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閑話「House of Cards」 9

 ここは国会議事堂が眼下に見える衆議院第一議員会館七階。


 その一室に「House of Cards」プロジェクトの名目上の責任者で施設完成後は支配人となる一の谷の右腕岸本宏和がやってきたのは夜もかなり遅くなってからのことだった。


 橘花関係者では少数派である妻子持ちで子煩悩の彼がこのような時間にここにやってきた理由。


 それはもちろん、この部屋の主に呼びつけられたからである。


「おまえがここに呼びつけられた理由はわかっているな」


 彼に横柄な言葉を投げつけたのがこの部屋の主ある「House of Cards」建設場所を含む北高周辺を地盤とする衆議院議員寺崎雄二である。


「さあ。急な呼び出しでしたのでとりあえずお伺いしましたが、その理由などさっぱりわかりません。申しわけありませんがご教授していただければ幸いです」


「ふん。とぼけやがって。だが、わからないというのであれば仕方がない。特別に教えてやるからよく聞け。おまえが私の地元に建設しているあの施設は、それを建てるにあたり守らなければならない人の道というものを大きく踏み外している」


「いいえ。法律も条例もすべて完璧にクリアしています」


「それは建前。いわば表の世界の話。この世は何事も表と裏によって円滑に回っている。確かに法律はクリアしているかもしれないが、それは世の理の半分だけしかない。おまえの罪はもう半分の方だ。もちろん裏の世界の理だからと言ってそれが許されるはずはない。きっちりと贖ってもらう。それから、勘違いしないように最初に言っておこう。牟田口首相も一目置く俺をおまえが普段軽くあしらっているその辺の底辺議員どもと一緒にするなよ。俺がその気になれば工事を中止にだってできるのだからな」


 これが田舎の市会議員から国会議員になった寺崎雄二のやりかたである。


 一方の岸本であるが、こちらはひたすら低姿勢をみせる。


 もちろん橘花の幹部クラスのひとりである彼がこの程度の脅しに屈するはずはなく、それは形だけではあるのだが、寺崎の目には強者である自分にゴマをする弱者にしか見えなかった。


「承知いたしました。それで、具体的に私が犯した罪とは何でしょうか?」


「決まっている。この私の許可を得ずに勝手に工事を始めることだ」


「……なるほど。その辺の事情に疎かったとはいえ、それは大変申しわけありませんでした。それで、私はこれからどうすればよろしいのでしょうか?」


「そうだな。まず、今従事している業者をすべて追い返し地元の業者を使え。それは後でリストを渡す」


「ですが、あの施設はそれなりの技術が必要で、私の調べたかぎり地元には我々が望む水準を持つ業者はいらっしゃいませんでした」


「では、名目だけでも元受けにすればよかろう。それだけでも彼らは潤うのだから。とにかく地元の業者を使え。もちろん資材購入も地元からだ」


「と、言いますと?」


「資材はすべてこちらが指定する業者より仕入れろということだ。もちろん仕入れ値は彼らに負担をかけないようにしなければいけない」


「現在よりも高くなるということですか?」


「彼らも商売なのだから仕方がないだろう。それからもうひとつ。今回の不祥事に対する詫び料としてそれなりの金額を支払ってもらう」


「……詫び料?ですか。それで具体的には?」


「そうだな?こういうときの相場は九桁というところか」


「……一億円ということですか?」


「もっと払っても構わんが、それが最低だ」


「ちなみに、それは政治献金として支払うということなのでしょうか?」


「いや、表に出ない金と処理をするので、そちらもそれに見合った対応をとるように」


「承知しました」


「それから……」


「まだあるのですか?」


「これが最後だ。施設運営会社の役員に私の知り合いを数人入れてもらおうか。これだけの条件を飲めば、今回の無礼は水に流してやる」


「……寛大なご措置ありがとうございます。お話はすべて承りました」


「それは承知したということと受け取っていいのか」


「はい。ですが、少々内部手続きが必要ですので、明日もう一度お伺いさせていただきます。もちろん、その際には先ほど先生が所望された一億円を持参できるように準備させていただきますので、よろしくお願いいたします」


「よろしい。承知した」




 岸本がうなだれながら退室後するのを横目で眺めながら代わってふたりの男が現れた。


 秘書の武藤と地元の県会議員入江である。


「お見事です。先生」


「まったくです」


「それほどでもない。あの手の輩は肩書に弱いのだ。しかも、牟田口の名前も出したからな」


「それにしても噂の橘花グループとやらもたいしたことはなかったですね。先生が一億円を吹っ掛けたときにはさすがにやり過ぎだと思いましたが簡単に飲むとは。あの者たちは実は噂を利用しているだけのただのハリボテではないでしょうか」


「まったくです」


「おそらく、そうだな。だが、逆にあれだけのことを簡単に承諾したということは、その施設は完成後に相当な利益が出るということを意味する。ということは……」


「それは楽しみですな」


「まったくです」


「せっかくだ。せっかくだから橘花本体の方にも乗り込んでタップリ搾り上げてやるか。噂では目が飛び出るほどの金を溜め込んでいるそうだからな」


「ですが、そちらもただの噂だけかもしれません」


「あり得るな」




 ……一の谷様。岸本です。予想通り例の男はお嬢さまの城建設を妨害する輩でした。お許しさえいただければ、今すぐ子分ともども処理してまいりますが。


 ……いいえ。血塗られた手で幼い我が子を抱くなどあってはならないことです。それはこちらで引き受けますので、奥様とお子さんのもとへお帰りください。連絡ありがとうございました。


 ……ご配慮ありがとうございます。一の谷様。




 その日の深夜。


「……一の谷?あの金の亡者が私に何の用があるというの?しかも、こんな時間に」


 スマートフォンの画面に浮かぶその名前を見て不機嫌そうな声を上げたのは、麻里奈たちが通う千葉県立北総高等学校通称北高の体育教師中倉由紀子だった。


「一の谷。あなたは親しくもない女性に電話をかけてもいい時間もわからないほど常識がないのですか?」


 先ほどよりもさらに一段階不機嫌さを増した声で彼女が会話する相手の名は一の谷和彦。


 もちろん橘花グループの幹部のひとりであるあの一の谷である。


「それは重々承知していますが、どうしてもこの時間にあなたに電話をしなければいけない重大な要件ができたのです。ということで、このような時間で申しわけないのですが私の話を聞いていただけますか」


「いいでしょう。ただし、あなたの言うことに偽りありと私が判断した場合は、それ相応の報いがあると思いなさい」


「承知しました」


「では、話しなさい」


「実は……」


 約五分にわたるそれは、何よりも効率性を重んじる一の谷にしては長い部類に入るものだった。


「……あなたの話はよくわかりました。それについてあなたにひとつ質問があります」


「何なりと」


「あなたの言葉にある岸本とは、あの岸本のことですか?」


「そのとおり。あなたの元部下である岸本宏和のことです」


「なるほど。そうであれば、そのような者たちを始末する程度の仕事であればあの男にやらせればいいでしょう。あの男なら造作もないはずです。わざわざ私に頼む事柄でもないと思いますが」


「まあ、彼の実力を知っている由紀子さんであれば、そうおっしゃると思っていました。しかし、今回はあえてお願いしたいのです」


「理由は?」


「ふたつあります。ひとつはターゲットが衆議院議員であり、かの者の塒で仕事をするのは少々不都合であること」


「……それなりの仕掛けが必要だから単独でおこなうのは難しい。なるほど、それは一理ある。それで、もうひとつは?」


「彼には家族がいます、しかも、子供は生まれたばかりです」


「それは実にくだらないことです。そのような個人的でしかも些細なことは橘花では理由にならないことはいくらあなたでも知っているでしょう。もしかして、そう言って岸本は自らがやるべき仕事を断ったのですか?」


「いいえ。私が彼を止めました」


「まあ、そうでしょうね。そのようなつまらない私情を仕事に持ち込むのは橘花幹部ではあなた以外に聞いたことがありませんから。まあ、いいでしょう。それで、実行はいつなのですか」


「と、おっしゃいますと」


「もちろん仕事はいつやるのかと聞いているのです」


「……ということは、やっていただけると」


「当然です。いくら依頼者があなたであっても橘花に楯突くものがいる以上それらを野放しにしておくわけがないことは当然ではないですか。それに、そのような輩を排除することが私の役目のひとつです。そう思ったからこそあなたも私に連絡を取ったのではないのですか?」


「失礼いたしました。まったくそのとおりです。では、無礼な輩の処理のほうよろしくお願いします」


「……それから、最初に約束しておきましょう。岸本には多少の手伝いはさせますが、そのクズ議員の汚れた血で染まった手で赤子を抱くようことは決してさせません」


「……どういうことですか?」


「岸本に対するあなたのつまらぬ配慮につきあってやると言っているのです」




「……感謝します。由紀子さん」




「首相、寺崎議員がお亡くなりになりました」


「あの寺崎が?それは吉報、いや非常に残念なことだ。それで死因は?」


「交通事故ということです」


「交通事故?」


「しかも、全員からかなりの飲酒をしていた証拠が見つかっているとのことです」


「ということは飲酒運転?まったくバカなことをしてくれたものだ」


「そういうことになります」


「ところで今全員と言ったが残りは誰だ?」


「その車には議員本人以外に秘書と地元の県会議員も乗られていました。残念ながらそのおふたりも」


「……三人で大酒を飲んで車に乗り交通事故に起こして死亡したということなのか」


「……はい。そうなります」


「運転は?」


 ……聞くまでもない。普通は秘書だ。だが、よほどのポンコツでもないかぎり議員を乗せた車を運転する身でそれほどの飲酒をする秘書などいない。


 ……ということは、運転していたのはその同乗していたという県会議員か、寺崎本人という可能性が高い。


「車が誰のものだ?」


「議員本人のものだそうです」


「なるほど」


 ……確定だな。あの下品で傲慢な大酒飲みにふさわしい最期だ。巻き添えを食ったふたりはかわいそうなことだったな。


 ……ん?そういえば、寺崎の地元というのは、最近あれらが建設を開始したというショッピングモールの建設地も含まれていたな。


 ……まさか。


 ……いや、ありえる。


 ……バカな寺崎がその施設に汚い手を突っ込んで、あれらの怒りを買って消されたという可能性が。


 ……一応確認だけはしておくか?


「最近、寺崎を訪ねた人物のリストは手に入るか?」


「はい」


 ……いや。あれらが関わっているのであれば、とっくに証拠は消えているだろう。目に見えるようだ。入館記録にも防犯カメラにも何も残っておらず、室内も完璧に整理整頓されたきれいになっている様子が。しかも、あれらのことだ、それを誰がチェックしたかも調べ上げるだろう。


 ……探して何も見つからないうえにあれらに無用な疑念を持たれるなど、百害あって一利なし。愚かな所業以外の何物でもない。




 ……やめだ。




「悪かった。それは必要ない」


 ……それよりも、ほんの少しでも恩を売っておくべきだろう。


「警視庁へ連絡しようか。故人の名誉のためにあまり深入りはしないようにと」


 ……あれらが私の助力を必要としているかどうかではない。私がそう指示したということがあれらの耳にも届くことが重要なのだ。


 ……そう。これはアリバイ。今後も生き残るための。




 ……ということらしい。


 ……相変わらずこざかしいやつだな。


 ……だが、あれでもヤツの中ではよくやっている部類なのだ。評価するべきものは評価すべきであろう。


 ……要するに、自分はこの件に関与しないと言いたいのか?


 ……そういうことだろう。


 ……ふん、あのようなゲス野郎の助力など最初から不要だ。いちいち気に障るやつだ。


 ……それはあの男でもわかっているだろう。さらに言えば、これからも我らの僕であるという宣言でもあるのではないか。


 ……心にもないことを堂々と言いやがって。さっさと馬脚を表せばいいものを。そのときは俺が直々に始末してやる。


 ……そう言うな。あれでも他の政治家に比べれば十分に使い道があるのだ。そうそう駒を無駄にすることはあるまい。やつがそうしているうちは使ってやろうではないか。

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