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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
第二章 ふたりの新入部員
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青い花

 それは麻里奈たちが北高に入学する三年前、つまり中学一年の春のことである。


 その日の放課後、麻里奈と博子は体育館の裏を歩いていた。


「ヒロリン、こんなところに本当に面白いものがあるの?」


「今日の占いでは放課後北西の方歩くと面白いものに出会えると出ていました」


「たしかにヒロリンの占いはよく当たる。でも今回はどうやらハズレっぽい。だいたい、北西と言っても学校の敷地内とは限らないでしょうが」


「いいえ、敷地内です。……ほら、ありました。まりんさん、あれですね」


「本当だ。さすがヒロリン。たしかに面白そうなものだ」


 それまで占い結果に懐疑的だった麻里奈だが、博子が指し示す方向にそれらしいものを発見しうれしそうに大きく頷いた。


「絵に描いたような不良だな」


「まったくそのとおりです。ちなみに、あそこにいる五人のうちのひとりはうちのクラスの人です」


「そう?誰だろう。記憶にはないが」


「片山恭君です。初日の自己紹介で医者の息子だの父親がPTA会長だのと色々と威張っていました。どうせ威張るなら親のことではなく自分自身の功績について威張ってもらいたいものです」


「まったくだ。興味がなかったので聞いていなかったが、親の経歴を自慢するやつは自分に何もないやつと相場が決まっている」


「そういえば、昨日小テストで二番だったと大声で悔しがっていました」


「そうなの?二番なのに悔しがるとは傲慢だな」


「きっと一番になるつもりだったのでしょう。でも、まりんさんがいるかぎり、恭君はずっと二番ですね」


「つまらん。それに、そういうことなら、ずっと二番ではなく、ずっと三番だろうな」


「そうですか?」


「そう。あれの上には私と、そして」


 麻里奈が指さしたのは博子である。


「私は小テスト最下位らしいです。先生にタップリしごかれました」


 博子の言葉は正しい。


「知っている。でも、それが本当に正しいとは限らないでしょう」


「そうですか?」


「そうだよ。というか、私にはまで隠さなくてもいいでしょう。この学校で私より成績上位なのはヒロリンだけだと思っている」


 麻里奈のその言葉に答えることなく、博子はそっと話題を変えた。


「それで、どうしますか?」


「あれか?口説いているのかな?」


「まあ、違うでしょうね。流行りの『身体検査』とかいうセクハラ行為ではないですか?」


「ああ、あれね」


 それはこの中学校で今年の春から突如流行り出したものだった。


「まりんさんのところにも来ましたか?」


「来たよ。軽く相手にしてやった」


「それは初耳です。そういう大事なことは隠さずに話をしてください」


「そう言うヒロリンのところには?」


「私のところに来たかわいそうな田島武志先輩はあれから学校に来ていないようです。顔の腫れが引くまで登校しないのなら暫くお会いできそうにないです」


「あらら、それは本当にかわいそう。というか、自分だって言っていないじゃないの。あれからその手の輩が私のクラスに全然来なくなったと思ったら、あのような気が弱そうな子を狙っていたのか。クズだな」


「まったくです。ですが、これで学校がしっかり取り締まりをしないのかがわかりました。おそらくあれがカラクリの正体でしょう」


「カラクリ?」


「はい。ほら、恭君のおとうさんはこの学校のPTA会長らしいですから」


「なるほど。だから、アンタッチャブル。ということは、あれが元締めということ?」


「そうなりますね。ただし、私に見つかったということは明日からはこのようなことはなくなりますが」


「自浄作用がないとは情けない学校だ」


「まったくです」


「では、とりあえず意気地なしの教師どもの代わりに大掃除を始めようか」


「はい。その前に証拠写真を。……はいOKです」


 麻里奈は大きく息を吸った。


「あんたたち、何をやっているのよ。ひとりの女の子を口説くのに四人がかりとは情けない。意気地なしにも程があるわよ」


 麻里奈の声に振り返った四人に囲まれていた少女はすでに泣いていた。


「どう見ても、三人は上級生です。恭君が金を払って飼っている番犬でしょう」


「番犬のわりには躾ができていないな。さて、相手は四人だから右ふたりをヒロリンに任せていい?」


「いいえ。私が上級生三人。まりんさんは恭君をお願いします」


「私はひとりだけ?しかも一番弱そうなのじゃないの。なぜ?」


「もしかしたら、恭君は三人分くらい強いかもしれないですので」


「ヒロリン、本気でそう思って言っている?」


「いいえ。まったく思っていないです。でも、まりんさんにお仕置きされる方が恭君には効果がありそうですからお願いします」


 博子はかけていた黒縁メガネをはずし、ポケットに大事そうにしまいながらそう言った。


 博子がメガネを外す意味を知っている麻里奈はすべてを了解した。


「本気で怒っているの?わかった。私があのもやし野郎ひとりで、ヒロリンが残り三人でいいよ。それから、いつものように死なない程度だよ」


「了解です。では、ショーの始まりです」


 まさか、麻里奈と博子がそのような会話をしているとは思っていなかった三人の上級生のうちひとりは、一か月前まで小学生だった小柄な少女に腕力で負けるなどまったく考えていなかったのか、ニタニタと笑いながら無造作に博子の胸に手を伸ばした。


「こいつは一年のくせにずいぶん胸が大きいな。それにかわいい。こっちのほうが身体検査のやりがいがありそう……グハっ」


「申しわけありません。私の胸は中学入学前から予約済みです」


 彼を黙らせたのは顔面に直撃した博子が握っていた大きな石だった。


 その一撃に続いて腹に打ち込まれた膝だけで大男を沈めた博子は残りふたりもあっさりと殴り倒した。


 だが、彼らの本当の悲劇はここから始まる。


「これで終わりだと思わないでくださいね。これからあなたたちは痛覚があることを後悔することになります。では、始めましょうか。たっぷりと私を楽しませてください」




「許してくれ……もうゆるし……」


「なんだ。悪党の親玉のくせに、この程度で気絶するとは情けないな。あんたの仲間はヒロリンにあれだけひどい目に遭わされているというのに」


 麻里奈はそうは言うものの、彼女に一方的に殴りつけられた恭の顔はすでに見事なまでに変形していた。


「まったく中学に入学して早々女子の裸を見ようなどとよく考えつくな。このエロガキが。……それで、彼女は大丈夫だった?まだ何もされていなかったようだけど。とにかく災難だったね」


 動かなくなった恭を興味なさそうに放り出した麻里奈が優雅に伸ばした手にしがみついたその少女は一呼吸開けて口を開いた。


「……はい……ありがとうございます」


 後日、彼女はこのときのことをこう表現している。


 ……おとぎ話で王子に助けられたお姫様が恋に落ちる話がありますが、私にとってはあの時がその瞬間です。


 ……私にとっての王子様。


 ……それはもちろんまりんさんです。


「……私は松本まみです」


「よろしく。松本さん。私は」


「知っています。小野寺麻里奈さんですよね」


「あっ、うん。それで、向こうで返り血を浴びている小さい生き物がヒロリン」


「……でも、大丈夫なのですか?その……」


「こいつらを盛大にボコったこと?」


「その人はさっきお父さんが校長先生と知り合いだから何をしても大丈夫だと言っていて……」


「心配ない。ヒロリンがなんとかしてくれる。なんといっても、ヒロリンはね……」


「まりんさん、喋りすぎです」


「そうだね。とにかくよかったね。松本さん」


「ありがとうございました。……まりんさん」

サブタイトルの「青い花」は偶然聴いた曲が気に入ったのでそこから拝借したものです。

アニメのタイトルソングらしいのですが、残念ながらアニメの方は観ていません。

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