ヘタレ勇者が妄想する英雄譚
異世界での戦闘もかなり慣れてきたところで、その事件が起きた。
もっとも、最強の勇者である俺にとってはそうたいしたことではなかったのだが。
その事件とは、旅の行商人らしき五人の男たちが盗賊団に追いかけられていたのだ。
考えてみれば、俺たちが異世界にやってきて初めて見る人間種が彼らとなるわけだが、ここで問題が発生する。
俺が母国語である日本語と完璧に使いこなせる英語にしか話せないのに対して、異世界人である彼らはどう考えても日本語も英語を理解しているとは思えないことだ。
だが、俺は勇者だ。
迷うことではない。
まずは、彼らを助けなければならないのだ。
「まみたちは隠れていろ」
彼女たちが騒ぎに巻き込まれないようにそう指示をすると、俺はすばやく行動した。
俺は旅人と盗賊団の間に割って入った。
「俺はこの世界を旅する剣士だ。貴様たちがこの者たちを害するなら、私が相手をしてやろう」
もちろん、日本語である。
だが、盗賊団は漆黒のフルプレートアーマーと同じ色の剣を持った俺から発するオーラだけで気おされたらしく、あっという間に逃げ出していった。
「ありがとうございます」
旅人たちは口々にそう言った。
それはたしかに日本語ではない。
だが、なぜか日本語ではない相手の言葉を俺は理解できた。
俺の纏う甲冑にそのような効果があるのかとも思ったのだが、俺は勇者だ。
異世界にやってきた時点で、俺にはその程度のことを簡単にできるようになっていたのだ。
とにかく、命を救われた旅人たちは感謝し、断る俺に無理やり金貨の入った革袋を押し付けた。
これが事件の顛末である。
勇者である俺にとっては非常にささやかなものであったのだが、これから始まる英雄譚の始まりとなるに違いないだろう。




