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閑話「がーるずとーく」 27 

 千葉県の田舎にある千葉県立北総高等学校通称北高。


 その敷地の端にポツンと建つ古い木造校舎の一室では、この部屋を部室として占拠している関係者たちが唯一の男子部員が体を張って繰り出す実にぶざまなで見苦しい姿を憐れみながらとりとめのない会話を楽しんでいた。


 それはまったく中身のないものである。


 しかし、彼女たちのことをよく知るすべての北高関係者は口を揃えてこう言う。


「部活動がおしゃべりをしているだけ?結構なことではないか。彼女たちがお菓子を食べて雑談しているだけで済むなら我々にとってこれほど幸せなことはない」


 教師たちが畏怖する彼女たちが属する組織。


 その組織こそ、悪名高き創作料理研究会であり、それを統べるのが、小野寺麻里奈なのである。


 さて、今回はあの店での話である。


 麻里奈たちが通う千葉県北総高等学校通称北高近くにある市外からわざわざやってくる客も多い有名な洋菓子店「ファイユーム」。


 その店内ですでに三十分近くにわたってケースの中のケーキを睨みつけながらブツブツと独り言を言い続ける北高の制服である野暮ったいセーラー服姿の少女と、その後ろでうんざりした顔で待ちくたびれている同じく北高の制服姿の少年がいた。


「う~ん」


「おい、麻里奈」


「う~ん」


「おい。聞こえているか?そこのバカ○%×$☆♭♯▲!※」


「静かにしてよね。気が散るでしょう」


「とにかく、さっさと決めろ」


「そう簡単に決められるわけがないでしょうが。それにしても、乙女の至福の時に水を差すとは、あんたという人間は本当にデリカシーというものの欠片すらないわね」


「何がデリカシーだ。その言葉にもっとも相応しくないおまえにだけはそういうことを言われたく○%×$☆♭♯▲!※。くそっ。だいたいおまえが乙女などあるわけが○%×$☆♭♯▲!」


ということで、そのふたりとは麻里奈と恭平である。




 さて、このふたりがなぜこの店にやってきたかといえば、それはこの一時間ほど前に彼女たちの根城である第二調理実習室でおこなわれた会話に由来する。


「今日のおやつは『ファイユーム』のケーキにしないか」


「いいね」


「いいですね」


「私も賛成です」


「みんなが賛成するなら仕方がないわね。でも、言いだしたからには全員分のお金を春香が出してくれるのでしょうね」


「いいだろう。では、全会一致ということでいいな」


「ちょっと待て。俺の意見は聞かないのか?」


「なぜ?」


「なぜって、それこそなぜだろう。全会一致と言いたければ俺の意見も聞くべきではないのか」


「意味がわからん。まりんはわかるか?」


「私だってわかるはずがないだろう。まったく恭平は時々不思議なことを言うよね」


「まったく困った恭平君です」


「そうそう」


「……おまえら」


「……でも、一応聞いてあげたらどうでしょうか」


「さすが常識人のまみだ。だいたい俺だってここの部員だぞ。意見を聞くのが当たり前だろう。春香も麻里奈少しはまみを見習って○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※」


「では、面倒だがとりあえず聞いてやる。橘よ。おまえは賛成なのか?大賛成なのか?」


「ちょっと待て。その二択は何だ。普通は賛成か反対だろうが」


「橘」


「な、何だ」


「一応確認をするが、貴様のそれはこれが見てのセリフなのか?」


 もちろん彼の視線にあるのは、準備万端整った春香の拳である。


「そ、それは……その」


「さて、もう一度聞こうか。貴様は賛成なのか?大賛成なのか?」


「……大賛成だ」


「よろしい。最初からそうなるのだから聞く必要などないものをまったく時間を無断にしたではないか。それにしてもいつでもどこでもおまえは本当に情けないやつだな。乙女の拳ひとつで自説を曲げるとは」


「……ふん。誰が乙女だ○%×$☆♭♯▲!※○%×$☆♭♯▲!※」


「結局殴られる哀れな恭平君なのです」


「でも、ファイユームはここからは遠いよね。ちょっと面倒」


「うむ。それはそうだ。では、代表で誰かが買いに行くことしよう」


「そうだな」


「ちょっと待て」


「また何かあるのか?そうか。買い出し係の立候補とは殊勝な心掛けだな。そういうことなら、ご褒美としておまえの大好きなお仕置きをしてやろう」


「そんなことがあるわけがないだろう。その怪しげな行事を始める前に言っておく。そこのバカが大好きなもっとも民主的な方法でそのひとりを決めるなよ」




 ……この常識が通じない異次元世界におけるもっとも民主的な方法。


 ……それは多数決だった。




 そして、このような面倒な作業はエセ文学少女ヒロリンこと立花博子がもっとも民主的な方法と称する多数決によって恭平が押し付けられるのが常だった。


 恭平としては、先手を打ってそれを回避しようとしたわけなのだが……。




「もちろんそうするつもりだ」


「ほ、本当なのか」


「当然だ。では、今回はジャンケンで決めるとするか」


「望むところだ」


「いいですよ。私は絶対負けませんから」


「私もいいです」


「本来なら顧問である私は免除されるべきだけど仕方がないわね。受けて立つわよ」


「よしっ」


 ということで、実にあっさりとジャンケンによって決まることになった。


 これで強制選抜だけは免れたと安堵する恭平。


 だが……。


「では、勝負を始める前にもう一度確認する。橘を除く五人のうち、負けた者が代表して買いに行くということでいいな」


「かまわん」


「いいですよ」


「ちょっと待て。俺は参加しなくていいのか?」


「当然だ」


 それは日頃恭平を甚振る春香とも思えぬ言葉だった。


 春香が用意した天国の住人となる恭平。


 だが、それはほんの一瞬のことであり、すぐに地獄に突き落とされる。


「ジャンケンで決めるのは買い物をする人間だ。貴様は荷物持ちなので最初から行くことに決まっているからジャンケンなど不要だ」


「くそっ。そういうことか」




 そして……。




「そろそろ決まったか?」


「あとは私が食べる分だけ」


「あとは私が食べる分だけ。じゃないだろう。全員分の注文は来る前に聞いてきたのだから、さっきからずっと『私が食べる分だけ』だろうが」


「本当にごちゃごちゃうるさいわね。罰としてあんたの分は買わないことにする」


「お、おい」




 こうして、この日もいつもと変わらずどこまでも小野寺麻里奈、そして、どこまでも創作料理研究会的な平和な時間が流れる千葉の田舎なのであった。

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