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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
第二章 ふたりの新入部員
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実に不幸な五島祐一 Ⅰ

 ゴジマ。


 有名なあの怪獣のような名だが、もちろんこれは怪獣のものなどではなく、れっきとした人間の、もう少し詳しく述べれば千葉県立北総高等学校通称北高の世界史を教えるある教師につけられたあだ名である。


 ところで、あだ名というものはその人物の特徴や名前の変化させたものが多いのだが、この人物の場合は少し違っていた。


 表面上では捻りというものがまったくないのである。


 この人物の名は五島祐一と書き「ゴジマ ユウイチ」と読む。


 つまり苗字そのままなのである。


 それでは単なる呼び名であって、とてもあだ名とは呼べないのではないかという意見もあるだろうが、そういうわけでもない。


 なぜか?


 ここで重要なのが五島ではなくゴジマというところである。


 そうなのだ。


 彼のあだ名は五島とあの伝説の大怪獣ゴジラを掛けているのである。


 理由は言うまでもない。


 怪獣のように吠えるのである。


 だが、体育教師ならともかく、そろそろベテランと呼ばれる領域に足を踏み入れる年齢となる五島が教える世界史という教科から吠えるという行為を想像することは容易なことではないであろう。


 しかし、五島には風紀違反に厳しく、生徒たちに「校則違反を取り締まることを生業としている」と陰口を叩かれるもうひとつの顔があった。


 彼はそこで吠えるのである。


 盛大に。


 彼がおこなうその取り締まりの厳しさは有名で、その苛烈さのあまり校長は二年前に自らのクラス以外の生徒の取り締まりをしないようにと厳命したうえ、クラスを受け持たせないというウルトラCともいえる荒業でそれを封印したのであった。


 ところが、この四月突如その封印が解かれ、五島は急遽あるクラスを任せられることになった。


 そのクラスとは麻里奈たちが籍を置く一年A組。


 これは自称「校則の番人」五島祐一こと北高の世界史の教師で一年A組の担任通称ゴジマと、他称「秩序の破壊者」まりんこと小野寺麻里奈の戦いの物語である。


 ふたりの戦いは入学式の翌日におこなわれた麻里奈たちのクラスである一年A組のクラス委員長の指名するところから始まる。


「これから委員を決める。まずクラス委員長だが、入学したばかりでお互いを知らないだろうから担任である私が指名する。中川聡」


「はい」


「委員長はおまえに……」


「待ってください」


 このクラスの担任教師である五島が指名した中川という男子生徒が立ち上がりかけたところで、それに異を唱えた女子生徒がいた。


「……何だ。おまえは……立花だったな。何か言いたいことでもあるのか?」


「はい」


 この瞬間、彼女の隣に座る麻里奈はすべてを察したかのように頭を抱えた。


 そして、怨嗟の声を上げる。


「ヒロリンのバカ。そんなものはやりたいやつにやらせておけばいいのに。私は頼まれてもやらないから。そして、そこの教師。ヒロリンの不当な要求を断固拒否しろ。大人の、そして教師の意地というものをみせてみろ」


 彼女は知っていた。


 親友であるこの地味顔の小柄なメガネ少女がこれからどのような言葉を口にするのかを。


 そして、その先にあるものも。


「なぜ、彼が委員長なのですか?」


「……本校では一年生の委員長はクラス担任が指名することになっている。そして担任である私が中川を指名した。どこにも問題はないだろう」


「いいえ、大ありです。たしかに一年生のクラス委員長と副委員長は担任が指名することになっています。それは私も知っています。ですが、それと同時に教師の恣意的な選考にならないようにその選考基準は内規で定められているはずです。内規ではどうなっていますか?」


「し、知らんな。そのようなもの」


「そうですか。ところで、これが何かわかりますか?」


 そう言うと何やら分厚い紙の束をこれ見よがしにかざした。


「知るわけがないだろう」


「この学校の内規集です」


「……なぜそれをおまえが持っている」


「どうしてでしょうか。不思議です」


 少女はそううそぶいた。


 だが、彼女が手にしているそれは、言うまでもなくあの時に職員室から持ち出されたものである。


 もちろん、彼女はそのようなことなどおくびにも出さない。


「……それよりも、この内規ではクラス内で入学試験の成績の最上位者を委員長とするとあります。ところで昨日の入学式で新入生代表として挨拶したのは小野寺麻里奈さんですが、彼女はどうして代表になったのですか?長くこの学校にいらっしゃる先生はもちろんご存じですよね。教えてください」


「……」


「どうされましたか?早く教えてください」


「……それは」


「それは?」


「……入学試験の成績がトップだったからだ」


「そのとおりです。それにもかかわらず学年一位の成績入学したその小野寺麻里奈さんを差し置いて彼を指名するというのは、内規に書かれた教師による恣意的な選考に当たります。違いますか?」


 まさに瞬殺である。


 だが、誰もが終わったと思った瞬間に奇跡が起きる。


 「わかりました。先生は委員長と副委員長と言い間違えたということですね」


 ……これは実に胡散臭い。

 

 誰もがそう思った。


 もちろんメガネ少女にはそうする理由があったわけなのだが、溺死寸前の五島にはそれがどれだけ胡散臭かろうが、この場を乗り切るには少女から差し伸べられたその手にすがる以外に道はなかった。


 卑屈極まる愛想笑いを浮かべた五島の口が開く。


「……そうだ。すまん。間違えた。委員長は小野寺、中川は副委員長だった」


 こうして、立花博子という名のこの少女によってあっさりと覆された五島による委員長指名だったが、実は五島以上にこの決定に不満を持つ人物がいた。


 言うまでもない。


 あらたに委員長に指名された麻里奈である。


 そこから、なんとかケリがついたかに見えたこの話の第二章が始まる。


「私にだけ面倒な役を押し付けて自分は高みの見物を決め込むつもりだろうがそうはさせん」


 隣で笑顔を振りまく親友に毒をまき散らすと、麻里奈は勢いよく立ち上がり、前日入学式でその場にいる全員を魅了したあの声でまくし立て始める。


「ちょっと待て、教師。さっきのヒロリンの話の続きだけど……」


「ヒロリン?」


「たった今あんたを叩きのめしたここにいるメガネをかけたちっちゃいのがヒロリンだよ。そのヒロリンが持っている内規よれば、副委員長はクラス内で入学試験の成績が二番目にいい者がやるらしいのだが、そうであればそれはそこにいる中川とやらではないはずだ」


「なぜおまえがそんなことを知っている……あっ」


「そうだ。春休みに呼びだされたときに私がクラス分けについて質問してどこかの誰かさんから全部聞いている。それでも、そいつに副委員長をやらせたいのなら私は構わない。その代わりにあんたとそいつの匂い立つ男同士の特別な関係についてこの場にいる全員の前でたっぷりと語ってもらうぞ。なんなら、ここで実演してもいい。おまえたちが毎晩やっている男性教師と男子生徒との下品な愛のパフォーマンス。全裸になった男同士の気持ちの悪い絡みなど朝っぱらから見物するものでもないが、今日は特別に我慢して見てやろう」


 麻里奈のその言葉に女子生徒は悲鳴を上げ、多くの生徒が当事者ふたりの間を蔑むように冷たい視線を往復させる。


「な、何を言う。でたらめを言うな……そんなものはない」


 顔を真っ赤にして五島は怒り狂ったが、その程度で動じる麻里奈ではない。


 追い打ちをかけるように、さらにもう一撃。


「そうでなければ、もっとやましいことがあるということか。では、潔くそれを白状してもらおうか。この少年大好き変態教師」


「何だと」


 ここからふたりの口論が始まるわけだが、口論で麻里奈に勝てるはずもなく、五分間の怒号の応酬後に五島は全面謝罪に追い込まれ、「ゴジマ対マリナ」の初戦はマリナこと小野寺麻里奈の圧勝となった。


「くそっ。小野寺麻里奈」


 五島にとっては内規とはいえ規則を曲げたことが発覚し「校則の番人」の面目丸つぶれになったうえ、ありもしない男色疑惑まで押し付けられたこの日の屈辱は麻里奈に恨みを抱くには十分過ぎるものであった。


 一方の麻里奈であるが、こちらはそのようなことなど慣れっこになっているため五島の恨み節などどこ吹く風である。


 彼のことなど眼中にないかのように相棒であるヒロリンこと立花博子とこのような言葉を交わしていた。


「ヒロリンのおかげでまた面倒な役を押し付けられた」


「それを言うなら私こそ。かわいそうな聡君に副委員長を譲ってあげたかったです。まりんさんにありもしない五島先生との怪しい関係をでっちあげられた聡君はクラス中に弄られて泣いていました。あれは五島先生の先輩である聡君のお父さんがゴリ押しをしただけで聡君は直接関わっていません。かわいそうなことです」


「そうであれば、そう言えばいいじゃない。そんなことで泣くなど何と女々しいやつだ。実に気持ちが悪い。だから男という生き物は嫌いなのだ」


「これでまた、まりんさんに恨みを持つ男子がひとり増えました。まあ、五島先生もですが」


「うれしそうに言わないでよ。だいたい私が買った恨みの半分はヒロリンが蒔いた種が原因でしょうが。今回だってそうだし。どっちにしても、すでに千人分の恨みを買っているのだから、ここでひとりやふたり増えてもたいして変わらないよ」


「なんと剛毅な。実に男らしくて素敵です」


 


 ……おもしろい。実におもしろい。南校の推薦を蹴り飛ばして北高に入学した甲斐があったな。


 目の前で演じられたその喜劇を楽しそうに眺めながらそう呟いていたのは、ショートカットのヘアスタイルがよく似合うかわいい少年とも表現できそうなひとりの少女だった。


 ……小野寺麻里奈か。あれと一緒にいれば、これからもっとおもしろいことに出会えそうだ。

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