだな。さっきのように誰かが言ったからなどと自分たちが言ったことの責任を他人に押し付けることは今後はないのだな」


「そ、そうだ」


「ふん。最初からそう言っておけば恥ずかしい思いをしなくて済んだものを。まったく愚かなやつらだ。では、今度はそこのやつに聞こう。おまえはゴジマと特別な関係なのか?」


 麻里奈がそう訊ねたのは聡である。


 もちろん聡はここぞとばかりに潔白を主張する。


「違う。僕は男が好きなどということはない。もちろん五島とも何もない」


「おい、聞いた通りだ。忘れるなよ。さて、ヒロリン。このあとはどうしたものかな」


「今後聡君本人が否定しているこの件で聡君を弄った場合には悪質なイジメとして認定し必要な措置をとります。もちろん、この程度のことで五島先生のお手を煩わせるわけにいきませんから、お仕置きはクラス委員であるまりんさんと私でおこないます」


「言っておくが、私はおまえたちが嫌いだ。だから、お仕置きは生きているのが辛くなるくらいのものになる。次にやったら全裸で校庭を走らされるくらいは覚悟しろ」


「……」


「わかったら返事ぐらいしろ」


「……わかった」




「お、小野寺……さん、助けてくれてありがとう」


「私は自分の名誉を守るために行動しただけあり、おまえに礼を言われる筋合いはない。ついでに言っておくが、私はおまえも大嫌いだ。相手が理不尽なことを言っているならなぜ力づくでも訂正させないのだ」


「そうだね。まったくそのとおりだよ。でも、やっぱり今日のことについてはお礼を言いたい。ありがとう」


「ふん」




 ……まりんさん、随分雑な攻め方でしたね。私ならいくらでも逆転できました。


 ……相手に合わせただけだよ。低レベルの相手にはあれくらいでちょうどいい。


 ……ところで、なぜ聡君を助ける気になったのですか?


 ……別にそのようなつもりはない。ただ毎日見せられる目障りな光景にうんざりしただけだ。


 ……そうですか?でも、あのあとにまりんさんを見つめる聡君は実に興味深い目をしていました。


 ……どのような?


 ……恋の香りがしました。


 ……ありえんな。あいつは男で、しかも私のせいであらぬ疑いを掛けられたのだろう。それはヒロリンのあきらかな勘違いだな。だが、念のために付け加えておく。万が一それが事実なら非常に迷惑な話だ。

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