閑話「新 チョコレート戦争」 1
……あの日が近づいたある高校の男子高校生たちの会話。
「……おまえたちには、何か秘策はあるのか?」
「何の秘策だ」
「言うまでもない。目前に迫ったバレンタインデーの話に決まっているだろう」
「随分早いな」
「というか、バレンタインデーの秘策は女子が考えることだろう」
「甘い。甘すぎるぞ、おまえたち。そのような甘すぎるおまえたちには悲しみのバレンタインデーがお似合いだ。完璧な作戦を考えた俺とは雲泥の差。いや、これは月と鼈、釣鐘と鈴くらいの差がある。まさにアリとキリギリス」
「どういうことだ」
「わからんのか?」
「さっぱり」
「では、知り合いのよしみで特別に俺が教えてやろう」
「もったいぶらずにさっさと言ってみろ」
「そう言うな。まずは考えろ。キーワードはふたつ。ひとつめは松本まみ。たとえ義理チョコであっても、あの松本まみのチョコを手に入れられたのなら、バレンタインデー勝者と名乗っても差し支えないだろう」
「それはそうだ」
「確かに松本まみは義理チョコでも手作りだそうだからその価値は高い。それで、もうひとつは?」
「小野寺麻里奈」
「小野寺麻里奈?」
「そうだ。あの小野寺麻里奈だ」
「おまえに言っておく。俺は小野寺麻里奈のチョコなどまったく欲しくないぞ」
「同じく。おまえだって小野寺麻里奈から受けたあの屈辱を忘れたわけではあるまい」
「……バカめ」
「何だと」
「俺だって多くの女子の前で二度にわたって小野寺麻里奈に辱められたあの屈辱を忘れてはいない。そもそも誰があの男嫌いの小野寺麻里奈のチョコを手に入れると言ったのだ。俺が言いたいのは、もっと根本的かつ俺たちにとって切実な問題だ」
「何だというのだ」
「いいか。小野寺麻里奈が通っていた中学校では毎年バレンタインデーには本命チョコを小野寺麻里奈に手渡すために女子生徒が行列をつくっていたそうだ」
「その話は同じ中学から来た後輩に聞いた。なんでも、整理券まで配られていたとか」
「そうだ。そして、その惨劇が今年この学校でも起ころうとしている」
「確かにそれは男子にとっては由々しき事態ではあるが、それが俺たちにどう関係するのだ」
「そのとおり。それに小野寺麻里奈の呪いにかかっているのは一年生だけのはずだ。二年生である俺たちにはそれほど影響は少ない」
「一理ある。だが、よく考えろ。肝心の松本まみはその一年生だということを。しかも、彼女はほとんどの時間を小野寺麻里奈と一緒に過ごしている。問題はまだある。噂によると松本まみは小野寺麻里奈が好きだと公言している。ということは……」
「……松本まみからチョコはもらえない」
「お~なんということか。同じ学校という地の利がありながらそれをまったく生かせない事態に我々は陥ろうとしているのか」
「……それは間違いなく惨事だ。なんとか対策を講じなければ……」
「ようやくわかったようだな。そこで、俺が考えた作戦の登場となるのだ」
「お、教えてくれ。その作戦を」
「頼む」
「いいだろう。では、よく聞け。松本まみからチョコを確実にゲットできる俺の秘策を」
「それは?」
「逆バレンタインデー作戦」
「なんじゃ、それは」
「来たるバレンタインデーにこちらから松本まみにチョコを渡す。しかも本命チョコ。そうすれば、漏れなくホワイトデーにお返しがもらえるという算段だ。どうだ」
「……チョコかどうかはわからないが、確かにお返しは手に入れられるな。だが、この時期に特設コーナーで女子の嘲笑と軽蔑の眼差しに耐えながらチョコを買わなければならぬとは屈辱のきわみだな」
「まったくだ。しかも、それは誇りある名門北高男子の風上にも置けないといわれても反論できない恥辱の所業。……だが、確かにこのまま座して死を待つわけにはいかない。やむを得ない。これはやむを得ないことなのだ」
こうして、決死の覚悟で広大な特設コーナーにバレンタインデーギフトが並ぶその店を訪れた彼らだったのだが、そこで彼らが見たものは、顔を真っ赤にしながらまみに渡すチョコレートを吟味する数多くの見知った顔だった。
そう。
同じ状況に陥れば、人間の行きつく先などそう変わるものではないのだ。
そして、その状況下で彼らはどのような選択をしたのか?
……同じ目標を目指す同志による暗黙のうちに結ばれた紳士協定。
要するに、それは微妙な雰囲気を漂わせながらお互いに相手を見なかったことにして再びそれぞれの目標へと邁進するということなのだが、視野が狭くなっていた彼らはある重要なことに気がつかなかった。
それは最終的には全北高男子にとっての大いなる悲劇にまで発展するのだが、その前兆はその翌日から現れる。
さて、彼らが気づけなかったその重要なことであるが……。
それは……。
「ねえねえ、聞いてくれる?昨日まりんさんに渡すバレンタインデーチョコを買いに恵美と一緒にあのお店に行ったら……」
「キモっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ。最低。最低すぎるわ、北高男子」
「だから、男は嫌いなのよ」
「たとえ先輩であろうともそれは許されない犯罪行為よ。この義理チョコは全部自分で食べることにする」
「私も」
「私も」
「先輩にも報告しておこう」
「それがいい。これは全校女子に拡散しなければならない最重要案件だからね」
「男。それはすなわち軽蔑すべき生き物」
「まったくそのとおり」
「この世から男なんか消えればいいのに」
「本当ね」
もちろん本番当日に彼らの身に何が起こったのかは言うまでもないことである。




