ふたりの新入部員
申請さえすればクラブ活動がすぐに開始できると思っていた麻里奈にとっては大誤算のスタートとなったわけなのだが、麻里奈も高校生になって少しは大人になったということなのか、これまでのように周囲を巻き込んだ大騒動を起こすこともなくおとなしく翌日から残り三人の部員探しを始めた。
だが、ここでまたトラブルが発生する。
小学生の時からあからさまに男子を見下す言動とその他諸々のモテ要素とは真逆な諸事情により、麻里奈は見かけが非常によいにもかかわらず男子にはまったく人気がなかった。
だが、それとは逆に自分勝手なうえに超がつくわがままというその最悪な性格だけでなく、時間にルーズ、だらしないうえに飽きっぽくて大雑把等々挙げだしたらキリがない数々欠点までがどういうわけかまったく反映されず、その頃から高校一年になった現在まで同性からは常にモテモテである麻里奈にとっては不足している部員集めなどたいした労力を要するものではなかったはずなのだが、実際には二日経っても三日経っても新しい部員は決まらず、それどころか、何かをしている様子もなくただ時間を浪費していくばかりであった。
「では、まりんさん。現在どうなっているかを説明してください」
しびれを切らした博子に進捗状況を訊ねられた麻里奈は左頬を軽く掻きながら博子と目を合わせることなくこう答えた。
「候補者の人選が終わり声をかける順番も決まっている。現在は私の厳しい最終審査をおこなっている最中だから問題ないよ。のーぷろぶれむ」
部員候補者選びは順調に進んでいると麻里奈は声高に主張したものの、そこに顔を出した、彼女が自分にとって都合の悪いことを話す時に出る小さな癖を博子は見逃さなかった。
「なるほど。現在部員選びがどうなっているかはよくわかりました」
すべてを察した博子は、「これは間違いなく何もしていません。厳しい審査なんていうのもすべて嘘で、まりんさんのことだからどうせ探すのが面倒になったのでしょう。ということで、今回はこのまま終了です。まあ、困るのはまりんさんだけですから、それでも私は一向に構いません」とバッサリと切り捨てたものの、実はそれでは自分も少しだけ困る博子が麻里奈になにやら耳打ちし、それからしばらくしてようやく決まったその麻里奈の厳しい審査なるものを突破した三人目の部員が馬場春香であった。
この馬場春香が三人目の部員となった経緯については、麻里奈の厳しい審査とやらの内容が不明なため、やはり少々の追加的説明は必要だろう。
地元では有名な資産家を父に持つ春香の通帳にはその大部分を当時はまだ中学生だった彼女自身が資産運用をおこなって築きあげた八桁からなる驚くべき数字が並んでいるという情報をある人物から入手した麻里奈が探していた資金提供役として春香に目をつけたのだが、当然それだけでは勧誘する理由でしかなく、入学早々に起きたある事件をきっかけに春香が麻里奈に対して強いシンパシーを感じたことも彼女が三人目の部員となった大きな理由と言えるだろう。
そのようなふたりの関係をもっとも的確に表現されているものが、ある男子高校生が涙ながらに語ったとされる次の言葉である。
「まさしく二人は同類。そして、これこそが『類は友を呼ぶ』の完璧な見本だ」
さて、部員となった春香に麻里奈と博子はさっそく活動費の支援要請をしたわけなのだが、こちらは驚くほど短時間に交渉終了となった。
「いいよ。面白そうだから」
それが「私はお嬢様だから料理はつくらない」ことを唯一の条件に、ろくに説明を聞かないまま、創作料理研究会の活動費のすべてを援助してもらいたいという麻里奈たちの実に厚かましい要請をあっさりと快諾した、かわいい男の子と表現した方がよさそうなショートカットのヘアスタイルの見た目からも快活そうな三人目の部員馬場春香の言葉だった。
この自称お嬢様馬場春香はことあるごとに「それが面白いかどうかが、すべてのことに優先する」という非常に変わった信条を行動指針としていると広言していたのだが、まだ活動を開始もしていないどころか部員も揃っていないこの時点で彼女が創作料理研究会のいったいどこに大金を投じるだけの面白さを見出したのかは定かではない。
しかし、これから始まる創作料理研究会部員としての三年間はおそらく春香にとっても十分面白いものであったはずであり、ある意味ではこの投資は大成功だったといえるだろう。
ところで、春香による創作料理研究会に対する支援は当人がまったく予想をしていなかったところにも影響を与えていくことになる。
「あの小野寺麻里奈といえども馬場春香という存在なくしては創作料理研究会を短期間にあれだけ大きな成功と影響力を手にする組織には育てられなかったはずである。それを考えれば、我々があの時本当に力を入れて獲得を目指すべきだったのは、やはり馬場春香。そして、もちろん小野寺麻里奈だったのだ。もし、それが実現して馬場春香と小野寺麻里奈、そのどちらかひとりだけでも我々の側にいれば、現在の状況を回避できていたのではないのか……」
これは、これから数年後に崩壊の危機に直面していたある組織の対策会議中の発言である。
その組織の崩壊の兆しが目に見える形で現れた最初の出来事とされているのがこの年の九月におこなわれた北高の文化祭なのだが、その約五か月前となるこの時や彼女たちが北高に入学した時こそが、本当のターニングポイントだったとする意見も多い。
ただし、そう指摘できるのはあくまですべてが終わってから多くの時間をかけて検証したからだという反論も当然存在し、実際にその指摘を聞いた当時の関係者たちは一様に「そのようなものは、今だから言えることだ」と口にしていた。
もっとも、これから十年後にこの騒動についての記録を偶然目にした麻里奈は彼ら全員の発言を一笑に付している。
「彼らにとっての災いとやらが本当は誰に主導されたものかがまったくわかっていない。これでは何度やり直しても彼らの運命は変わらない」
皮肉たっぷりにそのような感想を口にした麻里奈の視線の先には現在の地味顔の彼女とは別人と見紛うばかりの博子が立っていた。
さて、春香に続く四人目の候補者となったのは、麻里奈や博子とは常にクラスは違ったものの三年間ずっと交流があった同じ中学校出身の松本まみである。
中学生時代には自分の誕生日である十月二十六日とクリスマス、そしてバレンタインデーには、いつもまみ本人から届けられた手作りお菓子を食べており、そのおいしさを忘れていなかった麻里奈が「ちゃんとした料理をつくる人」としてまみを部員候補者としてリストアップしたわけなのだが、まみにはこれとは別に麻里奈が目をつけそうな非常に有名かつ大きな付加価値がついていた。
それは圧倒的なまでのモテ度である。
まみはすでに小学生時代からそのかわいらしさは学校内だけでなく周辺でも話題に上るくらいによく知られた存在であり、そこから派生した逸話も数多く残されている。
その中でも特に有名なのは中学三年間のバレンタインデーのチョコに関するもので、生徒だけでなく教師までが加わって激しく繰り広げられた三次にわたる壮大な「松本まみ手作りチョコ大争奪戦」と、そこから生まれた数々の悲喜劇は、もうひとつのバレンタイン伝説とともに彼女が通っていた市立稲花野中学校の輝かしい伝説として長く語り継がれることになる。
当然ではあるが、その彼女が北高にやってくるというニュースは三月中から北校中を駆け巡り、入学式直後から男子生徒が属するほぼすべてのクラブが参加してまみを自らのクラブに入部させようと激しい勧誘合戦を繰り広げられた。
それは負け犬根性が染みついた北高男子には珍しいくらいの熱意が感じられるものだったのだが、肝心のまみはそのどれにも興味を示すことなくあっさりと創作料理研究会なる正式にはまだ誕生もしていない無名のクラブに入部することを決めてしまい、勧誘合戦参加全団体は不完全燃焼のまま大いなる失望を味わうことになる。
男子生徒の大きなため息はあちらこちらで聞かれ、まみの入部に関する多くの噂がまことしやかに囁かれたのだが、なぜか入部を決めたまみ本人が語る理由だけは男子生徒の誰も信用することはなかったのだった。
まみの語るその入部理由がこれである。
「もちろん、愛するまりんさんに誘われたからです」
なお、まみが創作料理研究会に入部することを決めたことにより、今度は麻里奈周辺で別の騒動が持ち上がったのだが、それはいずれ機会が訪れたときに改めて述べることにしよう。




